Q)米国政府の筋書きはその通りだとしても、採算・経済合理性ベースで行動する民間企業がついていくのでしょうか。

A)経済合理性は後からついてくる。政府補助、為替の円安がそれを促進する。台湾、韓国のハイテク企業は日本での投資が今後の勝負を決すると考え、対日投資を活発化させている。台湾積体電路製造(TSMC) 、韓国サムスン、SKハイニックス、台湾・力晶積成電子製造(PSMC)などがすでに投資を表明している。

 日本政府の手厚い補助に加えて、今後の半導体技術のブレークスルーをもたらすと考えられている後工程に関して日本のプレゼンスは高い。後工程系の装置、素材などの関連技術企業が日本に集中している。TSMCは唯一の海外開発拠点を筑波に設けており、サムスンも横浜に先端パッケージ技術の研究拠点を建設中である。世界半導体投資が日本に集中し始め、投資が投資を呼ぶという好循環が期待できそうな環境である。

Q)中国から安全なところに生産拠点を移さなければならないとなると、韓国、台湾企業は日本という選択肢が俄然重要になってきますね。

A)特に台湾企業の対日投資の大きなうねりが期待できそうである。日本貿易振興機構(JETRO)調査によると、台湾の対外直接投資の大半を占めていた対中投資が激減している。他方で、台湾の対日投資が急増している。台湾の対中直接投資は23年に前年比39.8%減少し、30.4億ドル(4560億円)だった。一方、日本の財務省によると、台湾の対日投資は2697億円と前年比46.9%の急増となった。

 台湾の中国向け投資が激減した要因は、中国経済の減速に加え、米中対立が本格化し、米国が着々と中国排除の外堀を埋めつつあるからである。トランプ前政権による中国製品への制裁関税に始まり、ファーウェイ等に対する先端半導体輸出規制などにより、台湾企業の中国大陸での事業環境は一変した。次期大統領に最も近いとされるトランプ氏は対中輸入関税を一律に60%に引き上げると言っている。今は特定の先端品だけにとどまっている米中の通商障壁は大きく高まり、いずれ壊滅的な打撃を被るだろう。そうなる前に企業は行動しなければならない。

 中国のハイテク製造業はアップル のスマートフォン生産を一手に引き受けてきた鴻海(ホンハイ)精密工業など、台湾企業によって培われてきた。2010年には台湾企業による対中直接投資額はほぼ150億ドルで総投資額の83.8%を占めていた。それが2023年には海外直接投資額が270億ドルと急増する中で、対中投資は激減し、全体に占める比率は11.4%へと低下した。この脱中国の代替地として、日本に投資が及んできているのである。

 台湾企業の対日投資に地殻変動的動きがみられ始めた。台湾積体電路製造(TSMC)は熊本第一期(1.29兆円、内政府補助4670億円)が完成し、第二期(2.08兆円、政府補助7320億円)が決まった。創業者モリス・チャン(張忠謀)氏は2月24日の開所式で、「熊本工場が日本の半導体産業のルネサンスになる」と表明した。かつてモリス・チャン氏は米国アリゾナ工場の建設進展が不本意であることを表明し、「米国は自国での半導体生産を拡大しようとしているが、米国には製造業の人材が既にいない。台湾製よりも50%もコストが高く、もう昔のような(半導体が強い)国に戻ることは不可能だ」と述べていた(2022年4月)。このことと重ね合わせると、氏の日本への期待の高さがうかがわれる。

 そのほか、力晶積成電子製造(PSMC)が宮城県大衡村(SBIホールディングス <8473> [東証P]と共同で8000億円投資)に、アルチップ・テクノロジーズ(用途ごとに異なるカスタム半導体の設計会社)、グローバル・ユニチップ・コーポレーション(TSMCが約35%の株式を持つ設計会社)、イーメモリー・テクノロジー(メモリー半導体回路の設計開発を支援)などが日本進出を決定。さらに多くの台湾企業が日本での事業開始に向けて検討中だという。アルチップは22年時点で大半の技術者を中国に置いていたが、中国国外へ移し始めており、異動先の多くが日本だという。日本政府がポスト5G、AI(人工知能)などを積極的に支援しており、「新しいプロジェクトが次々と生まれ商機が広がっている」との関係者のコメントをロイターは報じている。

 台湾ハイテク人脈との連携が強まる期待がある。いま最も成長力が高いのが ファブレス半導体企業、エヌビディア 、ブロードコム 、クアルコム 、メディアテックなどであるが、このファブレス企業の競争力の源泉がTSMCの優れた生産能力にある。そして、これらのファブレス企業の大半は台湾人が経営を担っている。TSMCを頂点とする台湾系の半導体産業ピラミッドに日本が絡んでいくことの意義は大きいと想像される。ホンハイ傘下に入ったシャープも生産拠点としての役割を強めていくだろう。(「日本産業復活の神風、円安がやってきた!! (2) ―TSMCの日本拠点強化と日台産業協力がカギに―」参照)

Q)それにしても日本政府の支援は太っ腹ですね。巨額の産業支援を推進していますが、よく財務省が認めていますね。

A)財務省も米国からの要請、国家安全保障マターとなると俄然、気前は良くなる。半導体振興策は、いわば天の声、逆らうことはできない事項。加えて日本政府には巨額の含み益、言わば埋蔵金がある。第一に、日銀のETF投資収益が30兆円を超えている。第二に、米国財務省証券保有による膨大な為替益がある。保有残高1.1兆ドル、1ドル=110円での取得だとすると、150円で44兆円の巨額の為替換算益があると計算される。これらは容易に国家起死回生のプロジェクト資金として投入できる。

Q)となると、日本が再び世界の高度ハイテク産業の拠点になるという姿が見えてきますね。今の株高はそのような明るい将来の予兆を示していると言えるのですか。

A)地政学が明確に経済活力の起点になった先行例は朝鮮戦争、単なる特需に止まらず、その後、国際分業における日本の地歩の向上をもたらした。今回も類似している。そもそもかつて世界の半導体大国、最先端のハイテク産業集積を誇った日本の凋落も、米国による日本叩きとその手段である超円高よるもの。これが大逆転したことの意味は、朝鮮戦争勃発に匹敵するほどの意味を持つかもしれない。

(2024年2月26日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン350号」を転載)

株探ニュース