日本マクドナルドを大復活させたカサノバ会長。退任で振り返るその軌跡とは(撮影:今井康一)

3月26日、日本マクドナルドホールディングスのサラ・カサノバ会長が退任する。

同社の業績は過去最高益を更新しての絶好調。そうした中での退任となるが、退任の理由は「家族と過ごす時間を優先したい」という本人からの申し出によるという。

経営者の中には、業績低迷の責任を取ったり、不祥事を起こしたり、社内政治に敗れたり……と不本意な引退を強いられる人も少なくない。それを考えると、カサノバ会長の身の引き方は理想的な形と言えるかもしれない。

実は、ある時期のカサノバ氏は経営者を追われてもおかしくないような危機に直面していた。そこから大きく挽回を図り、業績を急回復させることに成功したのだ。この記事ではそれらについて考察してみたい。

不祥事が相次ぎ、カサノバ氏の評価も急降下

日本マクドナルドは2014年の夏以降、期限切れ鶏肉の使用、異物混入など、複数の問題が相次いで発覚。大きな批判を浴び、“炎上”状態へと発展した過去がある。

批判を浴びただけではなく、客足も遠のき、業績も悪化した。2015年12月期の連結決算では、上場後最大の赤字を計上する結果となってしまった。

当時社長だったカサノバ氏の評判も、一連の事件の発覚、および事件への対応の不手際によって大いに傷つくことになった。


マクドナルドの店舗(撮影:東洋経済オンライン編集部)

とくに大きかったのは2014年に起きた期限切れ鶏肉問題。その際、発覚して10日後に記者会見が開かれたが、その対応の遅さが批判を浴びた。さらに、その会見では、カサノバ氏は「マックはだまされた」「一部中国の工場で起きた彼らの仕業です」といった内容を発言し、「責任転嫁をしている」と批判された。

翌2015年1月に開かれた、異物混入に関する記者会見では、カサノバ氏は欠席。欠席の理由として「海外出張中」という説明がなされたが、意図的に出席しなかったのではないかという臆測や、記者会見よりも出張を優先したことに対する批判が起こった。

日本マクドナルドは外資系の会社であるし、グローバル化が進んでいる産業界で、外国人が社長を務めることは不思議なことではない。しかし、「食文化」という言葉に象徴されるように、外食・食品産業においては、統一された基準でグローバル展開をすることが難しく、国や地域に合わせてローカライズした経営が必要になってくる。

カサノバ氏は、日本マクドナルドの初の外国人の社長であり、アウェー感は強かったのではないかと思う。

外国人の経営者は、経営が順調にいっている間はよいが、業績が悪化したり、不祥事が起きたりすると、バッシングを受けやすい。日本人の経営者よりも役員報酬が高いため、妬まれやすいし、「日本人の気持ちがわかっていない」「日本のビジネス慣行が理解できていない」といった批判も受けやすい。

日産元会長・最高経営責任者(CEO)のカルロス・ゴーン氏が逮捕された際に受けた激しい批判を思い出してみていただきたい。

欧米人からすると、「安直に謝罪すると法的に不利になる」「謝罪の理由と対象が明確でない謝罪はする必要はない」というのは一般的な感覚かもしれない。しかし、日本でこれをやってしまうと、「責任逃れをしている」「反省をしていない」という批判を浴びてしまう。

当時のカサノバ氏も、まさにそのように捉えられており、「だから外国人経営者はダメなんだ」といった言われ方をされていた。

いかに業績とイメージの回復を成し遂げたか?

一連の不祥事の直後、日本マクドナルド社の業績は一時的に低迷したが、短期でV字回復を果たすことになる。

2017年12月期中間(1〜6月)決算では、営業利益94億円(前期は4700万円)、純利益107億円(同1.5億円の赤字)という大幅な増益を達成。以後、同社の業績は好調に推移することになる。


日本マクドナルドの連結業績推移(グラフ:決算資料をもとに筆者作成)

同社は2015年4月より、顧客が意見や感想を寄せることができるスマホアプリ「KODO」を導入、顧客の声を集めて店舗環境の改善に努めた。

その後、店舗デザインを刷新したり、商品の受け渡しシステムを変更したり、メニューを改善したり、コーヒーをリニューアルしたりと、さまざまな改革が連続的に打ち出された。一連の改革は、一般顧客の目からも容易にわかるような大胆で目立ったものだった。

広告・キャンペーンにおいても、顧客から名前を募集する「名前募集バーガー」や、人気のハンバーガーを投票で決める「マクドナルド総選挙」など、顧客参加型の企画を相次いで打ち出した。

顧客目線に立ち、顧客の声を聞き、顧客とともに商品、サービスの改善に努めることで、日本マクドナルドの改革は多くの人々から共感され、歓迎されるに至った。最終的に業績回復へとつなげることに成功したのである。

