AIなどに関する知識は、一般のビジネスパーソンとしては何をどこまで知っておけばOKなのでしょうか(写真:metamorworks/PIXTA)

生成AI、DX、XTECH、マネジメントへの活かし方……テクノロジーとビジネスはもはや切っても切れない関係にある。日本最大のビジネススクール、グロービスがいま最も力を入れているテクノロジーの「勘どころ」と「使いどころ」を1冊にまとめた『ビジネススクールで教えている武器としてのAI×TECHスキル』を共著として上梓した嶋田毅氏が、テクノロジー、AIなどについて一般のビジネスパーソンは「何をどこまで知っておけばOKか」のラインを明確に解説する。

マネジャーの仕事の変化

本連載の第1回でも触れたように、生成AIをはじめとするテクノロジーの進化は、ビジネスパーソンの優勝劣敗をより明確なものにしていく可能性があります。当然それはマネジャーにも当てはまります。パフォーマンスを出せるマネジャーとそうでないマネジャーの差はどんどん開いていくでしょう。では、パフォーマンスを出せるマネジャーとはどのような人材なのでしょうか。


ドラッカー教授をはじめとするマネジメント論の大家たちは、マネジャーは原則マネジメントの仕事に専念すべきで、プレーヤーの仕事は極力しないほうが望ましいと述べてきました。ただ、理想論はそうでも、実際には85%以上のマネジャーがプレイングマネジャーです。この傾向は大きくは変わらないでしょう。競争が激化する中で、企業としては新しい価値創造のための仕事量自体が増えており、マネジャーもそこに加わることは必須だからです。むしろ、マネジャーは自分で成果を出す姿を見せつつ、配下の人員に模範を示す必要性が増します。

課長クラスはもちろん、部長クラスであってもプレーヤーの能力が必要となるのです。

その一方で、マネジャーの管理職としての責任もますます増していくことが予想されます。かつては、部下の単純作業の管理監督をしていれば大丈夫という人もいましたが、単純作業そのものがどんどん減りますし、そのマネジメントもあまり付加価値につながりません。複雑化する経営環境下において、業務のマネジメント(アサインメントやPDCAの的確な実行など)、人のマネジメント(部下の動機づけや能力開発など)、チームのマネジメント(最適配置やコンフリクトの解消など)、部署の地位のマネジメント(周辺組織との調整、Win-Winの関係構築など)を的確にこなすことが求められます。

マネジャーが失う武器

加えて、組織の垣根が下がるとともにさまざまな働き方の人材が増えたことから、マネジャーには、自分の組織のマネジメントだけではなく、組織外、あるいは外部ネットワークの活用でリソースを補うといったことが求められるようになってきます。

つまり、自社の経営資源の制約を超えて、どんどん組織外の良質の経営資源を探し、それを活用することもマネジャーの仕事となってきたのです。自社の経営資源のみでイノベーションを起こしたり新しい価値を創造したりすることが難しくなる中、この流れは今後も加速する見込みです。

その一方で、マネジャーが失う「武器」もあります。DXが進み、さまざまなデータが一元化されて誰でも見られるようになり、また言語化されたノウハウなどが蓄積・可視化される結果、情報の非対称性が崩れるのです。つまり、これまでマネジャーの権威を支えていたパワーの源泉としての情報格差がなくなっていくのです。

ここまでの話をまとめると、マネジャーは、情報格差という武器を失う中、プレーヤーとしてレベルの高いアウトプットを出しつつ、より高度な業務と組織のマネジメントを行うことが必要となってくるのです。

チームの変化

次に、マネジャーが管理するチームがどのように変化するか考えてみましょう。

まず、チームの境界線はどんどん曖昧かつ流動的になるでしょう。ある意味、組織のプロジェクト化、プロジェクトチーム化です。明確に自分の部下だと言える人は相対的に減っていきます。正社員のAさん、契約社員のBさん、外部委託のCさん、隣の部署のDさん(兼務)、IT部署のEさん……といった人々をマネジメント、あるいはコントロールしなくてはなりません。所与のリジッドなリソースを管理するのではなくて、必要なリソースを社内外から集めてきて組織化し、マネジメントして、不要な分は切る(あるいは譲る)ことが求められます。

たとえばあるプロジェクトでは、最初は自分と部下2人程度しか正社員がおらず、必要な人員は自ら要件を定義したうえで集めて、という状況が起こりえます。そして契約社員や業務委託の人を集め、また社外の他組織とコラボすることでプロジェクトを進める、というやり方になるのです。人員数やそのスキルも、プロジェクトの進捗に合わせどんどん変わっていきます。

