体育、音楽、外国語の勉強はムダ…イーロン・マスクの創設した「兆万長者を育成する秘密学校」で教えること
■「伝説的起業家」が見込んだ男の最大の特徴
ピーター・ティールという名前を聞いたことがあるだろうか。
彼は現在シリコンバレーで、スティーブ・ジョブズとイーロン・マスクを超える未来設計者と呼ばれる人物だ。マーク・ザッカーバーグから「ティールのおかげでFacebookが誕生した。彼は私の人生において最高のアドバイザーだ」という称賛を受けたかと思えば、シリコンバレーの天才たちからは「我々のゴッドファーザー」と呼ばれている。
彼はシリコンバレーの“師匠”というべき存在だ。世界最大オンライン決済サービス企業であるPayPalを創業し、YouTube、LinkedIn、テスラなどを誕生させたピーター・ティールは、2004年にビッグデータ分析企業パランティア(Palantir)を創業した。
PayPal時代からすでに人工知能を活用して最高の実績を上げたことがあった彼は、パランティアにも人工知能を積極的に活用した。そのおかげでパランティアは幾何級数的に成長し、現在はCIAやFBIを始めとする全世界の国家情報機関を顧客にしている。
ところで、パランティアのCEOは、創業初期から現在までピーター・ティールではなくアレックス・カープが引き受けている。
シリコンバレーで事業パートナーを最も酷評するというピーター・ティールに選ばれたアレックス・カープは、いったいどんな卓越した能力を持っているのだろうか。
これについてピーター・ティールは、次のように答えた。「アレックス・カープには哲学する能力があるからだ」。
アレックス・カープは、現存する最高の哲学者のひとりであるユルゲン・ハーバーマスに直接哲学を学んだ。
もちろん彼は、哲学だけを学んできたわけではない。哲学博士の学位を取得するやいなや、スタートアップ企業で驚くべき成功をおさめたほど、卓越した経営能力を持っている。
IT技術と人工知能に精通していることは言うまでもない。
■シリコンバレーの起業家と哲学の関係
ここで少し韓国の話をすると、韓国の企業界が過去10年以上かけて哲学(人文学)を熱心に勉強したにもかかわらず、これといった革新を起こすことができなかったのは、哲学(人文学)の知識だけに触れようとしたからである。
哲学書(人文学書)を読んで哲学(人文学)の講義を聞くという、このふたつにだけ重点を置いたとでも言おうか。韓国企業界の哲学(人文学)旋風は、シリコンバレーから来たと言ってもよいだろう。それならば、シリコンバレーの起業家は、韓国の起業家のように哲学(人文学)を「勉強」しているのだろうか? そうではない。
シリコンバレーの起業家は、哲学(人文学)を自分の事業とIT技術に直接応用している。哲学者でありながらCEOでもあり、IT科学者でありながらIT技術者でもあると言えばよいだろうか。
彼らが経営のアドバイスを求める哲学者も同様である。大学という垣根に閉じ込められたまま死んだ知識だけを掘り下げる哲学者ではなく、いま目の前で生きて動く知識、すなわち企業経営、IT、人工知能などに関して卓越した知識を有する哲学者に経営のアドバイスを求めているのだ。
すでに述べたように、ピーター・ティールは、シリコンバレーの人工知能の天才たちが師匠と仰ぐ人物である。そして、「人工知能時代に私たちはどんな準備をしなければならないか」および「とりわけ経営者はどんな準備をしておくべきか」という質問に、最も優れた答えを示すことができる人物だ。
■強力なAIでも打ち破る最高の武器
彼は「ただひたすら哲学を!」と叫んでいる。実際に、哲学者を自分の人工知能ビッグデータ企業パランティアのCEOの座に迎え、パランティアを全世界の国家情報機関から依頼を受ける企業にまで成長させた。
まるでビル・ミラーがウォール・ストリートでそうだったように、ピーター・ティールとアレックス・カープはAIには絶対に持つことのできない人間固有の能力である哲学的思考を通じて、AIを秘書のように従えた。そしていまこの瞬間にも、シリコンバレーの新しい記録を塗り替えている。
このふたりだけではない。シリコンバレーの起業家は、皆、哲学を実践している。とくに、人工知能関連企業の経営者であればあるほど、必死で実践している。人間固有の共感能力と創造的発想力を最大化させることができるツール、強力なAIでも打ち破ることができる最高の武器が、哲学だからだ。
おかげでいま、哲学はシリコンバレーで新しい全盛期を迎えている。
■イーロン・マスクの私学で教えていること
以下に列挙する学校の共通点は何だろうか?
