現代人の気になるテーマを哲学者とディベートしたらどう答えるのか? そんな全く新しい哲学入門書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0』(富増章成・著/GAKKEN・刊)。今回は本書から抜粋して『「そこそこ」で生きるのは悪いこと?』をテーマに、さとり世代とニーチェのディベートを紹介します。

 

ニーチェとさとり世代には実は共通点も…?

さとり世代 『そこそこ』のなにが悪いんですか? 今の世界を見れば、ムダにエネルギー使って生きる意味なんかないのは当然でしょう…。もう定時なんで帰っていいですか?

 

ニーチェ まぁまぁ、ここは会社ではないのだから待ちたまえ。君はなぜそう思うんだい?

 

さとり世代 ニーチェさんはご存じないかもしれませんが、今の日本はもう仕事で頑張っても報われるとは限らないんですよ。趣味に生きたところで、いつか飽きちゃうかもしれない…。この世に絶対的に信じられるものなんてないんだから、一生懸命なにかに打ち込むなんて、コスパが悪いんですよ。

 

ニーチェ ふむ…確かにそうかもしれない。『この世界に絶対的に信じられるものがない』、それは私も同感だよ。

 

さとり世代 え? そうなんですか?

 

ニーチェ そうとも! 少し聞いてくれ。昔から、人々は神のような絶対的存在を信じていたのだ。ただな、それは神を信じていると自分に力が湧いてくるから、そう信じたかっただけなのだよ。人間は、自分が信じれば力が持てることを信じたいものだ。その意味では、神なんて最初っからいなかったんだよ。これを私は『神は死んだ』と表現したのさ。いわば君のような考えの先駆者というわけだ。

 

KEYWORD 神は死んだ

ニーチェは、神に代表されるような、これまで絶対的だと思われていた価値観は、人間の欲望によってつくり出されていたのだと唱えた。

この考え方は、「世界には神という最高の価値がある」という西欧のキリスト教文化圏の価値観に大打撃を与えた。

 

さとり世代 あれ? それってつまり、僕の考え方はニーチェさんと同じだということですよね。だって、世界には絶対的な価値観がないということですから。

 

ニーチェ まぁ、そこに異論はないよ。君は私が広めたニヒリズムの思想をもっているのだね。

 

KEYWORD ニヒリズム

絶対的な存在がこの世界に存在しないということは、神などの絶対的価値観も存在せず、精神的なよりどころとなる人生の答えもない。これをニヒリズムという。ニヒリズムにおいては、すべての価値観は崩壊するので、人間は意味も目的もない人生を送ることになる。

 

さとり世代 確かにニヒリストなんて言い方がありますよね。なにかに期待したせいで、それが叶わないと自暴自棄になってしまう人もいます。だったら、最初からなにも期待せず、『そこそこ』で生きていたほうがまだマシじゃないですか?」

 

実況 知ってか知らずか、さとり世代さんはニーチェさんの考え方に通ずる部分があるようで、説得力がありますね。

 

解説 そうですね。ニーチェさんの哲学はキリスト教の価値観に大打撃を与えたわけですが、日本は最初からキリスト教国家ではないので、『絶対的な価値観』など意識しない人が多いのかもしれません。ありのままにあることを受け入れるのが、古くからの日本の思想ですからね。

 

実況 なるほど。もともとニヒリズム的な悟りを開いているさとり世代は、『神は死んだ』的な価値観と相性がいいのかもしれません。さあ、両者のニヒリズム的な対決は、どのようなゆくえをたどるのでしょうか。

 

ニヒリズムには2つの方向がある

ニーチェ 私は単に『神は死んだ』といったわけじゃない。それに対して、ちゃんと対処法も説いているんだよ。気になるのは、君の『そこそこ』で生きていければいいというところだ。君自身、本当にそういう人生でいいと思っているのかね?

 

さとり世代 そうです。『そこそこ』で生きることこそが、無意味な人生を楽に乗り切っていける最良の方法です。

 

ニーチェ 本当にそうかな? ここでひとつテストをしてみよう。君が死んだあと、再びまったく同じ人生を繰り返したとする。そうして君は永遠に同じ人生をループするんだ。そうなった場合、君は毎回、今の『そこそこ人生』を選ぶかい?

