ほしの・よしはる/1960年生まれ。1991年、星野温泉(現・星野リゾート)の社長に就任(現職)。運営特化戦略で事業拡大に成功している(撮影:尾形文繁)

インバウンドの増加を受け、外資系の出店が増加するホテル業界。最近はフランスのアコーやタイのデュシット・インターナショナルなど、日本になじみが薄かった企業の参入が相次いでいる。日本のホテルはどのように立ち向かえばいいのか。

プリンスホテルやロイヤルホテルなど多くの国内勢は自前でホテルを持つ所有型から、不動産会社などのオーナーからホテルの運営を請け負う「運営特化型」へと舵を切り替えている。運営特化型は建物などの資産を持つ必要がなく、外資系ホテルと同じく、身軽に出店を加速できるためだ。

1992年より運営に特化し、出店を拡大している星野リゾートの星野佳路代表に日本のホテル業界が置かれている状況や同社の今後の戦略を聞いた。

いまのインバウンドには「危ない兆候」がある

――コロナを経て、インバウンドが急増しています。

いまのインバウンド需要はバブルだと思っている。コロナ前の訪日客数増加は急速で、不自然だった。これ(インバウンド需要の増加)が続くかどうかは、日本が旅の質を上げられるかどうかにかかっている。

日本の旅行業界は、これまでもスキーや企業の団体旅行、海外旅行などブームを作ってはそれらを潰してきた。オーバーツーリズムなどの理由で満足度が下がっていたことを放置したことが原因だ。

いまのインバウンドは数値目標が先にあり、ブームで終わることをわざわざ作りにいっているようだ。危ない兆候がある。

実際、猛暑の7〜8月に来日したインバウンド客の満足度は落ちていると思う。そもそもこの時期は夏休みで日本人が動く。外国人が来なくても需要が平準化できるはず。観光庁は春・秋に日本に来たほうが満足度は高いと発信するべきだ。

また国内に目をやると、長期的には円安傾向が続くだろう。円安で海外旅行に行きにくくなることで日本人観光客が国内に戻ってきてくれる状況は続くと思う。一方で国内旅行の売上高28兆円の80%を握る日本人は高齢化が進んでおり、サステナブルな状況ではない。

――外資系に比べて、国内ホテルは運営特化への切り替えが遅れました。

1980年代にホテルオークラが権威ある雑誌で世界一のホテルに選ばれた。ホテルオークラ、帝国ホテル、ホテルニューオータニが世界のトップホテルを争っていて、日本ホテル業界の絶頂だった。

ここでマネジメントコントラクト(MC:運営特化型)に切り替えることができていればうまくいっていた可能性もあったと思う。しかしそれが遅れた。MCは薄利で、オーナーシップを持っているほうが儲かる。温泉旅館業界も、実家を売却してまで運営特化に切り替える勇気がなかった。

1980年代は北米やEU(欧州連合)のホテルと背比べの状態だったが、すでに(その差は)大きくなってしまった。これから運営特化に切り替えるホテルはさまざまな面でキャッチアップが必要となってくる。

市場戦略視点のブランド戦略が非常に大事

また正しいブランド戦略のもと運営特化に切り替えているのか、または(財務面など)何らかの問題で資産売却が必要なため、売却ありきで運営特化をしているのかでは、大きな差がある。当社は1990年代から運営に特化している。覚悟の差がある。


山代温泉にある「界 加賀」。老舗旅館から運営を引き継いだ(写真:星野リゾート)

――MCでの出店で成功するために重要なことはありますか。

市場戦略視点のブランド戦略が非常に大事だ。

例えば、熱海や石川の温泉旅館は老舗温泉旅館を「界」(土地ごとの特色を生かした温泉旅館ブランド)のブランドに変えた。批判もあったし、常連客が離れるなど、ブランドを捨てるデメリットはあったが、統一するメリットを取りにいった。

統合しないとブランドのスケールメリットを得られない。ブランド力が利益率などさまざまなところに響いてくる。気合いの入ったブランド戦略を徹底できるかが日本のホテルには問われている。

オーナーは短期的な目的で要望がくる。それらの要望に応えるところ、応えてはいけないところの線引きをする必要がある。例えば星野リゾートでは界は「じゃらん」、星のやは「楽天トラベル」のみと取引をしている。1つに絞ればよいリレーションを構築できる。

――星野リゾートは都市型のレジャーホテルブランド「OMO(おも)」や若年層をターゲットとしたホテルブランドBEB(ベブ)など最近はブランドを多角化しています。

われわれはニッチャー(市場規模は小さいものの特定分野で独自の地位を築く企業)から入った。星野リゾートはこれまで外資系が興味を示さない津軽、竹富島、トマムに日本人を呼び込み、業績を上げていった。

ホテルレストランの地位は相対的に下がった

今後は(差別化戦略でリーダーを目指せる)チャレンジャーになっていくために必要なのがOMOだ。都市部で勝てることができるのがチャレンジャーの条件だ。


OMO7旭川の客室。OMOは数字が1〜7まであり大きいほどグレードが上がる(写真:星野リゾート)

その試金石となるのが2024年6月に開業するOMO7高知(レストランやウエディングを併設したホテル日航高知旭ロイヤルが前身)だ。2018年に開業したOMO7旭川の1月の稼働は85%を超えており、グランドホテル再生の方程式が見えてきた。

グランドホテルは1つの建物で宿泊・レストラン・婚礼・宴会の4つの事業をやっている。しかし宿泊客が結婚するわけではなく、4つの事業の間ではシナジーが利いていない。またホテルウエディングは1970〜1980年代が全盛期で、専門ブライダル事業者に奪われた。

またレストランも街場のレストランが美味しくなり、ホテルレストランの地位は相対的に下がった。宴会も少なくなってきている。4つの事業をどうやって再編するかが再生のキーポイントとなる。

――具体的にはどのように再生をしているのでしょうか。

OMO7旭川では4つの事業のうち、ブライダルを外した。われわれは年間3000組の結婚式を挙げており、事業の難しさを知っている。旭川(の市場規模)では、ブライダルをやるべきではない。また外来レストランも外し、宴会は高単価・高収益のものだけを残した。

1980年代のブライダル全盛期には日本中にグランドホテルがあった。同じパターンで悩んでいるホテルは多いだろう。ここに入って、グランドホテルを高収益な事業構造に変えていく。

長期的には日本だけでは安心できない

――海外展開の予定を教えてください。

世界最大の旅行市場である北米に進出をしていこうと思っている。長期的には日本だけでは安心できないと思っている。北米進出に当たっては差別化から入るのは重要で、温泉旅館で進出することにこだわっている。

現在、温泉地があるところを当たっていて、候補地も出てきている。今年の春には場所を決めようと思っている。数年以内に開業する予定だ。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)