「MX-30ロータリーEV」は選択肢としてアリか?
ロータリーEVも全体のデザインは従来のモデルと同一。写真は限定発売の「エディションR」(写真:マツダ)
マツダはなぜ、ロータリーエンジンを開発して、それをバッテリー充電用にしか使わないのか――。
永らくファンに待たれていたロータリーエンジンが、ついに市販へ。ただし、シリーズハイブリッドに組み込まれての登場となった。
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2023年9月に受注が開始された「MX-30ロータリーEV」。新開発したシングルローターのロータリーエンジンを搭載するSUVだ。エンジンは、駆動用バッテリーの充電に(のみ)使う。
MX-30ロータリーEVは、シリーズハイブリッドかつプラグインで、外部充電可能。一充電あたりの走行距離は107kmなので、家か職場に充電器があれば、「ロータリーエンジンいらないんじゃない?」って言いたくなる。
ロータリーEVをわざわざ開発したワケ
ロータリーエンジンをわざわざハイブリッドシステムのために開発した理由について、マツダ株式会社パワートレイン開発本部の川田卓二主幹は、「パッケージングのため」と言う。
「コンパクトで低重心化が図れるロータリーエンジンは、ハイブリッドシステムによく合います」
ハイブリッドシステムの将来について、「適材適所」という言葉を使うのは、川田主幹とともにMX-30ロータリーEVの開発を担当した上藤和佳子主査だ。
ロータリーエンジンとモーターを比較的小さなエンジンルームに収め、プラグインシステムと組み合わせている(写真:マツダ)
「世界には、充電インフラの問題もあり、すぐにBEV(バッテリー駆動のEV)には移れない市場があります。そこで私たちは、2022年から2024年までを電動化に向けた開発強化のフェイズ1、2025年から2027年にかけてをバッテリー技術開発強化とBEV先行導入のフェイズ2、2028年から2030年をBEV本格導入のフェイズ3と、期間ごとの経営方針を打ち出しています」
MX-30にはすでにEVモデルが存在する中で、ロータリーEVをわざわざ開発したのは、「走行距離の長さ」という実用性のためだ。EVモデルだと一充電走行距離が256km(WLTCモード)のところ、ロータリーEVでは700km超えという試算がある。
もう1つは、前記のように将来の技術への布石。
クルマの運動性能における「ロータリーの可能性」に、マツダは注目しているという。コンパクトさが身上なので、エンジンルームの設計の自由度が高くなるようだ。MX-30ロータリーEVでは、エンジンはモーターやジェネレーターと同軸上に配されている。
シングルローター「8C」をモーターと同軸に配置する(写真:マツダ)
MX-30 EVモデルの開発がスタートした時点で、今回のロータリーEVのプロジェクトもあったとのことで、じっくりと設計も練られたのだろう。
「アイコニックSP」で見せた可能性
それにしても、ヨーロッパで発表されたのが2023年1月で、実車に乗れたのが12月(ヨーロッパも同時発売)だから、けっこう待たされた
時間がかかった分、恩恵といってはなんだけれど、ロータリーエンジンへの期待が高まったのも事実だ。
それに寄与したのは、2023年10月の「ジャパンモビリティショー2023」に出品されたコンセプトモデル「アイコニックSP」。まだ現実ではないけれど、ロータリーハイブリッドの可能性を感じさせてくれる、スタイリッシュなスポーツカーだ。
ジャパンモビリティショー2023で大いに注目された「アイコニックSP」(写真:マツダ)
「RX-7」や「RX-8」といったマツダの往年のロータリースポーツモデルを想起させ、MX-30ロータリーEVへの期待を(少なくても私にとっては)さらに高めてくれた。このアイコニックSPにより、市場でロータリーEVを受け入れる下地が、より強固になった感がある。
「ロータリーエンジンを駆動に使いたい気持ちですか。それは、もちろんあります。MX-30ロータリーEVに使っている8Cだって、ツインローターの16Cから開発したものですし。でも、アイコニックSPでお見せしたかったのは、ロータリーエンジンの可能性です。フロントに搭載しても、(歩行者保護の設計は別として)低いボンネット高を実現できますし、モーターを後輪に配したスポーティな運動性能を持ったモデルを作ることができます」
前出の川田主幹の言葉である。
で、MX-30ロータリーEVのドライブフィールはどうかというと、「スムーズ」というのが第一印象。モーター駆動なので、既発のMX-30 EVモデルとほぼ同じ走行感覚だ。
バッテリーは17.8kWhとそれほど大きくないので、「ノーマルモード」で、調子に乗って無造作に加速を繰り返していると、減るのが早い。残量が45%を切るとエンジンが始動する。あるいは「チャージモード」を選ぶと、即座にエンジンが始動して充電を開始する。
エンジンの存在感は、かなり小さい。強めにアクセルペダルを踏んで回転を上げてみて、ようやくかすかな振動と小さな音が意識されて「回っているな」とわかる程度だった。
軽量小型ゆえロータリーエンジンをフロントに搭載しているがハンドリングは影響を受けていない(写真:マツダ)
「開発スタート時は、どんな音にするか、社内でいろいろ議論がありました」と、川田主幹は言う。
「当初はけっこう勇ましい音になって、それではクルマのキャラクターに合わないのではないかと……。そこで、静かで、かつ耳ざわりのいい音色をめざしたのが今回の結果です」
MX-30をしてマツダは「さまざまなライフスタイルや価値観に合ったモデルを見つけて」もらえるとする。すぐ思い浮かぶユーザー像は、後席に小さな子どもを乗せるようなファミリー。
フリースタイルドアと名付けられた後席用ドアは、前席のドアを開けないと開閉ができない仕組みのため、子どもが勝手に外に飛び出す心配はない。
フリースタイルドアと呼ばれる観音開きタイプのドアで後席にアクセスする(筆者撮影)
スペース的に大人も乗れるけれど、クーペライクなデザインゆえ、「2+2」として使う人も多いのではないだろうか。
後席のバックレストを倒せばゴルフバッグが2つ積めるし、「MX-30はコンセプトがわかりにくい」という声も一部にあるようだけれど、実は幅広いマーケットに対応するモデルだといえる。
加速は、ICE(エンジン車)よりスムーズで、それでいて乱暴なところはいっさいない。ハンドルを切ったときの動きはしっかりしていて、車線変更など安定して行える。
あいにくワインディングロードのようなところは走れなかったが、操舵したときの軽快感が強いので、「気持ちよく運転できそうだ」と感じられた。
新たな選択肢として
内装も質感が高い。従来のMX-30シリーズと大きく変わったところはなく、コルクやペットボトルの再生素材を使ったり、シートにリサイクル糸や人工皮革を積極的に用いたりと、このクルマに興味を示す人の志向性に合っていそうなコンセプトで貫かれている。
シートそのものも座り心地がよく、そこに身体を落ち着けてダッシュボードを前にすると、「落ち着く空間だ」と改めて感じられた。
素材感を感じるシート。後席は大人も余裕で座っていられる広さを持つ(筆者撮影)
駆動方式は前輪駆動のみで、価格は423万5000円から。内装やボディカラーなどの仕立てに応じて、いくつかのモデルがラインナップされている。「エディションR」という特別な内外装を持ったモデルも限定発売される。
小さな子どものいるファミリーカーとして使うのも、「2+2」として使うのも、新たな選択肢として「おおいにアリ」なクルマだと思う。
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)