箱根駅伝での青山学院大エースふたりの思考 黒田「ペースが上がってないんじゃないか」 太田「相手が誰だろうと40秒差なら追いつける」
2024年シーズンもさらなる飛躍を誓う青学大の黒田朝日(右)と太田蒼生
箱根駅伝で「1強」駒澤大の牙城を突き崩した青山学院大。その原動力となったのが黒田朝日(2年)と太田蒼生(3年)だ。エース不在という弱点を覆すふたりの走りは、大きな衝撃を持って多くの人々の記憶に刻まれた。性格は対照的、個々が発するキャラクターが引き起こす未知なる化学反応は、実に魅力的な期待をはらむ。2024年シーズンもふたりから目が離せない。
第100回箱根駅伝の戦前、青山学院大の「弱点」と目される要素があった。
エースの不在。
2年連続の三冠を目指していた駒澤大と比べ、レースの行方を決定づける「ゲームチェンジャー」の顔が思い浮かびづらかった。
だがしかし、原晋監督はレース前から自信を持っていた。
「ウチには黒田朝日と、太田蒼生がいるからね」
その言葉は、本当だった。
2区の黒田が先頭を行く駒大との差を詰め、そして3区で太田が逆転し、それ以降、青学大は誰かの背中を見ることはなかった。ふたりのエースが、決定的な仕事をしたのである。
【戸塚の坂に朝日が昇る】箱根駅伝からひと月が経った。
黒田と太田のふたりにとって箱根駅伝はどんなレースだったのだろうか。そして2024年は、どんな目標を掲げているのだろうか。
まずは、黒田。インタビューを受ける彼は、いつも自然体に見える。箱根のことも冷静に振り返る。
「中継所では駒澤さんと36秒の差がありましたが、前半は余裕をもって入り、15kmすぎからギアを上げようというプランでした。でも、大集団のなかで走っていたので、『ひょっとして、ペースが上がってないんじゃないか?』というのが唯一の不安でした」
黒田は時計をはめずに走る。感覚に頼るしかないのだ。大集団が駒大からさらに引き離されている危険性はあったが、黒田は自分の感覚を信じた。
「15kmあたりですかね。権太坂の手前で国士舘大の留学生の背中が見えてきたので、あ、これなら大丈夫だなと」
黒田のギアが上がる。そして戸塚の坂を上り始めると、原監督からの掛け声が聞こえた。
「戸塚の坂に、朝日が昇る!」
原監督の声を聞いて、思わず表情が緩んだ黒田は、中継所では先頭の駒大との差を22秒にまで縮めた。
今季は出雲駅伝では区間賞、全日本大学駅伝でも区間2位の好走を見せていたが、箱根の走りで一躍黒田の名前は全国区のものとなった。
さて2024年は、どんなプランを持っているのだろうか。これまで黒田は3000m障害で国際大会にも出場してきた実績を持つが、今年は5000m、10000mのタイムを追いかけていきたいと話す。
「青学の場合、シーズン後半に入ると駅伝に合わせた調整に入っていくので、トラックで記録を狙う機会が少なくなります。なので、今年は前半に5000m、10000mの記録更新を狙っていきたいですね。10000mであれば、27分台は出したいところです」
27分40秒台から30秒台のタイムが出れば、トラックでも一流選手の仲間入りだ。
そして来年の箱根駅伝へのイメージも湧いている。
「青学の強さは突出した選手に頼るわけではなく、全体の総合力だと思っているので、2区を走る選手が必ずしもエースだとは思わないですが、一応、一応ですよ、来年、再来年と2区を走るのは僕かな......というつもりでいます。そうなれば、今年以上の走りは求められますよね。今年は66分07秒だったので、65分台に入るイメージではいます」
トラックでのスピードが身についてくれば、駅伝でもより黒田の存在感が増していくことになるだろう。
小柄な体のエースが、どれだけ成長するか楽しみだ。
青学大のカラーを踏まえて2区への思いを語る黒田朝日
一方の太田は、自分の力に絶対的な自信を持つ選手だ。しかし、レース1カ月前の12月1日にインフルエンザに罹患したため、自分の体と相談しながら調子を上げていくしかなかった。
「12月中旬に5km×2本という、青学大の選手選考にとっては重要な練習があったんですが、タイム的にはダメでしたね」
それでも、全く動揺はなかった。
「ボーダーラインの選手にはプレッシャーのかかる練習ですけど、僕にとっては"趣旨"が違うと思っていました。箱根を走るのは間違いない。体調が回復途上だったので、『この練習でやるべきことは、現状の力を出力しきること』と考えていました。出力したうえで、状態が上がってくるのを待つ。そういうイメージでした」
ものすごい自信だ。
その裏づけとなっているのは、ターゲットとするレースでは自分の調子を「1パーセント単位で把握できる」という繊細な感覚を持っているからだ。
「だんだん調子が上がっていき、元日の1000mの前日刺激は完璧でしたね。その時点で99パーセントまで来たなとわかりました」
1月2日、太田の調子は100パーセントになっていた。
「相手が誰だろうと、40秒差なら追いつけると思っていました。黒田が22秒差でタスキをもってきてくれたので、追いついて、なんなら差をつけてやろうと。実際、駒大の佐藤圭汰君(2年)を抜きましたけど、4秒差しかつけられなかったので、自分としてはもっと差をつけないといけなかったと思ってます」
佐藤圭汰は現役学生では、最速のトラックランナー。その佐藤相手にも、全く臆することがない強心臓が太田の強みだ。ただし、それは弱点と表裏一体でもあり......。
「記録会だと、自分の目盛りが100まで上がらないです。なかなかやる気が出なくて(笑)。トレーナーさんから『本当のプロは、どんな時でも結果を残せるものだよ』という話を聞いて、どんな状況であってもモチベーションを構築していくのが自分の課題だなと感じています」
2024年は太田にとって、青学大での最終年。これまで駅伝で走ったのは箱根3本、全日本1本だけだが、今年は三大駅伝でインパクトのある走りを見せたいと思っている。
「青学としての目標が三冠達成なので、出雲、全日本、箱根と自分の責任としてしっかり走りたいと思っています。そしてそのあと、2025年の東京マラソンで、初マラソンに挑戦する予定です」
今年も別府大分毎日マラソンに挑戦プランもあったが、体調不良もあり、先送りとなった。
「1年かけて、マラソン仕様の体に仕上げていきたいです。これまでも監督には『マラソンのことを考えて、もう少し走っておきたいんですけど』と話すと、監督からは『そこまで必要ないよ』とスルーされてしまって(笑)。今年は、自分なりに距離を踏んでいきたいですね。来年の東京マラソンではインパクトを与える走りをするのが目標ですし、どれだけの走りができるのか自分でも楽しみです」
野心家の太田が、その先に見据えているのはオリンピックのマラソンでの金メダルだ。
「世界一の景色。宇宙飛行士が地球を外から眺めたように、自分も世界の頂点からの景色を見てみたくて」
臆することなく、こうした言葉を言えるのが太田の魅力だ。
自分の意思を清々しくはっきり表現する太田蒼生
1965年に脚本家のニール・サイモンは『おかしな二人』という傑作を書いた。エキセントリックなふたりがぶつかり合い、奇妙なケミストリーが生まれ、物語が加速していく。
穏やかな黒田と、野心家の太田。
青山学院の魅力は、学生たちの多彩なキャラクターにあると思っているが、このふたりのエースの組み合わせは、これまでにない化学反応を生みそうな気配がする。
2024年、お互いが刺激し合うことで、ふたりはより強くなっていくかもしれない。
今年は春から、ふたりのトラックでのタイムにも注目していきたい