元ホンダF1山本雅史の2023総括 フェルスタッペンは「バケモノ」 では「大物」と「努力賞」は?
ホンダF1・元マネージングディレクター
山本雅史インタビュー(前編)
マックス・フェルスタッペンが19勝を挙げて3年連続のドライバーズタイトルを獲得すると同時に、レッドブルも22戦21勝という前人未踏の勝率でコンストラクターズタイトルを掴み獲った2023年シーズン。
2021年までホンダF1のマネージングディレクターとして彼らとともに戦った山本雅史氏に振り返ってもらった。F1の現場で戦い、F1で勝つための組織を目の当たりにしてきた山本氏の目には、2023年シーズンはどのように映っていたのか。
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ホンダF1をトップに導いた山本雅史氏 photo by Sakurai Atsuo
── 2023年はどのようなシーズンだったでしょうか?
「ひと言で言えば、レッドブルの圧勝。レギュレーションが変わって2年目で、マシンの熟成が進んだということもありますが、それ以上にやはりマックス・フェルスタッペンの1年だったかなと思います。
マシンはまだ優位性があるとはいえ、10チームのなかでズバ抜けていいわけではなかったと思います。それはチェコ(セルジオ・ペレス)を見ていてもわかります。そのクルマで22戦19勝、ポールポジション12回という結果を挙げたのは、マックスの力に尽きるんじゃないかなと思います」
── 4戦目まではフェルスタッペンとペレスのレースは拮抗していましたが、その後はフェルスタッペンの独擅場でした。
「シーズン序盤はチェコも2勝しましたが、開幕当初はマックスがいまひとつRB19に乗りきれていなかった。でも、アゼルバイジャンGP(第4戦)で勝てないとわかってから、レース中にさまざまなセッティングをステアリング上でトライしてマシンを習熟していたという、あのコメントが非常に印象的でしたね。
序盤にそれをやったことがシーズンを通しての好結果につながったわけですよね。そうやって3度目のタイトルを獲得しましたが、シーズン途中からは王者の余裕が見え隠れしていて、本当にバケモノだなと思いました。とても25歳とは思えません(笑)」
── 今のフェルスタッペンの強さはどこにあると思われますか?
「とにかくミスが少なく、全戦ポイントを獲っていて、あの苦戦したシンガポールGP(第16戦)でも結果的に5位に入っていて、シンガポールGPを除けばすべて表彰台。自分自身とマシンの能力を最大限に引き出しているし、レース全体像を俯瞰して観ることもできていますよね。
とにかくリタイアしないし、バトルでも当たらない。予知する能力とか、そういうセンサーがすごいんですよね。だからマシンにしろ、PU(パワーユニット)にしろ、『何かおかしいからチェックしてよ』と言ってくる。
なので、マックスのクルマにはトラブルが起きないですよね。フリー走行ではあってもレースを失うようなトラブルはない。そういうところも人並み外れていると思います」
── レッドブルのチームとしての強さは?
