経営の判断ミスが現場のせいにされる根本理由
現場のミスは明らかになりやすいが、意思決定上の判断ミスは明らかになりにくいものです(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)
「患者に間違った薬が投与される」「発電所の操作員が切るべきブレーカーを間違う」「トラックが故障して立ち往生する」といったミスは明らかになりやすく、現場の作業者の不注意が責められがちだ。
しかし、本当にそうだろうか。実行レベルで問題が生じる以前に、判断のレベルでミスがなかったかと考えることが、組織にとって重要ではないかと、元米海軍潜水艦艦長のデビッド・マルケ氏は述べる。マルケ氏の近刊『最後は言い方』から紹介しよう。
私たちは普段、あまり深く考えることなく、判断と実行の切り替えを行っている。
例として、海や湖といった自然環境の中で行われる水泳競技、OWS(オープンウォータースイミング)を考えてみよう。
判断と実行の切り替えのリズム
泳者にとって、一般に、大きなオレンジ色のブイが進むべきコースの目印となる。
頭を下げ、腰を浮かせて泳ぐと速く進むが、その姿勢ではブイが見えないので、自分がどこに向かって進んでいるかはわからない。
だから泳者はときどき、水面から顔を上げて自分の位置を確認する。ブイを見つけて、進行方向を調整するのだ。
進む方向を判断することを青ワークと呼び、泳ぐという作業の実行を赤ワークと呼ぶと、この一連の仕事は、青ワーク─赤ワーク─青ワークという一定のリズムを生み出す。
(1)ブイを目でとらえ(青ワーク)
(2)しばらくそれに向かって泳ぎ(赤ワーク)
(3)顔を上げて自分の進路を確認する(青ワーク)
頭を下げた状態を長く続けて、泳ぐことに集中すれば、速く進むことはできるが、コースからはずれる恐れがある。
そうなれば、速く泳いでリードしたぶんが帳消しになる。
この水泳の例は私のお気に入りで、決断を下してからものごとを動かすビジネスもまったく同じだと言っていい。
ビジネスは本来、中断とか、振り返りといったものを、生産の邪魔とみなして避けたがるものだ。
OWSの泳者と同じように、ビジネスも速く進もうとする。けれども、正しい方向に進んでいるとは限らない。
速く進みたい、けれど正しい方向かはわからない
かといって、活動を止めて考える頻度が多すぎると、余計な干渉が増えてパフォーマンスの低下を招く。
2015年に沈没し、乗員全員が命を落とした貨物船「エルファロ」の例を見よう(こちらの記事も参照)。
エルファロでの意思決定(青ワーク)を見ると、次のような判断があった。
1、そもそも嵐にさらされる直進ルートをとるかどうか
2、進路変更が可能なラムケイ地点で進路を変えるかどうか
そして実行レベルの仕事(赤ワーク)には、ハリケーンのせいで荒れる海のなかで動力装置に潤滑油を送るシステムを操作する、積荷を守る、船体に生じた荒波の影響に対処する、といったことが含まれていた。
もちろん、船員たちが実行(赤ワーク)の部分でミスを犯した可能性はある。
とはいえ言ってしまえば、この貨物船の運命は、最初に下された決断によって定められたも同然だ。
彼らの結末は、「どれだけうまく航海できるか」ではなく、そもそも「直進ルートを進み続けるかどうか」にかかっていたのだから。
エルファロの船長は最初から嵐にさらされる直進ルートをとると宣言している。
これは言わば、OWSで一度だけブイを見て泳ぎ出し、その後二度とブイを見ないと言っているのと同じだ。
組織、それも発電所や病院、製造工場など、工程が非常に重視される組織では特に、赤ワークで起きるミスばかりが注目され、青ワークでのミスはあまり問題視されない傾向が見受けられる。
さらに深刻なことに、赤ワークと青ワークの構造的なバランスの悪さが気にもとめられていない。
なぜそうなるかというと、赤ワークの実作業上のミスはすぐに明らかになるからだ。
●機長が自動操縦機器の操作を誤る
●患者に間違った薬が投与される
●発電所の操作員が切るべきブレーカーを間違う
こういった事態が起きたときは、ミスが起きたとすぐわかる。
トラックが故障した。悪いのは運転手か?
一方、判断や意思決定における間違いは明らかになりづらく、評価するのも難しい。
エルファロの船員は、船が沈む間際になるまで、航海の初期に嵐にさらされる直進ルートをとったことが間違いだったという確信を持てなかった。
これはどんなビジネスでも同じだ。
例えばトラック運送会社では、管理職(青ワーカー)が積載量、時間、場所に関する決断を下す。
トラックのメンテナンスについても管理職(青ワーカー)が決める。
トラック運転手(赤ワーカー)は、事前に決められたルートを走り、事前に決められた場所から事前に決められた荷を積んで運ぶだけの仕事に追いやられる。
これぞ、青ワークを青ワーカーに、赤ワークを赤ワーカーに分断して割り当てる典型だ。
では、トラックが道路で故障したらどうなるか?
責めを負うのは運転手だ。故障は運転中に起きるものだが、原因を突き詰めると、トラックのメンテナンス計画の不備や積載量の決め方に問題があった可能性が高い。
次にあなたの会社で問題が起きたときは、こんなふうに考えてみてほしい。それは単に実作業上の問題なのか、それとも過去(おそらくはそれなりに時間がたっている過去)に、その問題が生じやすくなるような決断があったのではないかと。
(L デビッド マルケ : 米海軍攻撃型原子力潜水艦「サンタフェ」元艦長)