ミスミGの品ぞろえは3000万点超となり、商品のバリエーションは800垓(1兆の
800億倍)に及ぶ(写真:ミスミグループ本社)

ファクトリーオートメーション(FA)向け部品大手のミスミグループ本社(ミスミG)が、国内外の市場に散らばる部品在庫を可視化し、自社ECサイト上で顧客へまとめて販売できる新サービスを3月上旬から導入した。

新サービスの名称はD-JIT(ディージット)。海外の企業を含む約300社の部品メーカーや卸業者と協力し、独自の供給網をシステム上に構築。顧客の要求に応じて複数のサプライヤーのデータを組み合わせ、納期や価格を瞬時に回答する。

ミスミGはインターネットやカタログを通じて他社製品を販売する「商社」としての顔も持ち、3000万点超の品ぞろえを誇る。ただ、取り扱い点数が莫大で、自社で抱える1種類あたりの在庫数は少なくなりがちだった。

最短納期をアルゴリズムで算出

ディージットでは協力サプライヤーの在庫状況がリアルタイムで更新され、アルゴリズムが自動で最短納期を導き出す。

顧客がミスミGのECサイトで部品1000個を注文カートに入れたとすると、「A社から100個、B社から400個、C社から500個を調達するのが最も効率的」などと即座に計算。顧客に「1回目は500個を○日にお届け、2回目は400個を△日に〜」と最短の納期を示す。

実際に注文が入ると、自動で各サプライヤーへ必要な個数を発注し、ミスミGが部品を仕入れて販売する。各サプライヤーが抱える在庫が、ミスミGのECサイト上にデータとして連携、集約される形だ。こうして市場に流通している在庫数を見えるようにしたのだ。

結果としてミスミGの1種類あたり受注可能数が大幅に増加する。例えば、某メーカー製の「アンギュラ玉軸受」という商品の在庫数は、これまで約50個だったが、およそ15倍の約740個に増えた。

ミスミGの担当者は「顧客の希望数量に合わせ、複数のサプライヤーのデータを組み合わせて最適な見積もりを瞬時に出す技術は特許も取得した。他社が真似するのは難しいだろう」と強調する。その背景には、製造業における流通プロセスの構造的な問題がある。

部品メーカーは販売機能を持たないため、製品のほとんどを卸業者に託す。卸業者は代理店にその製品を販売し、代理店はさらに二次店へ卸す。工場などのエンドユーザーはここから部品を買うケースが多い。

ただ、この流通の過程で在庫は散り散りとなり、「どこに何がいくつあるのか」が誰にもわからなくなってしまう。

エンドユーザーから見ると、足りない部品がある場合、最初は直接の購買先である二次店に問い合わせることになる。ただ、二次店は小規模な業者がほとんどで、すべての要望に応じられるわけではない。在庫を用意できなければ、工場側は別の調達先を探さなければならない。

大元のメーカーに販売をお願いしても、直接的な取引はごく少数の大口顧客に絞っていることがほとんどだ。在庫を豊富に抱える卸業者に頼んでも、エンドユーザーへ売れば顧客である代理店らと競合してしまうため、あえなく取引を断られる。

つまり、各プレーヤーが立場に縛られ、結果的に不便な状況が生じていた。ディージットは、流通事業を手がけるミスミGが部品供給の「元締め」的な存在となり、こうした課題の解決を図ろうという野心的な試みなのだ。

頭を抱える日々の部品調達部門

部品調達は製造業において効率化が遅れている分野だといえる。神奈川県藤沢市のFA企業「アイメス」で調達を担当する飯野直樹氏も頭を悩ませてきた一人。「1つの部品を入手するために20社に問い合わせた経験がある」という。

FA機器の受注を例にプロセスをたどってみよう。まず、営業が顧客から注文を取ってくる。その際に決まった仕様に合わせ、設計図面を書く。次に必要な部品をリスト化した表を作る。

調達部門の担当者は、これを基に各取引先へ部品を発注する。その種類は数百〜数千に及ぶことも珍しくない。当然、1社だけで揃えられるわけはなく、数十〜数百社から部品をかき集めることになる。得意先で欠品が生じれば、調達の担当者は血まなこになって探す羽目になる。

駆動部といった大きな物からナットなどの小型品まで、どれか1つでも欠ければ製品は完成しない。業者に片っ端から電話を掛け、回答を待つ間にECサイトを徘徊する。ミスミGによると、機械部品の調達に要する時間のうち、約9割が流通在庫の探索や複数業者への問い合わせだという。

なじみのない相手だと、足元を見られて高額を吹っかけられたり、にせ物をつかまされたりもする。あるメーカーの調達担当者は「切羽詰まって知らない海外業者からIC部品を買ったら、回路部分が空っぽのものが届いた」と明かす。体力のない中小企業にとっては、死活問題になりかねない。

ディージットがそうした現状を変えてくれるとの期待は大きい。飯野氏は次のように語る。「今後は調達に困ったら、とりあえずミスミを頼ればよい。部品の質が担保されるのも非常に大きく、危ない橋を渡らなくてもよくなる」。

調達部門の立場は決して強くない。営業部門からはコスト低減を求められ、製造部門からは「早く部品を入れろ」と急かされる。「ディージットの活用で大幅に所要時間を削減できる。今後は新たな取引先の開拓や価格交渉など、付加価値のある業務を増やしていきたい」(飯野氏)。

ミスミも調達側を苦しめていた

顧客は足りない部品を探し回る手間が減り、協力サプライヤーは手軽に販路を広げられるディージット。その開発を主導したミスミGの木戸雄介・DJシステム推進本部長は、「現場の方々から寄せられた声が構想のきっかけだった」と話す。

さまざまな業者からたらい回しにされ、困り果てて「何とかできないか」とミスミGに問い合わせてくる調達担当者が多かったという。ただ、ほとんどのケースは解決できていなかった。在庫の確保ができずに受注を取り逃がしていたのだ。木戸氏はこう語る。

「顧客の要望に応えきれなかった点で、ミスミも調達側を苦しめる加害者の1人だった。ディージットで産業構造に一石を投じたい。海外でも調達のたらい回しはよく起きている。世界の製造業に『時間価値』を提供し、イノベーションに貢献したい」

ミスミGの流通事業の売上高は2024年3月期で約1700億円を見込む。過去2年とほぼ横ばいで、足踏みが続いている状況だ。ディージットは調達現場に変革をもたらすだけでなく、成長の起爆剤にもなれるだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)