協業に向けた両社の議論が始まったのは今年の1月中旬だったという(撮影:梅谷秀司)

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記者会見の終了間際のフォトセッションの際、両社長は報道陣から握手するように求められたが、応じなかった(撮影:梅谷秀司)

日本の自動車業界の勢力図を変える大型提携が浮上した。

ホンダと日産自動車は3月15日、EV(電気自動車)やソフトウェアに関連する領域での協業に向け、包括的な覚書を結んだと発表した。領域が広がり続ける先進技術分野で、共同開発や共同調達を通じ投資や生産の負担低減を図る。

「新興メーカーが革新的な商品とビジネスモデルで参入し、圧倒的な価格競争力とスピードで市場を席巻しようとしている」

日産の内田誠社長が記者会見の冒頭で強調したのが急激な環境変化への危機感だ。自動車業界はここ数年、脱炭素に向けたEVシフトが加速。各国の政策による後押しもあり、中国や欧州、北米を中心にEV市場が拡大している。

EVシフトへの遅れで危機感

日産は世界に先駆けて2010年に「リーフ」を投入するなど、EVで積極的な投資を展開してきた。しかし、ここ数年はアメリカのテスラや中国BYDといった新興EVメーカーが急成長。2023年のEV販売台数は、テスラが180万台、BYDが157万台だったのに対し、日産は14万台弱にとどまる。

一方のホンダは、販売する新車を2040年にすべてEV・FCV(燃料電池車)とする目標を掲げるが、初の量産型EV「ホンダe」の生産を今年1月に終了。2023年のEV販売台数は2万台弱(マークラインズ調べ)と存在感を示せていないのが実態だ。

EVで巻き返すには、今後の競争力を左右するとされるソフトウェアや自動運転技術での研究開発も急ぐ必要がある。いずれも投資負担は重く、2社に限らず、業界内外の企業と組んでコスト負担を軽減する動きが活発化している。

両社の議論が始まったのは1月中旬。「自動車産業全体について議論する中で共通の課題認識があった」(ホンダの三部敏宏社長)ことが提携への大きなきっかけになったという。「自工会(日本自動車工業会)の会合で話す機会が増えて距離が近づいたようだ」と日産元役員は語る。

EVは希少金属を多く使う電池のコストが重く、ガソリン車に比べて収益を上げにくい。そのうえ、中国勢が値下げによる価格競争を仕掛けてきており、「消耗戦の様相になっている」(ホンダ系部品メーカー首脳)。これまで以上のコスト削減が必須となっている。

ただ、既存の生産体制をEVに特化したものに刷新するだけでも「グローバルで兆円単位の投資が要る」(ホンダ幹部)。両社が手を組むことでスケールメリットを利かせ、幅広い領域での負担軽減を狙う。

具体的な協業領域として有力視されるのがEVの基幹部品だ。中でも、EVの動力部品である「eアクスル」は、各社が開発にしのぎを削る一方で採算の確保が課題となっている。

eアクスルを手がける部品メーカーとして、ホンダが日立Astemo、日産がジヤトコを抱えており、2社の連携や再編は今後の焦点となりそうだ。

電池についても両社は電池メーカーの買収や提携を通じた技術の内製化を模索しており、開発や調達で協業が期待できる。ある日産幹部は、「全固体電池の開発や量産でホンダと組めないか、経済産業省からも打診が来ていた」と明かす。

両社はソフトウェアも協業の主題に挙げた。業界では車両の電子化が進み、製品の基盤となるOS(基本ソフト)が将来的には商品力のカギを握るとされる。

トヨタ自動車は独自開発する車載OS「アリーン」を、マツダなど自社が出資する他メーカーにも拡販する方向を示している。

ホンダも独自開発を進めているが、多額の開発コストを要するうえ、ソフトウェア技術者も足りていない。日産と手を組めば、OSの陣営は国内メーカーで2つに集約されることになる。

会見の写真撮影では「握手」せず

社風や文化の違いを不安視する声に対して両社長は「違うのは当たり前。そこを乗り越えて、シナジーを最大化させることができる」と強調する。

ある日産幹部は、「三部社長とは技術的な議論でかみ合う部分が多くある」と語る。ここ数年だけでも、技術幹部同士の非公式の交流は行われていたようだ。

もっとも、覚書締結はスタートラインに立ったというだけにすぎない。日産幹部は「個別の技術に入っていけば必ず意見の相違が出てくる」と指摘。ホンダ幹部は「メリットがあれば一緒にやっていくというだけだ」と淡々と語る。

3月15日の記者会見では、終了間際の写真撮影で報道陣が三部・内田両社長に握手をするよう求めたが、両人は応じなかった。具体的な協業へ移行し、成果を上げるには、スピード感も大事になってくる。笑顔で握手する日はいつになるのか。

(横山 隼也 : 東洋経済 記者)