2022年3月にSMBC日興証券の幹部らが逮捕され同年4月までに起訴された相場操縦事件。事件の裁判は今も続いている(写真:ブルームバーグ)

年末が差し迫った昨年12月27日。東京地方裁判所104号法廷は異様な雰囲気に包まれていた。被告人同士の共謀を裏付ける証言の重要な部分について、検察官と証人が押し問答を繰り広げたからだ。

検察官「調書によれば、トレボー被告が山田被告に『よくやった』と声をかけたと証言していますよね」

証人「記憶にありません」

検察官「録音・録画されていた取り調べでもあなた自身が同様の話をしていますよ」

証人「記憶にありません」

検察官「自身の裁判でもこの法廷でそう話したのではありませんか」

証人「記憶にありません」

法廷で争われているのは、SMBC日興証券で起きた相場操縦事件だ。小糸製作所など上場企業の株式10銘柄を対象に、2019年12月から2021年4月までの間に違法な株価操縦を行ったとして、法人としてのSMBC日興と元副社長ら幹部6人が起訴された。

証言を翻した有罪確定の元副本部長

このうちSMBC日興と元副本部長1人は法令違反を認め、2023年2月に有罪判決が確定した。だが、残り5人は起訴内容を否認。2023年5月の初公判以降、いまも裁判が続いている。

「記憶にありません」を連発していたのは、この元副本部長だ。この日は検察側の証人として証言台に立っていた。自身の裁判では起訴内容を争わず、おおむね検察側の主張に沿う証言を行っていた。

事件の舞台となったのは「ブロックオファー」取引という、証券取引所の外で行われる株式の売買だった。

同取引では政策保有株や創業者の保有株など大口投資家の株式を証券会社がいったん買い取り、個人投資家に売却する。大口投資家は株価へのインパクトを抑えたまま株式を売却でき、個人投資家は市場価格より安く株が買える。証券会社も買い取り価格と売却価格の差額で収益を得られる。

問題は一部の個人投資家が対象銘柄をカラ売りし、取引当日の株価急落が頻発したことだ。株価急落を食い止めようと、SMBC日興は自社の資金で対象銘柄を買い付けたが、その行為が違法となる「安定操作」とされた。
(詳細は2023年2月14日配信『SMBC日興「有罪」でも相場操縦事件は終わらない』に)

検察側の主張や調書によれば、元副本部長も従来、ブロックオファーの対象となった株をSMBC日興の資金で買い付けた理由は、「株価の下落を止めるため」だと証言していた。

ところが「現在の記憶」として、「売買で利益を得るためだと理解した」「従来から説明は変えていない」と証言を翻した。検察官が何度問いただしても答えは変わらなかった。

2022年の裁判時点で起訴内容を争わなかった理由に関しては、裁判が始まる前の公判前整理手続きの時点から「辟易していた。裁判を早く終えて、働きたかった」と答えた。起訴された2022年3月末以降、会社との契約が更新されておらず、事実上の解雇状態だった。

捜査途中に証言を変えたケースも明らかに

「証人は涙を出さないように」――。

検察官の冷静な指示が法廷に響き渡った。2023年9月の証人尋問中のことだ。証言に立っていたのはSMBC日興の現役社員。事件についての調査中に亡くなった同僚とのやりとりについて検察官から問われ、思わず声を詰まらせた。

この社員は事件当時、SMBC日興が自己資金で株式を売買して収益を上げるための組織、エクイティ部のエクイティ・トレーディング課で勤務していた。

ブロックオファーには社内の幅広い部署が関連していた。まずは法人営業部門。実際に取引が行われた日から逆算して約3カ月から2カ月前までに、株式を売りたがっているという顧客の意向が同部門を経由して入ってくる。

ブロックオファーを所管していたエクイティ・プロダクト・ソリューション部(EPS部、現在は改組)は、エクイティ部とも相談しながらSMBC日興の取り分となるディスカウント率などの計算を行い、売り手との契約書の作成なども担っていた。

