事故で亡くなったシーズー犬の「まる」ちゃん。人懐っこく、甘えん坊だった(写真はいずれも提供)

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1月27日午前11時半ごろ、石川県能登地方の横断歩道で、乗用車と歩行者による事故があった。人的被害は「歩行者男性1人の軽傷」に留まったため、ニュースでは報じられていない。しかし男性が連れていたシーズー犬の「まる」ちゃんは事故の瞬間、かばうようにして男性の前に飛び出し、車にはねられて亡くなった。運転していたのは高齢者で、前方不注意が原因だった。

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男性の長女にあたり、まるちゃんの日常をXに投稿し続けてきた「こさか」さん(@kiyoshinanu)が悲しみをつづり、反響が広がっている。こさかさんに話を聞いた。

警察「ワンちゃんがかばったおかげで助かった」

事故があったのは信号機のある横断歩道。こさかさんの父・信正さんとまるちゃんが散歩中、青信号で横断していたところ、左の前方からこちら側に左折しようとする車にひかれた。車は先にまるちゃんに衝突して止まり、信正さんは転倒。信正さんは脳腫瘍の後遺症のため左目の視力が低いこともあり、一瞬何が起こったか分からなかった。気がつくとまるちゃんは横たわり、あたりに血が飛び散っていた。動物病院に運ばれたが、すでに亡くなっていた。8才だった。

事故を起こした高齢ドライバーは「前から人が歩いてきている姿は見えていたが、そのまま進んでしまった」という趣旨の説明をしたという。

まるちゃんは人懐っこい性格で、家族の中心的存在だった。突然の別れは到底受け入れられるものではなかった。「俺が代わりに死ねばよかった」。信正さんは事故の後、自分を責めてそう繰り返し、家族で涙を流す日々が続いた。こさかさんは「まるがいなくなった悲しさと加害者への憎しみで、どうにかなりそうだった」と振り返る。

火葬も終わり、事故から1週間ほどたった頃、警察署で事故の実況検分の結果について説明を受けた。目撃者の証言や付近の防犯カメラの映像から、まるちゃんが先に車に気づいて危険を察知し、信正さんに駆け寄った際に車にぶつかったという状況が明らかになった。最初は信正さんだけが車の先にいたが、まるちゃんが飛び込んできた形だ。警察官から「ワンちゃんがかばったおかげでお父さんは軽傷で済んだと思います」と伝えられ、涙が止まらなかった。

「怖がりで、赤ちゃんのように甘えん坊」だったというまるちゃん。家ではいつも人間の膝の上に自分から乗ってきて、夜中に雷が鳴ると家族を起こして「抱っこして」とねだり、未明まで家族交代で抱っこした時もあったほどだ。最期にとった行動を知り、愛しく思う気持ちや悲しみ、申し訳なさ…さまざまな感情が募った。

父の心身を支えたまるちゃん

まるちゃんを飼ったきっかけは、信正さんが脳腫瘍を患ったことだった。後遺症で左半身に麻痺が残り、その影響で落ち込むことが増えた。病院で「犬でも飼ってみたらどうか」と助言され、家族で何気なく寄ったペットショップで出会ったのが生後5カ月のまるちゃんだった。値引きされて「売れ残り」のような扱いだったというが、信正さんがいたく気に入り「飼うならこの子だな」の一声で家族に迎え入れることに。初めて飼ったペットだった。

手術で、運動機能を司る小脳をほとんど摘出していた信正さんだったが「きちんとこの子の世話をするために」と筋トレに励んだ。1日2回のまるちゃんの散歩もほぼ欠かさず、精神的にも回復していったという。今も麻痺は残るものの、医者からは「よくこの状態で歩けていますね」と驚かれるそうだ。こさかさんも「父が今も元気なのは完全にまるのおかげ」と話す。

一家の中心だったまるちゃんを失い、気持ちに区切りがつくことはない。それでも家族は信正さんに「これで散歩にも行かなくなって体を弱らせたら、まるが命を救ってくれたことが無駄になってしまう」「まるは天国からみんなの元気な姿を見たいはず」と励まし、家族で何とか前を向こうとしているという。

ドライバーは「もう免許更新しない」

先日、事故を起こしたドライバーが謝罪に訪れた。心から反省している様子で「何をしても気は済まないと思うが、損害賠償も思うように請求してほしい」と言われ、次回の免許は更新しないという旨も伝えられた。

真摯に反省し、何とかして償いたい気持ちは伝わったという。ある日、まるちゃんの遺影と遺骨を前に、信正さんが手を合わせながら「許してやってな」と話しかける姿を見たというこさかさん。「父の思いに家族も寄り添いたい」と、今後運転しないことを条件にドライバーとの示談に応じる予定だという。

Xの投稿には、追悼や励ましの言葉が多く寄せられている。「家族思いの賢いワンちゃん」「勇敢で愛情深いワンちゃんがいたことが知られてほしい」「きっと今でも家族を見守っているはず」…。反響は予想以上で「たくさんの人に褒めてもらえて驚いている」と話す。両親にもコメントを見せ「いつまでも赤ちゃんのように甘えん坊だったうちの子が、名犬扱いされるなんて」と、深い悲しみの中でも少しだけ心が和らぐ瞬間があるという。

今回の出来事を知った人に呼びかけたいこととして、こさかさんはこう語る。「車の事故は一瞬で、他人にとんでもない思いをさせてしまう。気をつけないといけないと改めて思ったし、皆さんも注意してほしい。同じようなことは起きてほしくない」

(まいどなニュース・小森 有喜)