日本では6割の夫婦が陥るといわれるセックスレス。30代後半、事実婚の夫から急に「性行為なしで生きていきたい」と言われてしまった靖子さん(仮名・50代)のお話です。ヤングケアラーで青春時代がなかったという生い立ちをだれよりも理解してくれた夫はなぜ…。詳しく聞きました。

うまくいっていた夫婦生活が、突然レスに

早くに母親を亡くし、折り合いの悪い継母との居心地の悪い暮らしをしていたという幼少期の靖子さん。継母が体調を崩してからは、ヤングケアラー状態で家族の世話に奔走し、青春時代が消えてしまいました。受かっていた第一希望の高校を辞退し、地元の高校に通い、進学もあきらめて就職…。父親に対する複雑な感情は大人になってからも消すことができず、夫との事実婚も伝えないまま。

平和に暮らしていたある日、突然レスになってしまったきっかけは、夫からの「行為なしで生きていきたい」という申し出でした。

求めすぎた私がいけなかったの?

「複雑な家庭で育った私と夫は、それまでお互いに恋愛経験がまったくありませんでした。だから、つき合いだした頃から盛り上がってしすぎたのがいけなかったのかなって思ったんです」と靖子さん。
交際が始まったとき、お互いにすでに30代後半に差し掛かっていました。しかも夫が住んでいる場所までは新幹線で1駅というプチ遠距離状態。週末のデートは毎回行為があったのですが、一緒に住むようになってからは、ほぼ毎日というほど頻度が増えていたといいます。

「愛情が必要だったときに甘えられないまま過ごしていたから、人のぬくもりの温かさにお互い飢えていたんでしょうね。けれど、夫はだんだん慣れていってしまったみたいで。しかも『俺、たぶんだれにも性的欲求を抱かないセクシュアリティなんだよね』って言ってきたんです」

夫がなにを言っているのか分からなかった

靖子さんは夫がなにを言っているのかわからず困惑してしまいました。

「私に対して好きだという恋愛感情はある、だけど性的な対象という感情がわかなくなって、それはすべての女性に対してみたいで…。ごちゃごちゃ説明をされたんですけれど、言葉が出ませんでした。事実婚とはいえ、永遠の愛を誓ったつもりだったのに、今言う? っていうのが本音ですよ。『今後はできれば性行為なしでつき合っていきたい』と言われても『ちょっと考えさせて』と返事するのが精いっぱいでした」

夫が好きだからこそ、戸惑ったし、悲しくなったという靖子さん。生い立ちや仕事の業種など、夫とは共通項が多く、なにも言わなくてもまるで双子みたいにお互いの気持ちが分かり合える、そんな風に思い込んでいたそう。

「当時、ブログが流行り始めた頃で、私も夫も筆まめだから、結構せっせと書いていたんですよ。二人とも食べることが大好きで、私がおやつに大福を食べているときに、夫も大福を食べていたり、『仕事が忙しすぎるから水族館でも行って癒されたい』って書いたら夫も同じような時間に同じようなことを書いていたり…。
よく『私たちって、夫婦っていうより、双子みたいだよね』なんて話しているほどだったんです。私は体の関係ってすごく大事だと思っていたし、そこの価値観もぴったりだと感じてました。なのに、まさかそんな根本的な感覚にズレが生じていたなんて…」

生きていく方向が離れて行ってしまった

好きだったから別れるという選択肢はなかったという靖子さんでしたが、やはり“ない”生活のさみしさを感じることが増えていきました。

「普通に夜一緒にごはん食べて、お酒飲んで、いい雰囲気になるとくっついてくるんです。手を繋いだり、キスをしたりはするのに、それ以上の行為は嫌だと…。それならそれで触ってこなきゃいいのにって思って、泣いてしまったこともありました。夫には『出会ったばかりのときは気持ちが盛り上がっていたけれど、行為自体が好きじゃないことに気がついてしまった』という同じ説明をされるばかり。結局私に魅力がないってことなのかと悩んだりもしました」

