ホンダF1・元マネージングディレクター
山本雅史インタビュー(後編)

◆山本雅史・前編>>フェルスタッペンは「バケモノ」...「大物」と「努力賞」は?

 ホンダF1のマネージングディレクターとして第一線で活躍し、数々の修羅場を経験してきた山本雅史氏。F1ドライバーとなって3年目を迎えた角田祐樹の走りを、どのような心境で見守っていたのか。

 そして、角田に続く日本人F1ドライバーは誰か。ホンダから離れてF1の世界を俯瞰して見ている山本氏に「日本人とF1の未来」について語ってもらった。

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角田裕毅もF1ドライバーとなって3年 photo by Sakurai Atsuo

── アルファタウリの角田裕毅は、入賞6回、合計17点を獲得してランキング14位となりました。

「3年目の角田くんはよくがんばったと思います。特に最終戦アブダビGPはチームの戦略どおりに力を出しきったし、ミスもなかった。チームプレーをやりきったレースだったと思います。

 レース後にフランツ(・トスト/アルファタウリ代表)とメールでやりとりをしたんですけど、『2ストップ作戦なら、6位は無理だったかもしれないけど、7位は絶対に取れていた』と言っていて、メディアに向けても話していましたけど、ずっとストラテジスト(戦略家)を尊重してきたけど、最後に爆発していましたよね(苦笑)。

 ランキング7位を狙うという意味では、1ストップ作戦は間違っていなかったと思う。角田くん本人も『やりきった』と言って、すごく充実した顔をしていましたからね」

── どのようなところにドライバーとしての成長を感じましたか?

「もともとF2の時から一発は速いし、集中力もあるドライバーだから、そこは心配していなかった。だけど、シーズン序盤のマシンが全然走らない状況でも入賞圏まで持っていって、忍耐強く戦っていた姿には成長がうかがえました。

 F1マシンを手足のように操れるようになってきたというか、乗せられている感がなくなって、乗りこなしているという感じ。ドライバーとマシンがひとつになりつつあるなと感じました」

── 逆に課題だと見えた点は?

「フィジカルだけでなく、メンタル的にも、まだ自分に見えていない部分も多いかなと思います。たとえば、ラスベガスGP(第19戦)の予選で怒って、ヘッドレストを投げ捨てていたシーン。

 たしかにチームが送り出したタイミングも悪かっただろうけど、角田くんもトラフィック(集団走行)のなかでうまく処理できなかったわけで。チームのミスをリカバーできなければ全体責任なわけですから、そこで腹を立てている場合ではないんです」

── メンタル面のコントロールは本人もかなり意識していましたが、同時にまだ課題でもあることは認識していました。

「序盤戦は『チームリーダーにならなきゃ』という意識も強くて、落ち着いたレースができていたように見えていた。だけど、(リアム・)ローソンと組んだあたりから落ち着きがなくなって、ミスも増えてきた。

 変な言い方かもしれないけど、チームを運営しているのはロボットではなくて人間なので、『こいつと一緒にレースをしてよかったな』と、チームの人間を喜ばせるようなドライバーじゃなきゃいけないんです。

 そういう点でいえば、3年目の角田くんは総じていえば成長しているけど、まだ子どもっぽい部分がある。そこは彼の人間的な魅力でもあるんだけど、真のプロフェッショナルなレーシングドライバーとしては、さらに成長しなければいけない部分なのかなと感じました。

 F1ってチームスポーツであり、総合力で戦うものから、チームのみんなに『角田を表彰台に立たせたい!』って思わせなきゃいけない。マックスにしても、ルクレールにしても、アロンソにしても、そこは明らかに違うんですよね。角田くんもアルファタウリというチームをそうしなきゃいけないと思います」

── FIA F2に参戦した岩佐歩夢はランキング4位となり、F1参戦に必要なスーパーライセンス取得要件を満たしました。

「F1に一番近くて可能性を持っているのは、岩佐歩夢ですよね。ただ、まだギリギリで合格ラインを通過したという感じで、2年目のF2に挑むなら、本当ならチャンピオンを獲るしかないんです。角田くんの場合はF3もF2も1年で卒業したので、そういう意味では今回、F1に昇格できなかったのも仕方がないと思います。