商品、サービス改善と並行して、カサノバ氏のイメージ回復対策が取られている。

2015年2月に行われたた決算発表会見では、カサノバ氏はマクドナルド商品への異物混入トラブルについて、深々と頭を下げて謝罪した。外見も、髪の毛を後ろで束ね、眼鏡もフチなしのものに変えるなど、前回の記者会見時と大きく変わった。テレビの報道番組の中では、カサノバ氏の「ビフォーアフター」を比較して報じるものもあったほど、短期で大きな印象の変化が見られた。

単なる「印象操作」ではなく、実態も伴っていた。カサノバ氏は、47都道府県すべてを回って、顧客、特に小さな子どもを持つ母親から話を聞いた。現場のスタッフとも直接対話を行い、問題点や要望を吸い上げた。

「現場主義」、「ボトムアップ」は日本企業の特長とされているが、カサノバ氏の一連の行動は、「外国からやってきた、日本のことを知らない経営者」というイメージを一新したに違いない。


話題になったマクドナルド「東西対決」(画像:日本マクドナルドHPより)

2017年8月には公式サイトのカサノバ氏のあいさつが突然関西弁に変わっており、大きな話題を呼んだ。

これは、同月に行われたマクドナルドの愛称が「マック」なのか「マクド」なのかをSNSで投票してもらう、「マックなのか?マクドなのか?おいしさ対決!」キャンペーンの一環として行われた施策だった。最終的に関西勢の「マクド」が勝利したことを記念して、カサノバ社長(当時)の公式サイトあいさつ文を関西弁に変えるという、遊び心のある施策を行ったのだ。

人々の親しみと関与度を増すために、さまざまな顧客参加型キャンペーンを行ったが、企業広報とも連携させ、カサノバ社長のイメージアップにもつなげていくという、戦略的かつ、首尾一貫した取り組みであった。

マクドナルドに学ぶ「ピンチをチャンスに変える」秘訣

不祥事をきっかけに、全方位的な改革を行うことで、レピュテーション(評判)と業績の早期回復と向上を実現することができた。2014年〜2015年にわたる一連の不祥事がなければ、マクドナルドはここまで業績を伸ばすことはできなかったのではないかと思われる。

そういう意味では、カサノバ氏指揮下の日本マクドナルド社は「ピンチをチャンスに変えた」好事例と言えるだろう


ピンチをチャンスに変えたカサノバ社長(撮影:今井康一)

もちろん、この改革はカサノバ氏ひとりの力でなしえたものとは思えない。社内外の多くのブレインが関わり、一丸となって改革を進めたことで可能になったものに違いない。ただ、経営者にとって、第三者の意見を取り入れて、自らを変えていくことは、そう容易なことではない。だからこそ、多くの企業は不祥事が起きた後、業績が低迷を続けたり、経営者が退任を余儀なくされたりするのだ。

マクドナルドは、改革の過程においても、数多くの批判にさらされ続けていた。顧客の声を聞いたり、顧客参加型の施策を行ったりすること、一時的にネガティブな声が増幅されてしまった側面もあった。しかし、それを続けることで、最終的に批判の声は減っていった。

批判はされないに越したことはないが、ブランド価値が毀損された企業が信頼回復を達成するうえで、批判は避けては通れないいばらの道でもある。

近年、マクドナルドは、カフェメニューを充実させたり、モバイルオーダー、セルフオーダーシステムを充実させたりといった、価格以外の付加価値も強化し、多様な顧客を取り込んでいる。筆者自身、マクドナルドは以前と比べて利用しやすくなったと感じている。

店舗のデザイン性や空間の快適さも増していると感じ、食事以外で利用する機会も多くなった。店舗によってはピーク時の混雑が激しく、待ち時間が長くなっている気もするが、集客が好調であることの裏返しとして、やむをえないことと思っている。

一方で、昨今の原材料費の高騰により、マクドナルドも値上げを余儀なくされている。競合のバーガーキングも店舗数を増やしており、競争環境も激化している。

いまや「マクドナルドは安い」というイメージも薄れており、「モスバーガーのほうが安い」「クーポンを使えば、バーガーキングのほうがお得」といった口コミも広がっている。

こうした状況下で、マクドナルド社はポスト・カサノバ体制の中で、どのような対策を講じるのだろうか?

カサノバ氏指揮下の改革がなければ、日本におけるマクドナルドの将来性も危うかったはずだが、新たな経営課題に直面する中で、今後のマクドナルドがこれまでの延長線上で業績の維持、向上が図れるかは別問題である。これまでの改革を踏まえて、これからのマクドナルドが現在の急激な環境変化の中でどのように発展をしていくのか、期待も込めて見守っていきたいと思う。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)