ヴァンフォーレ甲府のACL収支報告 「奇跡」の黒字となったか「国立のチケット販売は想定の4倍」「グッズも予想以上の売り上げ」で...
9月から始まったACLでJ2から初出場したヴァンフォーレ甲府。スポルティーバでは費用のかかる海外アウェー遠征や国立ホーム開催など、初体験の苦闘を伝えた。結果は国立にはJリーグの他チームサポーターが集まるような盛り上がりを見せ、グループ首位通過で決勝トーナメント進出。奇跡が続いているクラブを取材した。
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想像もしていなかったことが、また起きた。
今度は、初めてのACLで決勝トーナメント進出の快挙である。去年10月に天皇杯初優勝を成し遂げた時は、その幸せと引き換えにJ3降格も覚悟していたが、まさか2年連続で奇跡が起こるとは、さすがに想像できなかった。
ヴァンフォーレ甲府がACL決勝トーナメント進出。国立競技場開催のホームゲームではJリーグ他チームのサポーターも訪れた photo by Getty Images
「もちろん、うれしいんですよ。うれしいんですけど、何でしょう、この感覚は......。なぜこういうふうになったんだろうって。いまはまだ、不思議な感じがしています」
ブリーラムでの最終節から一週間後、クラブの競技運営部副部長の植松史敏さんは、そのように心境を語ってくれた。それを聞いて、おそらくヴァンフォーレ甲府を支える多くの人も、似たような感覚で毎日を過ごしているのではないかと、想像した。
なぜ奇跡は起こったのだろう? 単純にヴァンフォーレ甲府が強かったからなのか?
もちろん、メルボルン、浙江、ブリーラムをおさえてグループ首位通過を果たしたのだから、強かったと言えるのかもしれない。
しかし、今回のACLグループステージを取材していてわかったのは、選手、監督、クラブスタッフと、誰ひとりとして自分たちの力だけで成し遂げた快挙だと思っている人は、知る限り誰もいないということだった。それだけは、一貫していた。
グループ最終節。敵地でブリーラムを3−2で下し、チームを決勝トーナメント進出に導いた篠田善之監督は、開口一番、記者会見の壇上でこう言った。
「(ブリーラムまで来てくれた)サポーターのみなさん、日本で待ってくれているサポーターの方、ヴァンフォーレ甲府に関わるすべての人に『グループリーグ突破、おめでとう!』と言いたいです。また、国立競技場にあれだけ多くのサポーターが、それこそヴァンフォーレ甲府のサポーターじゃない方も駆けつけてくれたことは、本当に励みになりました」
勝った喜びではなく、まずはサポートしてくれた人たちへの感謝の気持ち。前身の甲府クラブでプレーした経験もある地元出身の指揮官の言葉は、自然と心の底から湧いて出たように聞こえた。
【いろいろなサポーターがいるのを見て、素直に感動しました。】隣でそれを聞いていた長谷川元希も、遠路はるばるブリーラムまでやって来て、ものすごい熱量で応援してくれた甲府サポーターを見た時、試合前から感極まったそうだ。
「この6試合を通して、サポーターの力が僕たちにとって最大の力になりました。僕たちも暑いなかで戦っていましたが、それ以上に、サポーターが最後まで声を切らさず......。本当にありがたかったですし、一緒にグループを突破できたことがうれしいです」
第5節のメルボルン戦で劇的な同点弾をヘッドで決めた宮崎純真は、ホーム戦の舞台となった国立競技場の雰囲気に、心を動かされていた。
「最初の国立での試合で、スタンドに挨拶をしに行った時、そこにいろいろなサポーターがいるのを見て、本当に、マジで、素直に感動しました。今後、こんなことはもうないのかもしれないですけど、すごくありがたかったし、本当にいい経験をさせてもらいました」
今回のACLでは、甲府サポーターはもちろん、他クラブのサポーターやサッカーファンが多く駆けつけて、チームを後押ししてくれた。それは、世界でも例を見ないような珍しい光景であり、個人的には、それこそが最大の奇跡だったと感じている。
あの奇跡的景色を目にした時、その雰囲気をつくった甲府サポーターにもクラブのDNAが宿っていることを確信できた。試合に勝ったことより、それがいちばん心に残った。
黒子として粉骨砕身で働いた植松さんも、同じことを感じていたようだ。
「あの場に来てくれた方って、本当に素敵な人だなって。みんな自分の意志で行動に移して、応援してくれた。自分が何をしたいのかわかって来てくれていたので、まったくネガティブな雰囲気がなくて、スタジアム全体がポジティブな空間になっていました。
