(画像:NHK公式サイト

私はかなりの紅白歌合戦好きである。なんやかんや言いながら、それでも毎年、結構楽しんでいる。

民放の長尺音楽番組と紅白との差異は「一億人を相手にしている緊張感」があるかないかだと思う。そして、緊張感が奏功して、音楽の魔法がかかったような瞬間を見ることが出来る。

そんな音楽の魔法をたぐり寄せた出場者を、各回の「MVP」として、私は勝手に認定している。では今年のMVPは誰になるのか?

このご時世に、紅白を批判する記事は簡単だ。しかしここでは、視聴する方、特に音楽ファンが少しでも楽しめるように、今回に寄せる期待を分かち合いたいと思う(以下、12月29日時点での情報に基づく)。

2023年紅白「特別企画」のラインナップ

まずは構成について見てみる。前回(2022年紅白)はトータル52曲。そして12月22日に発表された今回の曲目は44曲。これに「特別企画」が加わることとなる。

特別企画のラインナップは、紅白の公式サイトでの発表順で、
・クイーン+アダム・ランバート『ドント・ストップ・ミー・ナウ』
・ハマいく(濱家隆一/かまいたちと生田絵梨花)『ビートDEトーヒ』
・寺尾聰 『ルビーの指環』*
・ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ『YELLOW YELLOW HAPPY〜Timing』*
・薬師丸ひろ子『セーラー服と機関銃』*
・ディズニー100周年スペシャルメドレー(プレゼンター:橋本環奈・浜辺美波)
(*印はゲストに黒柳徹子を迎える「テレビが届けた名曲たち」内)

あと、「特別企画」と銘打たれてはいないが、YOSHIKIとNewJeansの出場が昨日発表された。

「ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ」と「ディズニー100周年スペシャルメドレー」をそれぞれ1曲とカウントし、YOSHIKIとNewJeansを加えると8曲なので、ここで計52曲。昨年と同数となる(しかしあと1枠ぐらいは可能と考え、後段では未発表の特別企画を予想する)。

そんな今年の紅白だが、先に不満を述べておくと、Vaundyと藤井風の不出場が残念でならない。なぜなら彼らこそがMVP経験者だからだ。Vaundy『怪獣の花唄』は昨年、藤井風『きらり』『燃えよ』は一昨年のMVP。

若者向けへのシフトが叫ばれているはずにもかかわらず、さまざまな事情もあったのかもしれないが、とにかく残念の一言に尽きる(未発表の特別企画での出場を期待したい)。

という中で、まずは発表済みの歌手×楽曲から、音楽的(+個人的)視点での見どころを挙げてみる。つまりは今回紅白のMVP候補である。

【見どころ1】YOASOBI『アイドル』

ikuraとAyaseという2人組ユニットによる、今年いちばんの話題をさらった曲が「トリ前」という、ある意味最高の曲順で歌われることとなった。

数年前、YOASOBIを初めて聴いたとき、ボーカロイドが歌っているかと思ったものだ。しかし20年紅白の『夜に駆ける』、21年紅白の『群青』の生歌を見て、ikuraこと幾田りらのボーカリストとしての実力にとても驚いた。

加えてそれぞれ、演出も良かった。特に『群青』は、オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)と170名の若者ダンサーの圧倒的なパフォーマンスが素晴らしく、白状すれば、本原稿執筆のために再度見直して、またちょっと泣いてしまった(当方57歳)。

『アイドル』は日本の音楽番組では初披露とのこと。見どころはikuraがあの超難曲をどう生で歌いこなすかに尽きる。

【見どころ2】Ado『唱』

ボーカリストとして日本最高峰の実力を持つ、顔出しをしない「覆面シンガー」。昨年紅白は「Ado」名義ではなく、映画『ONE PIECE FILM RED』の歌姫「ウタ」名義での出場だったので、バーチャル感が高く、正直肩透かしという印象を受けた。

しかし、今年は正真正銘の「Ado」としての出場。彼女はこの12月、複数の音楽番組に出演したのだが、そこでのボーカルはさすがの迫力だった。

ただ、その歌いっぷりと曲調が、とてつもなく濃密なので、聴き慣れないシニア層は、顔出し無しの見てくれを含めて、驚いているうちに終わってしまうかもしれない。

そこで『唱』に加えて、一瞬でもいいのでバラードも歌ってほしい。おすすめは昨年のウタとしての名バラード『世界のつづき』あたり。

【見どころ3】星野源『生命体』

今年夏に開催された、世界陸上・アジア大会のTBS系テーマ曲は、今年いちばん気持ちいい、抜群のグルーヴを持つ曲である。20年紅白の『うちで踊ろう』のときのように、手練れのバンドをバックにしたパフォーマンスを見たい。出来れば生演奏・生中継で。

