トレーラーで工場に搬入された大阪メトロ中央線の新型車両「400系」。先頭車を天井クレーンで吊り上げる(撮影:伊原薫)

2025年開催の大阪・関西万博に向け、さまざまな準備が進んでいる。会場へのメインアクセス手段を担う大阪市高速電気軌道(Osaka Metro、以下「大阪メトロ」)の中央線もその1つだ。2024年度末の夢洲延伸開業を目指しており、トンネル工事はすでに完了。現在は駅舎の建設などが最盛期を迎えている。

そして同時に、新型車両の製造も進む。大阪メトロでは万博を機に中央線用車両の全面置き換えを行うこととしており、2023年6月には「400系」が営業運転を開始した。400系は延伸開業までに23編成が導入される予定で、平均すると月1編成以上というハイペースだ。

大阪メトロ400系の搬入作業

2023年12月中旬、400系第10編成の緑木車両工場への搬入作業を取材した。搬入は3日間に分けて2両ずつ行われ、初日であるこの日は6両編成のうち長田方の1号車と2号車が、トレーラーに載った状態で建屋内に置かれていた。

翌日はコスモスクエア方の5号車と6号車、最終日は真ん中の3号車と4号車という順番だ。1号車から6号車まで順に搬入するのだと思っていたが、この順番となっている理由は後ほど明らかになる。


工場の天井クレーンで吊り上げられた先頭車(撮影:伊原薫)

午前7時30分ごろ、車体の吊り上げ作業が始まった。工場に設置されている天井クレーンを使い、仮置き台の上にいったん移動。中心ピンなどを取り付けてから再び吊り上げ、台車とドッキングさせる。


まるで宇宙船が空を飛んでいるような光景だ(撮影:伊原薫)

同社車両部車両管理事務所係長の山内弘樹さんによると、以前は自走式のラフタークレーンを用いて屋外で行っていたが、コスト削減などのため現在の手順に変更したという。宇宙船をイメージしたデザインの車両が空を飛ぶ姿は、まさに近未来感にあふれていた。

作業は1両ずつ行われ、1時間弱で2両が線路上に載せられた。その後、手押しで2両を連結し、入れ換え用の機械で別の建屋へと移動。車両の重量バランスを測定・調整する「輪重測定」などが行われ、この日の作業は終了となる。

「翌日以降も同じ流れで車両が搬入され、6両が揃ったところで編成を組成するのですが、この建屋の線路は4両分の長さしかありません。そのため、1日目に搬入した車両はいったん別の留置線に逃がす必要があり、その関係で車両の搬入順序が変則的となっています」(山内さん)

独特な「顔」の狙い

調整中の車両を改めて観察する。400系最大の特徴である独特の前面は、「普段中央線をご利用いただいているお客様だけでなく、観光で訪れた全国の皆様、さらには万博で大阪を訪れる海外の方々にもインパクトを感じていただけるデザインとしました」と、同社車両部車両設計課係長の西野英樹さんは語る。


大阪メトロ400系の前面。長田方の先頭車(撮影:伊原薫)

400系は大阪市交通局から民営化された大阪メトロが初めて開発した車両であり、そのデザインは当時チーフデザインオフィサー(CDO)を務めていた奥山清行氏が手掛けた。

「大阪市交通局時代の車両開発は、安全性やお客様の快適性、メンテナンス性を重視しており、デザイン性はどちらかといえば後回しでした。400系はデザイナーが入ったことで、設計の流れが大きく変わりました」(西野さん)


大阪メトロ400系の側面。座席の背もたれが大きくなった分、窓が小さくなっている(撮影:伊原薫)

その変化は随所に表れているという。たとえば、前面のヘッドライトやテールライト。400系ではデザイン性が重視され、交換や光軸調整は車内側から行う形となった。メンテナンス時にはその手前にある機器を取り外す必要があるため、これまでなら採用されなかったであろう構造だが、デザインとメンテナンスの両面から、ぎりぎりのラインを探ったそうだ。

同じ400系でも違いがある

車内をのぞくと、乗務員室と客室を仕切る扉が、既に運用を開始している編成とは違うことに気付いた。「当初の車両はガラス部分が上半分のみでしたが、第8編成以降は足元近くまで拡大されています」(西野さん)。

実はこの扉、デザインの検討段階では全体がガラスだったものの、構造的な問題などからガラス部分を上半分のみに変更。だが、完成した車両を見たデザイナーから「多くの方が前面展望を楽しめるよう、やはりガラスをもっと大きくしてほしい」という意見が出たため、再度変更したという。

既存編成の扉も順次交換するそうだが、これも交通局時代にはありえなかっただろう。

400系の車内設備で特徴的なのが、4号車に設けられたクロスシートだ。地下鉄車両での採用は極めて珍しいが、「万博会場へ向かうというワクワク感を演出したかった」とのこと。中央線は地上区間も多く、都会の景色はもちろん直通運転を行う近鉄の区間では緑が豊かな景色も楽しめることから、クロスシートはうってつけと言える。

「地下鉄は短距離利用のお客様が多く、2人掛けの座席だと窓側の乗り降りがしにくいことから、1人掛けの座席としました。また、座席の向きを変えられる転換クロスシートの採用も検討しましたが、そうすると扉間に設置できる座席数が3席から2席に減ってしまうため固定式としています」(西野さん)

それでも、ロングシート車両と比べると座席数は3割ほど減少。「座れない」といった意見も寄せられている一方、通路幅が広くなったことで立ち客を含めた定員数は逆に1名増えており、ラッシュ時には混雑緩和に貢献しているとも言える。

スマホに充電できる地下鉄車両

もう1つ、先頭車の一角に用意されたスマートフォンなどの充電用コンセントも、大阪メトロで初めての設備だ。

コンセントの形状はUSB-タイプAとなっているが、これは外国人観光客の利用を想定していること(電源コンセントの形状は国によって違うため、変換アダプタを持ち歩いていなければ使えない場合がある)、設計段階では鉄道車両に搭載できるUSB-タイプCのコンセントがなかったこと、などに起因しているそうだ。


入れ換え用の機械で移動。400系は中央線延伸開業までに計23編成が導入予定(撮影:伊原薫)

延伸開業に間に合わせるべく、急ピッチで製造される400系。「我々も万全の受け入れ体制を整え、完璧な状態で車両を送り出していく」と西野さんは話す。近未来感たっぷりの新型車両がすべて出揃うまで、現場では搬入作業が慎重に続けられる。


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(伊原 薫 : 鉄道ライター)