それが選手にも伝わって、ひとりひとりが絶対に負けたくないという気持ちになれた。だから、戦術とか個人能力を超えた戦いができたんじゃないかなって。あの空間に身を置いて、選手、監督、そして我々スタッフのなかにも、そういう人を落胆させたくない、その気持ちに応えたいという、強い意志と思いが生まれたんだと思います」
奇跡が奇跡を呼び、それが持っている以上の力となって、歴史的快挙につながった。
【気になっていた収支はどうなった?】今回、ヴァンフォーレ甲府が2部リーグのクラブとしてはACL史上初めてベスト16に進出することができた最大の要因は、おそらくそこにあるのだと思う。何かひとつ、誰かひとり、ではなく、すべてが絶妙に絡み合ったからこそ、奇跡は起きた。
まだ不思議な感じがしていると語っていた植松さんが、「でも」と、少し間をおいてからこんなことを漏らした。
「自分で言うのもなんですが、改めていいクラブだなって。それぞれの立場でお互いを信じ合って、信頼し合っているクラブだなって思えたんですよね」
自然に出てきたその言葉を聞いた瞬間、あの夜にブリーラムで味わった幸せ以上のものが、胸にこみ上げた。そして、スタッフもわずか20人ほどしかいない地方の小さなクラブが、時々ビッグクラブも驚くような奇跡を起こせる理由が、少しだけわかった気がした。
選手、監督、スタッフ、そしてそれを後押しするサポーターや支援者が、同じ目標に向かって、それぞれの立場で、それぞれが自分にできることに尽力して、それを最後までやり通した。きっと今回のACLを経験して、人としても、それぞれがひと回り成長できたのではないか。それはクラブにとっても、かけがえのない財産になるはずだ。
これだけの助けをもらって成功体験を味わったのだから、これからは、困っているクラブに、困っている人に、率先して手を差し伸べられるクラブになってほしい。それが、ヴァンフォーレ甲府が次に目指す目標であってほしい。
最後に、気になっていたACLの収支について、経理を担当する管理部副部長の横澤康晴さんに聞いてみた。多くの人に助けてもらったのだから、その報告は欠かせない。
「おかげさまで、国立のチケットは当初の想定よりも4倍ほど売れたうえ、グッズも予想を上回る売り上げを記録できました。本当にありがたい話ですし、経理担当として、みなさまには感謝の言葉しかありません。
まだブリーラム遠征の経費がすべて出てきていないので、正確な数字はわかっておりませんが、当初予測した損失は予想以上に圧縮することができました。
【想定していたマイナスを予想以上に圧縮】ん? 1万1802人、1万2256人、1万5877人と、国立の集客は右肩上がりだったので、もうすっかりACL単体で黒字化できたと思っていたが、まだ足りないのか?
「チケットが売れれば売れるだけチケット販売手数料も上がりましたし、集客のために投資した渋谷、新宿でのプロモーション費、試合前のライティングなどショーアップのための費用など、集客に注力した分、支出もそれなりに膨らみました。
でも、それだけ支出が増えてもマイナスを大きく圧縮できているので、合格点以上だと考えています。チームが頑張ってグループ突破の可能性が高まれば、当然、経理部門としてもチームが勝つために必要な投資を考えます。実現はしませんでしたが、最後のブリーラム遠征ではビジネスクラスでの移動も考えました」
これは植松さんからも聞いた話だが、実際、ブリーラム遠征時は数席のビジネスクラスが予約できることを現場に伝えたところ、篠田監督は自分も含めて全員エコノミーで構わないから、1試合の最大登録枠23選手を連れて行かせてほしい、との返事があったそうだ(過去2度のアウェー戦では20選手で編成)。また、現場の要望通り、選手とスタッフを通常よりも1日早く現地入りさせることもできたという。
何はともあれ、勝つためにはそれなりのお金がかかる、ということなのだろう。
さて、次の焦点は12月28日の組み合わせ抽選会だ。ラウンド16で、ヴァンフォーレ甲府はどのチームと対戦することになるのか。横澤さんも他のクラブスタッフも、再び勝つために自分に何ができるのかを考える時がやって来る。
三浦颯太、長谷川元希と、さっそく例年のように主力が引き抜かれてしまう宿命のスモールクラブにとっては、軍資金のやり繰りを含め、まだまだACLの試練は続きそうだ。
いや、それは決して試練ではないはず。奇跡の夢物語がまだ続く、と言うべきか。