夫の転職に「なにか変わるかも…」と期待したけれど

そして夫から「行為なしで生きていきたい」と言われた頃、転職の話をもち掛けられたといいます。

「『もっと給料がいいところに転職したい』と言ってました。夫の会社は私よりも休みが少ないうえに給料も安め。人間関係もそれほどよくなかったみたいで、たしかにもっといい条件のところは探せばあるかもしれないけれど、私はひとつのところに長く勤めていて、そのメリットも感じていたので、『お金だけの問題なの? もう少し冷静に考えようよ』って思っていることを言ったんです。
けれど、それが『俺のプライドが傷ついた』とかなんとかって結構尾をひく形で気まずい雰囲気になってしまいました」と靖子さん。

給料はUPしたけれど時間がなくなってしまった夫

靖子さんの慎重な姿勢を無視して夫は転職を強行しました。結果、給料のいい別の会社から内定は出たのですが、実際に働き始めると出張と残業が激増。手取りは多少増えた以上に、失ったものの大きさを感じてしまったといいます。

「新しい職場になかなかなじめなかったようで、夫はまたすぐ転職したいと言い出して…。さすがに今度は『逃げてるだけじゃない?』って止めたんです。そしたら、向こうがすごい勢いで怒り出して…。夫が転職して、夫婦関係も何か変わるかもという淡い期待はもっていましたが、結果的に悪い方へばかり進んでいってしまった気がします。私側の気持ちが遠ざかって行ってしまったんですよね」

レス生活に終止符。「彼を大嫌いになれた」

レスになってから丸2年が過ぎたころ頃、二人の関係に終止符が打たれるときが来ました。
「事実婚だから、役所に書類を出すわけでもなく、『別れましょう』ってなったらもうそれで終わりでした。あっけないものですよ、終わるときは。直接の原因になったのは、夫が転職先でうまくいかなかったときに私が発した『逃げてるだけじゃない?』っていう言葉らしいです」と苦笑いする靖子さん。

レスが原因であるとはっきり伝えて去った

レスが原因で靖子さん側の気持ちが離れていたことに、夫は気がついていたのですか? と聞いてみました。
「別れるということが確定して、本当に家を出る最後の最後です。夫から『靖子が冷たくなったのは、しなくなったのが原因?』って聞かれて、面倒くさいから『そうだよ』って言っちゃいました。そしたら『いつか年をとったら自然にしなくなっていく日がくるよねっていう話もしたことあったじゃん。それでも仲よくしていけるよねって言ってたんだから、俺の気持ちを察してほしかった』ってツラツラ嫌味っぽく言い返されました。それで、あぁ、この人、こんな自分勝手な人だったんだって、逆に吹っきれたというか、完全に嫌いになれたんです」
本当はもっときれいに別れたかったという靖子さん。
「結局、元夫もだれかに甘えることが苦手だったんでしょうね。『あのとき傷ついた』『あのとき察してほしかった』って、そのとい言わなきゃわからないじゃないですか。女子高生じゃあるまいし、40代手前の男性に真顔で言われたときに、もうこの人といても幸せに離れないなっていう確信が持てて、スッキリしました」
それまでは苦労の多い人生を重ねた戦友のような間柄だと思っていたけれど、最後の最後に、被害者ポジションをとってくる元夫に辟易してしまったそう。

「こんなに幼くて浅はかな考えの人だったんだなって…。初めて恋をして、私は魔法にでもかかっていたのかもしれませんね」と笑顔で話す靖子さん。

「我慢の多い人生だったので、もう自分に嘘はつきたくない…、その気持ちを優先させました。元夫とは、人生のどのタイミングで会ったとしても、きっと恋に落ちていたでしょうね。出会うべき、結ばれるべき運命だったって思っています。けど私はスキンシップも含めて大事なことなので、別れたことに後悔はありません」