「生歌・生演奏・生中継」

「生演奏・生中継」と書いたが、私が望む紅白は「3生紅白」である。つまり「生歌・生演奏・生中継」。

昨年紅白において、下記2曲は確実に「3生」だった(筆者の目視による。ただし冒頭のみ)。
・あいみょん『ハート〜君はロックを聴かない』
・藤井風『死ぬのがいいわ』

また下記2曲の冒頭(『メロディー』、加山雄三『夜空の星』のカバー)は収録映像(画面に「LIVE」と入っていない)だったので「生歌・生演奏」の「2生」だったことになる。
・安全地帯『I Love Youからはじめよう』
・桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎『時代遅れのRock'n'Roll Band』

そんな「3生」の極みが一昨年、2021年紅白の藤井風で、よってMVPと認定したのだ。あのときの流れを振り返ると、
1. まず岡山県の自宅から『きらり』を歌う。
2. その後カメラは突然に会場の東京国際フォーラムへ。右上に「LIVE」の文字が現れる。藤井風がゆっくりと楽屋からステージへ。
3. 突然のサプライズに、会場だけでなく、司会や審査員も驚く中、グランドピアノの前に座って『燃えよ』を弾き語る。
4. ピアノ1本という、逃げ場のない生演奏。しかし鍵盤をまったく見ずに、時にはカメラ目線も混ぜながら、さらに強くリズミカルな演奏を続け、最後まで堂々と歌い上げる。

私たちは「編集済み映像インフレ時代」に生きている。対して「生演奏・生歌・生中継」の「3生」に、このときの藤井風のような「生サプライズ」を加えた「4生」は、最大の差別化、最強の魔法になる。

音楽好きは「4生」をぜひまた見たいのだ。魔法に驚く準備は出来ている。

「特別企画」の物足りない感じ

ここからは、今回の「特別企画」の話に移る。僭越ながら言わせていただければ、全体的にちょっと物足りない感じがする。

また、黒柳徹子を担ぎ出す「テレビが届けた名曲たち」における、寺尾聰、薬師丸ひろ子、ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツというラインナップからは、全体像、ひいてはコンセプトが見えにくい(TBS『ザ・ベストテン』を再現するという報道もあったが)。

個人的な注目はクイーン+アダム・ランバートだ。曲は『ドント・ストップ・ミー・ナウ』なので、ブライアン・メイによるあのドラマティックなギターソロを生演奏で見たい(同曲は、とにかく明るい安村のネタのBGMなのだが、ギターソロだけは、あまり茶化さない形で見たい)。

最後に、未発表の「特別企画」がまだ残り1〜2枠あるとして、内容を予想しておきたい。当日まで発表がなくとも、2009年の矢沢永吉みたいにサプライズがあるかもしれないので要注意だ。実現すれば当然MVPの有力候補となる(繰り返すが、本稿は12月29日時点の情報によるもので、同時点で以下は未発表企画である)。

「特別企画」の内容を予想

【未発表企画予想1】朝ドラ『ブギウギ』コーナー

既定路線のように報道されている『ブギウギ』コーナーだが、公式からの発表はなく、また一部マスコミで、趣里の出場がないと報じられたが、簡単にはあきらめられない。ちょうど10年前、13年紅白での、あの抱腹絶倒&感動的な『あまちゃん』コーナーの再来を期待したい。

見ものは何といっても趣里の生歌だ。『ブギウギ』で見せた圧巻の『ラッパと娘』『大空の弟』を「3生」で見たい。伊藤蘭との母娘共演よりも、『ブギウギ』勢=伊原六花、翼和希との共演を期待する。

【未発表企画予想2】松任谷由実と桑田佳祐『Kissin' Christmas』

松任谷由実と桑田佳祐という18年紅白の劇的なトリのコンビ(=この10年間の紅白におけるMVP)による『Kissin' Christmas』が、11月27日から配信された。まるで紅白向けとでも考えられるようなタイミングだ。

もちろんクリスマスは終わっているのだが『Kissin' New Year's Eve』と替え歌することは可能だろう。その際は、歌詞「♪クリスマスだから言うわけじゃないけど」を「♪大みそかだから」と替えればいい。字数はぴったり。

その上、ユーミンには『A HAPPY NEW YEAR』という極上の年越しソングがある。『Kissin' New Year's Eve』とのメドレーが聴きたい。

【未発表企画予想3】中森明菜『北ウイング-CLASSIC-』

今年ついに中森明菜が『北ウイング』のリメイク新曲を発表した。『林哲司50周年記念トリビュートアルバム サウダージ』(11月8日発売)に収録されている。そして12月24日には公式YouTubeチャンネルを開設し、同曲の映像がアップされた。

実は、元日=2024年1月1日は、『北ウイング』の発売からちょうど40年となる日なのだ。特別企画として絶好のタイミングではないか(なお、同曲の音楽的魅力は拙著『中森明菜の音楽1982-1991』-辰巳出版-にたっぷりと書いたので参照されたい)。

と、後半は妄想が広がってしまったが、とにかく今年は、いや今年も、音楽の魔法がかかった紅白になることを心から望みたい。さぁ。今年のMVPは誰だ?


この連載の一覧はこちら

(スージー鈴木 : 評論家)