 

さとり世代 ええ、なんですかその設定!? 人生をもう一度繰り返すなら、金持ちイケメンに転生して無双したいんですけど…。

 

ニーチェ まぁ誰しもそう思うだろう。しかし、もう一度いうが、これは君自身の今の人生について見つめ直すための一種のテストなんだ。考えてみてくれ。

 

KEYWORD 永遠(永劫)回帰

ニーチェは、この世界が何度もまったく同じ形で、寸分の違いもなく繰り返されるという一種のモデルとして「永遠回帰」を提示した。この考え方では、自分自身も地球も宇宙も同じことを永遠に繰り返すとされた。「永遠回帰を肯定できるか否定するのか」を考えることは、「自分の人生全体を肯定できるのか、否定するのか」が問われるという、一種のテストになる(これは永遠回帰の解釈のひとつである)。

 

さとり世代 今の人生が永遠に何度もループするんですか…それは嫌かもですね。

 

ニーチェ 何度もこの人生を繰り返したくないということは、君が『この人生の過ごし方がベストではない』と自覚しているということにならないかね?

 

さとり世代 それは…そうかもしれませんが…。

 

ニーチェ 実はニヒリズムの捉え方には2つの方向があるんだ。ひとつは消極的ニヒリズム。もうひとつは積極的ニヒリズムだ。君のは、消極的ニヒリズムだね。それだと、ずっと人生を投げやりに過ごすことになるが、本当は君もそれを望んでいないのではないか?

 

KEYWORD 積極的ニヒリズム・消極的ニヒリズム

ニーチェは、ニヒリズムには「積極的」なものと「消極的」なものがあるとした。無意味な人生を肯定的に受け入れれば積極的ニヒリズムとなり、投げやりな人生だと捉えれば消極的ニヒリズムとなるという。

 

実況 ニヒリズムには、それをどう解釈するかで、積極的な方向と消極的な方向があるようですね。しかし、人生は無意味であるということを受け入れるのが、なぜ積極的になるのかはまだわかりませんね。

 

解説 そうですね。その鍵は、ニーチェさんが握っているようです。

 

弱者は強者に勝つために価値観を捻じ曲げている

ニーチェ 実は、人間は『より強いものになりたい』とか、『より進んだものになりたい』といった『力への意志』をもっているのだ。

 

さとり世代 力への意志…ですか。でもさっきもいいましたが、今の世の中ではそんなものもったところで裏切られるだけで…。

 

ニーチェ それだよ! 人間は、力への意志(より高い価値を生み出そうとする意志)に従って、より強いものになろうとする。しかし、現実的には挫折することが多い。そこで、こう考えるのだ。『本当の自分は優れているのだが、社会が悪くて実力が発揮できない』とか『本当の自分は、今の環境でなければもっとよいポジションにいる』とかね。要するに、現実で挫折すると、それに理由をつけて正当化し、想像のなかで勝とうとするのだ。これをルサンチマン(怨恨感情)というんだよ。

 

KEYWORD ルサンチマン(怨恨感情)

ニーチェは、キリスト教の「貧しき者は幸いである」「苦しむものは天の国へ入る」といった考え方は、実は弱者が強者に勝つために価値観を捻じ曲げているのだと唱えた。ニーチェによると、こうした弱者から強者へのルサンチマン(怨恨感情)によって、キリスト教に限らず、あらゆるところで道徳が捻じ曲げられ、善悪の基準として働くという。「貧しい自分は善で、金持ちのあいつは悪だ」といった考え方がその代表例であり、ニーチェはこうした考え方を「奴隷道徳」と呼んだ。

 

さとり世代 ということは、『人生そんなに頑張っているなんてムダで、そこそこテキトーに生きるのが本当の生き方だ』って考えるのも、ルサンチマンなんですか?

 

ニーチェ そうかもしれない。もっとも、先ほどの永遠回帰の話では、君のその考えは本心ではなさそうだったがね。

 

さとり世代 でも、一生懸命に生きたところでムダに終わるかもしれないというのは、多くの人が本当に不安に思うことですよ。

 

ニーチェ どうせまったく無意味に過ごす気はないのであれば、むしろ全力で生きてみたらどうかね? 頑張って失敗することも、期待して裏切られることも、すべてを含めて『これが自分の人生だ』『いろいろあったが、この人生をもう一度やり直すのも悪くない』と思えるように全力で生きるほうが、むしろいいのではないか?

 

さとり世代 そうでしょうか…そんなふうに生きたところで、大半の凡人はなにもなしえずに死んでいくんですよ。それこそニーチェさんと違って。

 

ニーチェ いやいや、私なんて世間から見向きもされとらんよ。親友の音楽家(ワーグナー)とは決別だし、妹と喧嘩して険悪だし、恋する人に振られるし、書いた本も売れとらん…。

 

さとり世代 ええ、そうなんですか? なかなかハードな人生ですね。僕より大変かも…。

 

ニーチェ そうさ。あまり知られておらんがね…。だが、私は、たとえつらいことがあっても、今この瞬間を肯定することが大事なのだと思う。君は、『この瞬間だけは肯定できる』という経験はなかったのかい?