1.NASAとGoogleが投資し、人工知能時代の支配者を作ることを目標にする「シンギュラリティ大学」。
2.人工知能時代のリーダーを育てるために講義を廃止し、新しい教育課程を取り入れているハーバード、スタンフォード、イェール大学のような世界最高の名門大学。
3.人工知能時代に適合した人材を育てるためにIT機器を禁じる教育課程を取り入れたシリコンバレーの私立学校。
4.イーロン・マスクが、シリコンバレーの私学教育では人工知能産業の第一人者、すなわち兆万長者になる方法を教えることができないとして、自分の子どもたちを皆中退させたあとに設立したプライベート私学「アド・アストラ」。
答えは、教育課程の重点が、哲学する人間を育てることに置かれていることだ。もちろん、程度の違いはある。
イーロン・マスクが建てたアド・アストラは、初めから哲学者の育成を目的にしているように見える。それくらい積極的に哲学を追究している。一方、他の学校はアド・アストラほどではない。
■体育・音楽・外国語の授業はない
アド・アストラの話を少ししておこう。この学校は、すべてが秘密に包まれている。イーロン・マスクが、世間に公開されることを望んでいないからだ。
しかし最近、この学校でどのような教育が行われているかが、少し明らかになった。シンギュラリティ大学の共同設立者であり、民間月探査プロジェクトで有名なXプライズ財団CEOピーター・ディアマンテスが、アド・アストラを訪問したあと、メディアのインタビューを受けたのだ。そして、アド・アストラの共同設立者兼校長であるジョシュア・ダーンも、インタビューに答えた。
ふたりが語ったアド・アストラは、次のとおりだ。
「イーロン・マスクの5人の子を含む31人の子どもたちが通っている。子どもたちの年齢は、7歳から14歳までで、平均年齢は10歳。シリコンバレーのIT技術、とくに人工知能技術の発達に合わせて毎年教育課程を作りかえる。学年は存在しない。代わりに存在するのは、チームである。
成績評価はなく、宿題もほとんどない。すべての教育活動は、ソクラテス式対話法で進められる。人工知能中心の未来社会で人類が直面する問題をシミュレーションし、これに対する解決策を哲学的対話と討論で導き出すのが教育の核心だ。
それに加え、起業家精神・リーダーシップ・数学・科学・工学・人工知能・ロボットなどについて学ぶ。そして、経済を学ぶために、校内では『アストラ』という仮想通貨が使われている。体育・音楽・外国語の授業はない」。
■AIに置き換えられる人間の特徴
先に言及した学校の話に戻ろう。これらの学校が人工知能時代の新しい教育として哲学を選択した理由は簡単だ。
哲学は、人間固有の能力である共感能力と創造的発想力を目覚めさせる最高のツールだからだ。つまり、哲学する人間はAIに置き換えられることはない。AIの支配者になるのだ。逆にいえば、哲学する能力を持つことができなかった人間は、AIに置き換えられてしまう。AIの奴隷になるともいえるだろう。
過去には、既存の知識と技術をしっかり習得するだけで、誰でも社会に役立つ人間になることができた。しかし、これからは違う。共感能力と創造的発想力を持たなければならない。それが、先進国の学校が第4次産業革命時代を迎え、教育の中心に哲学を据えた理由だ。
さて、ここでこんな問いを投げかけてみよう。「先進国の未来型学校が追究する“哲学”とはどのようなものだろうか? 私たちの知る“哲学”と同じものだろうか?」
■名門校が教える「哲学」の中身
かつて私は著書『考える人文学』で、次のように記した。