プロジェクトの期間もどんどん短くなります。アジャイルに、スピーディに試行錯誤しながら新しいサービスを作っていくことが求められるでしょう。こうしたプロジェクトを1つ、あるいは2つ3つ4つとマネジメントするのがこれからの時代のマネジャーの仕事となっていくわけです。

もちろん、あらゆる組織のあらゆる部署がすぐにこうなるわけではないでしょう。重厚長大系の大企業などではその傾向が強いかもしれません。ただ、顧客と接する最前線で新しいプロダクトを生み出さなくてはならないITビジネスや、ITを活用したサービス業などでは、こうした動きはもはや前提となっていくでしょう。そこでいったん「仕事ができる」と評価されたマネジャーはどんどん仕事が集まり、その結果またスキルを上げていくという好循環が生まれるのです。

それではこれからのマネジャーにはどのような資質が求められるのでしょうか。ここでは5つのものを紹介します。

マネジャーにとって重要になる素質

1つ目はこの連載の2回目でも触れた問題解決(課題解決)能力です。ビジネスは極論すれば問題解決の連続です。論理的思考力に基づいた問題解決力に加え、テクノロジーを活用したテクノベート・シンキングに基づく問題解決能力を高める必要があります。特に「ありたい姿(あるべき姿)」を構想・設定することはAIにはできませんから、人間の価値が大きくつく部分です。まずはこの力を高めましょう。

2つ目は難しい意思決定をする力です。難しい意思決定とは、定型的なものや社内に十分にノウハウがあるもの、あるいは生成AIにプロンプトを与えればすぐにヒントが返ってくるようなものではなく、利害関係が複雑に絡んだものや、組織の大きな方向転換を伴うものです。これらは通常、組織における重要度も高いものになります。そうした難しい意思決定から逃げずに、しっかり高速で行うことが必要です。そのためには、考える能力に加え、勇気や決断力が必要になります。優柔不断なマネジャーでは成果を残せないのです。

3つ目は論理思考力に基づいた言語化能力です。先述したように、配下のリソースも均等かつ均質な5人などではなくなってしまいます。さまざまなタイプの人材が配下にいるため、より細かいレベルで、どういう仕事を誰に割り振るのかを言語化しなくてはならないのです。言語化能力を鍛えることは、人を動かすことや、ナレッジ共有を通じた組織の規模化にも貢献します。ロジカルでありつつ、人情の機微にも触れることのできる言葉の力を身に付けたいものです。

4つ目は透明性や信頼です。多くの人に「この人は信頼できる」と思ってもらうことが非常に重要です。嘘をつかない、あるいは相手に配慮できるという要素が大事になります。リーダーシップ論で言えば、オーセンティック・リーダーシップ、すなわち自己認識や透明性、倫理的な行動、そしてステークホルダーへの理解を基盤とするリーダーシップのスタイルが好ましいものとなります。

5つ目はネットワーキングの力、言い換えれば人脈です。これからの時代、社内に閉じた人脈しかない人は結果が残せません。自分からどんどん情報発信をしたり、外に出ることで良い人脈を構築しておきたいものです。良い人脈は良い人材を引き寄せますので、これも好循環構造をもたらしてくれます。

専門のマネジャーが登場する?

ここまでの議論を読んで「自分には無理」と思われた方も多いかもしれません。実際に先述したマネジャー像を体現できる人材は多くはないでしょう。

一方で、IT新時代ならではの、より特定の分野に専門特化したマネジャーが登場すると見る向きもあります。たとえば人材育成の専門のマネジャーです。生成AIが進化する結果、良質の一時体験を皆が経験することは難しくなります。それゆえ、人工的に実践的なトレーニングの場を作る専門的なマネジャーが必要になるのではという発想です。

あるいは外部とのコミュニケーションの専門家のようなマネジャーも必要となるかもしれません。ダイバーシティが増したり人々の価値観がより多様化する中で、対人コミュニケーション業務も複雑になるからです。AIには真似できない、きわめて難易度の高い感情労働を管理するマネジャーの需要が生まれるかもしれないのです。

いわゆるゼネラルマネジャーだけがマネジャーではありません。IT新時代にどのようなタイプのマネジャーが新たに必要になるかを考え、そのキャリアを歩めるかを検討することもこれからは必要になるでしょう。

(嶋田 毅 : グロービス経営大学院教授、グロービス出版局長)