「レッドブルには優秀な戦略チームがありますが、なかでもハンナ・シュミッツ(主席戦略エンジニア)はやはりすごいです。チームのミーティングで戦略会議をしていても、クリスチャン(・ホーナー/レッドブル代表)に『それ、本当にいけるのか?』と言われても、冷静に『大丈夫です』って返すんですよね。
普通はクリスチャンに言われるとドキッとして不安になってしまうものだと思うけど、ハンナは『いや、大丈夫です。これがベストです』って言いきっちゃう。あのミーティングの空気のなかで言いきれるっていうのはすごいことですよ。
ほかにそれができてクリスチャンもすぐに納得するのは、ジョナサン(・ウィートリー/スポーティングディレクター)くらいじゃないですかね。彼はレギュレーションのことを相当勉強していて熟知しているから。その信頼関係がチームの強さなんだと思います。
マックス自身もレースに対してものすごく考えているから、ハンナの言うことをスッと理解できる。考えていないドライバーとミーティングをすると、すごく時間がかかりますからね(笑)。レースエンジニアのGP(ジャンピエロ・ランビアーゼ)との関係値しかり、チームとドライバーのパッケージとしてはほかを寄せつけない総合力があると思いましたね。それが確信に変わったのが今年でした」
── 2022年に4勝を挙げたフェラーリは、予選では健闘するものの、結局シンガポールGPの1勝のみにとどまりました。
「フェラーリはいい意味で予測を裏切らなかった(苦笑)。クルマのルックスは格好よくて僕も好きだし、予選は本当に速かったけど、決勝にもっと重きを置いてタイヤに優しいクルマを作れば、(シャルル・)ルクレールはマックスといい勝負ができたんじゃないかなと感じる場面は何度もありましたよね。
ラスベガスGP(第22戦)でマックスがルクレールを抜いたと思ったら、レイトブレーキでルクレールがもう一度前に来るみたいなシーンがありましたけど、あれでこそトップドライバーなんですよね。最終ラップのチェコを抜いた飛び込みしかり、マックスがいなければルクレールがワールドチャンピオンになっていてもおかしくないなと確信しました」
── メルセデスAMGは2年続けて「ゼロポッド」と呼ばれるマシンコンセプトで失敗しました。
「メルセデスAMGは今年もマシン開発でつなずいてしまいましたけど、個人的にはゼロポッドを熟成しきってほしかったなと思いました。あのポテンシャルがどこまであるのか、それを出しきって勝ちきるメルセデスAMGらしい姿が見たかった。
でもドライバーからの不平不満もあって、さすがにもう変えざるを得なくなってしまったんだと思います、だけど、後半戦はオースティン(第19戦アメリカGP)やメキシコ(第20戦)など、ルイス(・ハミルトン)が優勝できるかもしれないと思わせてくれたレースもいくつかあったし、そこはさすが7冠王者だなと思いました。
その一方で、少し安定感がなかったところもあった。毎戦スイッチが入ってくれるとよかったかなと思いましたね」
── 驚きだったのは、前半はアストンマーティン、後半はマクラーレンが大躍進したことでした。
「シーズン序盤に連続表彰台を獲得したベテラン、フェルナンド・アロンソがすごくシーズンを盛り上げてくれたのは印象的でしたね。一方のマクラーレンは序盤、『どうなっちゃっているの?』という状況でしたけど、そこからのV字回復もすごかった。
なにより、ルーキーの(オスカー・)ピアストリがすごかった。レースではタイヤマネジメントも含めて、さすがにまだランド・ノリスに一日の長があるけど、予選ではノリスにタメを張る走りをしていましたからね。久々にすごい大物が来たなと感じました。
初めての鈴鹿(第17戦日本GP)でもノリスに勝ったし、カタール(第18戦)ではスプリントとはいえ、マックスがいるところでポールポジションを獲って勝ちましたからね。間違いなく彼らはシーズンを盛り上げた大きな要素だったと思います」
── それ以外に気になったチームやドライバーはいましたか?
「ウイリアムズも面白かったかなと思います。アレクサンダー・アルボンがマシンの特性を生かして、マシンの不利な部分を"直線番長"でカバーしてレースを戦う姿が印象的でした。アレックスには努力賞・功労賞をあげたいですね。
ストレートはクルマにがんばらせて、コーナーは俺ががんばる。オーストラリア(第3戦)ではぶつかってしまったけど、それ以外のストレート重視のレースではしっかりポイントを獲りましたからね。チーム力としてはそんなに高くないなかで、ドライバーが最大限の力を出しきっているなと思えたのはアレックスでしたね」
(後編につづく)
◆山本雅史・後編>>2023年の角田裕毅を元ホンダF1トップはどう見たか?
【profile】
山本雅史(やまもと・まさし)
1964年3月15日生まれ、奈良県出身。高校卒業後の1982年、本田技術研究所に入社。2016年、マネージメントの手腕を買われてホンダ本社のモータースポーツ部長に就任。2019年にF1担当マネージングディレクターとなり、2020年のアルファタウリ優勝や2021年のレッドブル・ドライバーズタイトル獲得に貢献。2022年1月にホンダを退職し、現在はMASAコンサルティング・コミュニケーションズ代表を務める。