「適切にもほどがある」若者が入社後に泣いたワケ
「適切にもほどがある」若者がメンタル不調になった例と、その原因を解説します(写真:プラナ/PIXTA)
「優しく接していたら、成長できないと不安を持たれる」
「成長を願って厳しくしたら、パワハラと言われる」
ゆるくてもダメ、ブラックはもちろんダメな時代には、どのようなマネジメントが必要なのか。このたび、経営コンサルタントとして200社以上の経営者・マネジャーを支援した実績を持つ横山信弘氏が、部下を成長させつつ、良好な関係を保つ「ちょうどよいマネジメント」を解説した『若者に辞められると困るので、強く言えません:マネジャーの心の負担を減らす11のルール』を出版した。
本記事では、入社前までは、「適切にもほどがある」若者だったはずが、入社後に泣きを見た理由を書籍の内容に沿って解説する。
『不適切にもほどがある!』主人公との対比
ドラマ『不適切にもほどがある!』が話題だ。1986年に体育教師を務める昭和ど真ん中の男性主人公が、2024年にタイムスリップし、コンプライアンスにどっぷり浸かった現代の価値観にもの申す姿が好評を得ている。
私も放映日に欠かさずチェックしている。新刊『若者に辞められると困るので、強く言えません』でも取り上げた問題に通じることが多く、個人的に注目しているドラマだ。
今の時代にも、『不適切にもほどがある!』の主人公のような人は、少ないながらも存在している。一方で、主人公と対比する存在の、現代の価値観を当たり前として持つ「適切にもほどがある」若者もいる。
しかし、そんな「適切にもほどがある」若者でも、現代は生きづらい時代だ。なぜか? 今回は、「適切にもほどがある」若者がメンタル不調になった例と、その原因を解説する。最後には、若者の後日談も紹介する。ぜひ最後まで読んでもらいたい。
「ゆるブラ」企業の問題点
昨今、「ゆるブラ」の企業が問題になっている。「ゆるブラ」とは、ゆるすぎるブラックのことだ。若者がゆるすぎる職場に、成長の機会を奪われていると感じる。だからゆるすぎるのもブラックだ、という考え方である。
わかりやすい例で書いてみよう。
100点満点のテストで【80点】をとりたい生徒がいたとする。しかし、現在は【60点】ぐらいしかとることができない。そこでその生徒は塾に通いはじめたのだが、その塾の先生が、
「そんなに無理をして80点とらなくていいから。現況はできる範囲でいいよ」
という姿勢だったらどうか。他の生徒も、
「80点はとりたいけど、息抜きも大事」
「ほどほどに勉強して、うまくいけばいいし、うまくいかなくてもしょうがない」
という考え方だったら、
「この塾では、自分が成長できない」
と受け止めるだろう。体調が悪化するまで頑張るのはイヤだけど、頑張るときは頑張らないと、スポーツだって勉強だって、うまくいかない。そう思っている生徒も多いのである。
先述したドラマ『不適切にもほどがある!』にも、そのような「ゆるブラ」っぽい企業が登場する。まだ不慣れだからうまくいかないだけなのに、
「無理しなくていいよ」
「自分だけで抱え込まないで」
と周りからやたらと気を遣われるのだ。そういった職場の雰囲気に、1986年からタイムスリップした主人公は戸惑う。
とはいえ、昭和時代の価値観を肯定する気はない。
主人公と同じ世代の私でさえ、タイトル通り『不適切にもほどがある!』と思えるシーンはたくさんある。昭和がよくて令和がダメというわけでもないし、その逆でもない。企業が営利を目的としている以上、きつくても、ゆるくてもよくない。
どんなに時代が変わろうと、適切なバランスが大事なのだ。
「適切にもほどがある」若者が直面した社会の難しさ
今回のテーマである「適切にもほどがある」若者について解説していこう。大学3年でインターンに来てから、人事部はもちろんのこと配属先の上司からも注目された若者だった。
姿勢や言動はもちろんのこと、チーム全体を見据えた気の配り方、調整のとり方が絶妙だったという。
人事部のトップが「適切にもほどがある」と表現したかどうかは定かでない。少なからず将来「当社を背負って立つ人財になるに違いない」と信じて疑わないほど、均整のとれた若者だった。
「昔はどんぐりの背比べだったが、最近の若者は違う。優秀な若者は、とことん優秀だ」
人事部長も、このように自慢げに私に言った。大学を卒業して入社したあとは、同期入社の社員をさしおいて、新しい事業の柱を起ち上げる精鋭部隊に配属された。社長直下の営業部だった。
しかし、残念なことに周囲が期待した通りにはならなかった。
入社して半年が経過したころから、その若者は会社に出社しなくなった。軽いうつ状態と診断され、2カ月ほど家で療養することになった。
「大丈夫。気にしないで。焦る必要はない」
と上司から声をかけられたものの、若者は涙を流して謝った。これには上司や周囲もショックだったようだ。
「そんなに厳しくしたつもりはない。何かあれば、自分で抱え込まないでと何度も言ったのに」
どこで彼はバランス感覚を失ってしまったのか。
この若者は本当に適切だった。まさに「適切にもほどがある」ぐらい、そつがない言動をした。しかし、適切だったのは「入社前までの世界」だけだったとも言えた。
人の顔色をうかがい、うまく立ち回ることができても、それだけで仕事がこなせるほど甘い世界ではない。特に任されたプロジェクトは、その色が強かった。新しい事業を起ち上げるには、まるく収める必要がないときもあるのだ。
覚悟をもって発言し、信念を貫くことも重要だ。若いからこそ、チャレンジングな感性も求められた。それがストレスだったのかもしれない。
「七転八倒の経験」が人を強くする
社会人になるまではバランスが取れていたからといって、社会に出てからも同じようにバランスよくやっていけるかというと、そうとも限らない。
いきなり一輪車に乗って、すぐにピタリとバランスが取れるようにできる人は稀だろう。しばらくは七転八倒するに違いないのだ。たとえできたとしても、その姿勢をずっと保つのは難しい。環境が変化することで、再び転ぶことはある。
『不適切にもほどがある!』の主人公も、多少のことがあっても心が折れたりはしない。さんざんバランスを崩して転んだせいで、転ぶことに慣れ、そのうちにストレス耐性がアップしたからではないか。
だからこの若者の心はビックリしてしまったのかもしれない。今までは「適切にもほどがある」言動をとれていたがゆえに、転ぶことに慣れていなかったからだろう。
さて、この若者はその後どうなったか。後日談を書いて終わろう。
この若者は復帰してから営業企画部に異動して、元気に仕事をしているという。展示会やウェビナーなど、イベント企画に関わっているそうだ。新規事業の起ち上げという不確実性の高い仕事よりも、適切に仕事をすれば、それなりにリターンが見込める仕事のほうが合っている。前の上司がそう判断したようだ。
「自信がついたら、また新事業プロジェクトに戻りたいです」
本人はこう発言しているという。今後はレジリエンス(回復力・復元力)が身についたら、きっと「適切にもほどがある」営業になってくれるに違いない。
(横山 信弘 : 経営コラムニスト)