 

さとり世代 えぇ…? まぁ小さいころとかは、あったような…。

 

ニーチェ ほうほう! 聞かせてくれ。

 

さとり世代 僕…ピアノを習ってたんですけど、はじめてコンサートで弾きたい曲をちゃんと演奏できたときは、嬉しかったかも…。僕よりうまい人なんてたくさんいたんで、やめちゃいましたけどね。

 

ニーチェ いいじゃないか。大人になるとみな、失敗や人の目を恐れるようになる。しかし、あらゆる失敗や挫折をしたとしてもいいと思って、すべてを肯定するのだよ。人間は、そうやって力強く生きるべきなんだ。

 

KEYWORD 超人

ニーチェは、最高の価値としての「神は死んだ」ので、人間自身が神になって新しい価値を創造するしかないと考えた。そして自ら価値を創出する存在を「超人」と表現した。この超人とは未来に出現する存在であり、人間は超人を理想としながら、逆境をものともせず、むしろ逆境を肯定して力強く生きるべきだと唱えたのだ。

 

 

さとり世代 なるほど…。もっとうまい人がいようが気にせず、ただ夢中でピアノを弾いてるだけでもよかったのかな…。

 

ニーチェ そうとも! 私だって本はまったく売れていなかったが、おかげで今日こうして君と話せたんだ。今の瞬間がどんな状態であれ、自ら価値を創造して積極的に生きていこうじゃないか。

 

【ちなみに】

ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』を著したが、これはまったく世間から認められなかった。後にニーチェは発狂したが、それに反して、徐々に名声が高まっていった。リヒャルト=シュトラウスによる交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』も、この書籍にインスピレーションを受けて作曲された。

 

実況 失敗も含めて人生を肯定するというのは、なんだか勇気が湧いてくる内容ですね。

 

解説 そうですね。『どうせうまくいかないんだから』と考えるよりも、『それも含めて自分の人生だ』と受け入れることこそが、積極的なニヒリズムといえるのでしょう。

 

【解説】たとえ苦しみが繰り返されても、それさえ肯定して生きよう

それまでの哲学をまるごと論破した男、ニーチェ

ニーチェは、それまでの哲学を全部ひっくり返してしまうような、新しい思想を説きました。それまでの哲学では、「絶対的・普遍的真理」を追求することが主流でした。しかしニーチェの考え方はこれを否定するもので、「この世に真理などない。人々は自分が信じたいことを真理と思っているだけだ」と暴露し、これを「神は死んだ」と表現したのです。

 

「唯一絶対の価値観が存在しない」となれば「物事に本質的な価値はない」ことになり、世界に意味も目的もありません。このような考え方をニヒリズムといいます。しかし、キリスト教が絶対的な価値観とされていたヨーロッパでは、こうした考えは当初ほとんど受け入れられませんでした。

 

相対主義を進化させたニーチェの考え方

ニーチェは、ギリシア哲学以来の相対主義に、さらに遠近法(パースペクティブ)の考えを取り入れました。そして、「人は自分にとって見たいものを見ており、自分が力強く、気分よく生きられるようなものを、『正しい』と信じ込んでいる」と唱えたのです。

 

これは、単に「人によってものの見え方が異なる(人それぞれ)」といっているのとはひと味違います。ニーチェは、このようになにかを「正しい」と解釈させる力を「力への意志」と呼びました。これは、今の自分を乗り越えて、より力強い存在になりたいという根源的な意志なのです。

 

絶対的な価値観がないなら、自分でつくればよい

人間のあらゆる思考や言動は、なんらかの基準や価値評価というフィルターを通過した後に出力されたものです。これは道徳的な言説であっても、学問的な言説であっても同じことです。ですから、「なにが道徳的に正しいか」は時と場合で変わりますし、「なにが学問的に正しいか」も、人間の認識や解釈の仕方でわかれることがあります。

 

しかし、ニーチェは「なにも正しいことなどない」というニヒリズムと対峙して、これを克服しようとしました。「最高の価値・目的が存在しない」ならば、人生に自ら新しい価値を与えればよいわけです。これは、「絶対的な価値がないから、なにもやる気が起きない」というような「消極的ニヒリズム」とは異なり、「積極的ニヒリズム」と呼ばれるものです。

 

「超人」を目指して力強く生きよう!

ニーチェは、自ら価値を創出するような人間になろうと呼びかけます。これを彼は「超人」と呼びました。超人はいかなる逆境にも負けず、むしろ逆境すら肯定して生きていきます。

 

ニーチェは「苦しみも含めて、人生が何度も繰り返される」という永遠回帰の考え方を示し、それでも強く生きる人間の登場を期待したのです。人生のすべてを肯定する思想を追求したニーチェは、後にその価値が認められて、現代の思想に大きな影響を与えたのでした。

 

【書籍紹介】

21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0

著者:富増章成
発行:Gakken

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