 岩佐くんは、よくも悪くも賢すぎる。その賢さに惚れ惚れするところもあるけど、一方ではそれゆえに『試しにやってみようか』といったような、フレキシブルさに欠ける部分もある。その賢さがF1で生きればいいんですけどね......」

── 育成プログラムとしてのドライバー育成の難しさもありますよね。

「ジュニアドライバーをたくさん見てきて思うのは、みんな十人十色で、いろいろ得手不得手があるけど、いいところは放っておいても大丈夫で、足りないところをどう補ってあげるかがポイントだと思うんです。それによって、いかにいいドライバーを育成するかだと思いますし、そういうところをマネジメントサイドがうまくやってあげてほしいなと思います」

── その一方で、WEC王者の平川亮選手がマクラーレンのリザーブドライバーに就任したり、ダブルチャンピオン(スーパーフォーミュラ&スーパーGT)の宮田莉朋選手がFIA F2に参戦することになったりと、トヨタのドライバー育成の世界に向けた動きが活発になってきています。

「(豊田)章男さんが『モリゾウさん』としてがんばっているから、トヨタのみんなが一丸となってやっていますよね。平川亮もF1に乗ったことで彼のドライバーとしての能力は上がるし、宮田莉朋もF2でチャンピオンを獲ればF1が見えてきます。

 日本から世界のフィールドに行けるというのもすごくいいし、カートをやっている10代の子たちや将来レーシングドライバーを目指している子どもたちにとっては、ホンダだけでなくトヨタもしっかりと選択肢になってきている。

 それを創りあげていくモリゾウさんもすごいですよね。日本のモータースポーツ全体の底上げになっている。すごく夢があって、いいことだと思います」

── 2024年のF1は、どのようなシーズンになると予想していますか?

「2024年は『ドライバーの移籍がひとつもない』という珍しいシーズンですので、今年の後半戦の流れがそのまま反映されるのかなと思っています。

 マックスは勝利にかける意識がハンパではないので、今年と同様の力を発揮するのは間違いないと思います。だけど、後半戦に面白いレースがいくつも見られたように、あそこからライバルたちもさらにレベルアップして、ルクレールやハミルトンなどほかのドライバーたちも接戦になる可能性が高いと思っています。だから来年は、すごく面白くなると思うので楽しみです」

── それ以外の注目は?

「マクラーレンの急成長は(テクニカルディレクターの)ジェームズ・キーが離れて技術体制が変わったというのもあるでしょうけど、(2024年1月から加入予定の)ロブ・マーシャルの影響が大きいと思います。レッドブルのファクトリーを仕切っていて、エイドリアン(・ニューウェイ/チーフテクニカルオフィサー)が言ったものを作る立場だった人ですから。

 アストンマーティンがシーズン序盤戦によかったのも、ダン・ファロウズがレッドブルから加入したことが大きかった、やっぱり『人』なんですよね。クリスチャン(・ホーナー/レッドブル代表)にもよく『やっぱり人だから』ってよく言われましたから。

 そういう意味で、2024年は人材の移籍も進んで、トップ5チームが序盤から面白いレースをしてくれるんじゃないかなという期待感があります」

── そして、4シーズン目を迎える角田裕毅への期待は?

「4年目の2024年は、言い訳はできない。アルファタウリを卒業してほかのチームに行けるくらいの評価をされるドライバーにならないといけないわけですからね。来年は『レッドブルドライバー』ではなくて、『F1ドライバー』になってほしいですね。

 僕はF3から見てきて何度も『君が代』を聞かせてもらったし、日本人ドライバーで最初にF1で『君が代』を聞かせてくれるのは彼じゃないかと、今でも思っています。だからこそ来年は、本当にプロフェッショナルなF1ドライバーとして成長した姿を見せてほしいと思っています」

<了>


【profile】
山本雅史(やまもと・まさし)
1964年3月15日生まれ、奈良県出身。高校卒業後の1982年、本田技術研究所に入社。2016年、マネージメントの手腕を買われてホンダ本社のモータースポーツ部長に就任。2019年にF1担当マネージングディレクターとなり、2020年のアルファタウリ優勝や2021年のレッドブル・ドライバーズタイトル獲得に貢献。2022年1月にホンダを退職し、現在はMASAコンサルティング・コミュニケーションズ代表を務める。