ブロックオファー実施の当日も法人営業部門とEPS部は緊密に連携、株価や顧客の状況などを都度報告し合いながらブロックオファーの手続きを進めていた。


証言に立った現役社員は、証券取引等監視委員会による調査が始まった当初、上司でのちに起訴された山田誠・部長から受けていた買い付けの“指示”について、証言していなかった。部長をかばうためだったという。

だが、調査の途中で同僚が亡くなり、捜査当局から山田部長は「指示はしてない」と供述していると聞かされた。「自分の身を守らないと」と考え、山田部長の指示で株価の下落を食い止める目的で株を買ったという供述を始めたと明かした。

起訴されなかった従業員を懲戒解雇

2023年10月の公判では、事件に関わったEPS部の副部長が同年2月に懲戒解雇の処分を受けていたことが明らかになった。元副部長は解雇を不服として民事裁判を起こしている。

元副部長は検察側から共謀関係を指摘されたものの、起訴や逮捕はされておらず、刑事事件としての責任は認定されていない。にもかかわらず、会社側からは起訴された元副社長らと同等の最も重い処分を受けた。

ブロックオファーという会社が組織として行っていた事業について、従業員個人の責任を追及するという歪んだ構図になっている。

東洋経済が裁判資料を閲覧すると、SMBC日興は解雇の理由を次のように記していた。

「違法な安定操作取引に主体的・積極的に関与し、繰り返し行っていること、その行為がきわめて悪質であること、原告(元副部長)らの行為により被告(SMBC日興)が看過しえない多大な損害・損失を被るなど重大な結果が生じた」

法廷での元副部長の証言によると、相場操縦と疑われている取引について当初から違和感があり、上司にも違法性はないのか確認していた。しかし、上司からは「問題ない」と言われ、それを信じて仕事をしていたところ、懲戒解雇されてしまったのだという。

元副部長も捜査段階の調書とは違う証言をしている。ブロックオファーについての会議に誰が出席したか検察官に問われ、捜査段階では個人の名前を証言していたが、法廷では「そもそも誰が出席していたのか覚えていない」と答えた。

その理由については「(調書は)検事さんが用意したものにサインする。自分が直してほしいと言ったところが直してもらえない。細かいところまで訂正してもらえる状況ではなかった」と説明した。

刑事責任に問われなかった元副部長を解雇したのはなぜなのか。東洋経済はSMBC日興にあらためて問い合わせたが「個人に関わる個別のご質問については回答を差し控える」との回答があっただけだった。

事業への長期的な影響は抑制したが

会社としてのSMBC日興は、法廷で近藤雄一郎社長が一連の事件を認めて謝罪、先述したように2023年2月に有罪判決が確定した。罰金7億円と追徴金44億7000万円が課された。

また、金融庁からは一部業務の停止などの行政処分を受けたほか、東京証券取引所と日本証券業協会からはそれぞれ過怠金3億円の処分を受けている。

SMBC日興は相場操縦事案の関連で約57億円の特別損失を2023年3月期に計上。純営業収益への影響額も300億円以上に及んだことで、一気に398億円の最終赤字に転落した。

複数の関係者によれば、会社側と有罪判決を受けた元副本部長は、起訴されてからしばらくは争う方針だったようだ。だが、いつしか法令違反を認める方針に切り替わり、現在も続いている幹部5人の裁判と分離された。

SMBC日興がもし起訴内容を認めていなければ裁判が長引き、収益上の影響はさらに膨らんでいた可能性がある。ただ、会社側として相場操縦の成否を争わなかったことで、検察側の証拠はそのまま採用され、起訴された6人の被告や元副部長は反論の機会がないまま職を失った。

事態の収束を急いだ判断が本当に正しいものだったのか。年明け以降に始まる弁護側の証人や被告人ら本人への尋問は、事件を受けた会社側の対応にも重い問いを投げかけることになりそうだ。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)