「古代ギリシアの哲学者にとって“思考”とは、永遠に変わることなく、永遠に存在する真理の世界を認識する行為だった。彼らはこの行為を『ノエシス(νόησις)』と称した。そして、哲学する人だけが、ノエシスをできると宣言した。そうして彼らは、ノエシスを通じて輝かしい古代ギリシア文明を建設した。
(……)古代ローマのアウグスティヌスは、古代ギリシアの『ノエシス』に相当する『コギト(cogito)』、すなわち哲学的思考を通じて、約千年にわたる中世ヨーロッパ文明の門を開いた。デカルトもコギトを通じ、近代ヨーロッパ文明の門を開いた。そして、ラテン語のコギトに相当する英語の“think”は、現代ヨーロッパ文明と現代アメリカ文明を作った。
人文学的意味の“think”は、単純な意味での『考え』ではない。新しい人類文明を創造し、既存の人類文明を改善する行為だ」。
未来型学校が追究する哲学的思考力は、トリビウム(Trivium)を通じて育てることができる。
トリビウムとは、「3つの」を意味するラテン語“tri”と、「道」を意味するラテン語“vium”の合成語だ。哲学(人文学)を実践する3通りの道である文法学、論理学、修辞学を意味する。
「文法学」は哲学書を読んで内容を理解すること、「論理学」は哲学書で悟った哲学者の思考法をツールに自分自身の思考をすること、すなわち自分の論理を作ること、「修辞学」は自分の考えを文章にしてシェアすること、すなわち他の人々の共感を得ることだ。
ハーバード・MITのような世界最高の大学、シリコンバレーの私学、アメリカ・ヨーロッパの未来型私学がトリビウムの中でも最も重要と考えているものがある。それは、修辞学だ。
そして、これらの教育機関では、とりわけ作文に重点を置いている。
■新しい時代のリーダー教育の中心にある学問
いますぐ紙とペンを取り出して、「幸福」を主題に文章を書いてみよう。
「『感覚的幸福』と『精神的幸福』、ふたつのうちどちらが真の幸せか」。「私が心から幸せになろうとすれば、どのような思考をしてどんな行動をとるべきなのか。また、誰と一緒にいるべきなのか」。「自分が追求する幸せが、自分の周囲の人々、または自分が属する共同体が追求する幸せと異なる場合、自分はどうすればよいのか」。等々の問いを自分自身に投げかけてみれば、答えを得るために奮闘する自分に気づくはずだ。
それに加えて、自分が書いた文章を他の人々に読んで聞かせ、共感と支持を得なければならないと考えてみよう。文章を書いている間、心に火がつくだろう。知らないうちに仮想の人物を目の前に置いて、全力を尽くして彼らを説得しながら文章を書くはずだ。
このように、トリビウムの修辞学を実践すれば、自分でも気づかないうちに次の4つの能力が育つのだ。
2.思考の論理を緻密に整える能力。
3.思考の論理をわかりやすく表現する能力。
4.他者に共感する能力。
勘のよい人ならもう気づいただろう。1番目と2番目は創造的発想力を育て、3番目と4番目は共感能力を育ててくれる。すなわち、トリビウムの修辞学を実践するだけでも、AIには絶対に持つことができない人間固有の能力を育てられるのだ。
だからこそ、人工知能時代のリーダーを育てようとする学校は、修辞学を教育課程の中心に据えている。
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イ・ジソン作家
韓国を代表する人文作家。1993年から作家活動を始める。人文学以外にも、教育、自己啓発など様々な分野にわたり、30冊以上の著書がある。代表作『夢をかなえる公式』(サンマーク出版)は世界で翻訳され50万部のベストセラーとなる。
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(作家 イ・ジソン)