ベルギーリーグにおいて、シント・トロイデン(STVV)は小クラブの部類だ。だが、今シーズンの彼らは相手に怖気(おじけ)づくことなく、攻撃に力を割いて戦っている。STVVを率いるトルステン・フィンク監督は言う。

「私のサッカーのアイデアは『ボールを持とうとする姿勢』と『高い位置からプレッシングをかけること』です。最終ラインからのビルドアップ、攻撃を仕掛ける時など、ダイヤモンドを作っています」

 ダイヤモンドもしくはトライアングルをピッチの至るところに散りばめたSTVVの3-4-3システムは、幾重にもパスコースが拡がっている。そのなかでMFの伊藤涼太郎は「ポゼッションサッカーのキーマン」として、天賦の才を発揮している。


アルビレックス新潟から羽ばたいた伊藤涼太郎 photo by AFLO

 かつてヴィッセル神戸を指揮したドイツ人のフィンク監督は「日本から来たばかりの選手たちは、まずベルギーの生活・サッカーに慣れるための時間が必要です」と言っていた。しかしながら、今年6月にアルビレックス新潟から加入したばかりの伊藤を開幕戦から起用し続けている。

「私が開幕から涼太郎を抜擢したのは当然です。クラブがいい選手を獲得し、それでチームがよくなるのですから。彼にはラストパスを出す能力があり、私たちが必要としているものを持っています。チームでとても重要なプレーヤーです。人としても、とてもすばらしい」

 縦関係のボランチ──。それがSTVVにおける伊藤のタスクだ。

「トップ下というか、ほぼ2ボランチというか。ボランチを縦関係にする、そういうサッカーはSTVVしかやってない。そのやり方が自分としてはすごく面白いと感じています」

 対戦相手に応じて、トップ下のポジションからスタートしたり、リンクマンのようなポジションを取ったりしながら、味方のディフェンダー陣の脇まで降りてビルドアップに加わったり、相手ペナルティエリア内まで侵入したりもする。その幅広い動きは「走行距離リーグ1位」というスタッツに現れている。

【アルビレックス新潟で才能を開花させた伊藤涼太郎】

 かつて日本のメディアに「憧れの選手はロナウジーニョ」と答えた伊藤に対して「今、モデルになる選手は誰?」と訊いても、「そういう選手はいないですけれど」という答えしか返ってこない。なにせ「ボランチを縦関係にするサッカーは、STVVしかやってない」のだから。

 つまり伊藤は、オリジナルのスタイルを構築している最中なのである。12月23日のシャルルロワ戦を1-0で勝利したあと、彼は言った。

「もっとバイタルエリアで磨きをかけたい。ビルドアップの精度ももっと上げたい。新潟の時とは違って、最終ラインまで降りたりして、ビルドアップに関わることを監督から求められています。

 個人的にはもっと前でプレーをしたいのですが、やっぱりチームで求められている以上、やらないといけない。プレーの幅は間違いなく広がっています。日本にいる時より走っているのは、数字にも出ています」

 ゴールマウスを守るGK鈴木彩艶も、『STVVのダイヤモンド』を形成するひとりとして最後方からビルドアップを支えている。シャルルロワ戦でSTVVが記録したポゼッション率は65.5%。中盤で味方がマークを背負っていても臆せず、鈴木はグラウンダーのパスをつける。

「ベルギーに来て最初の頃は(ビルドアップで味方の)ポジションが被ってしまいましたが、今日などはパスを受ける前に味方を動かすことができました。ビルドアップのところは成長を感じています」

 STVVはとても若いチームだ。特に守備陣はマッテ・スメット(19歳)、ライン・ファン・ヘルデン(21歳)、マティアス・デロージ(19歳)と、プロデビューしたてのフレッシュな面々が並ぶ。そんな彼らを、21歳の鈴木が叱咤激励して引っ張っている。

「経験のある選手がいると、もう少し落ち着くという考えもあると思いますけど、逆に僕たちは若くてパワーがある。トライアンドエラーを繰り返しながら成長していくことが大事かなと思います。

 ベルギーに来て最初は自分からアクションを起こせてなかった。ここ最近は声だけじゃなく、ジェスチャーを交えて自分からアクションしようと意識しています。そういうコーチングを続けていきたい」

【2023年8月に浦和レッズから移籍してきた鈴木彩艶】

 一方、鈴木のパフォーマンスに大きな波があることも、フィンク監督はわかっている。

「GKは年齢とともによくなっていくものです。まさに赤ワインと同じなんですよ。鈴木にとって必要なことはただひとつ、経験あるのみ。彼はGKとして必要とするものを備えている。ボール保持時のプレーもいい。

 あとは自信。試合によって波があるのは、若いGKにとって当然です。ともかくプレー、プレー、プレーすることです。試合に出続けることによって波が減っていき、鈴木は高みで安定したGKになるでしょう」

 2024年の元日、伊藤と鈴木はタイ戦の日本代表メンバーに選ばれた。6月11日、雨の降る新潟で「次、みなさんとお会いする時には、日の丸を背負っていたいと思います」と誓った伊藤は、その半年後、東京で約束を果たすことになった。

「素直に選ばれてうれしいですけど、選ばれるだけじゃなくて、しっかりと何か爪痕を残せるようなプレーをしたいなと思っています」

 その「爪痕を残す」とは、アジアカップのメンバーに選ばれるようなプレーだろうか?

「アジアカップもそうですけど、それが僕のなかですべてではない。今後のワールドカップに向けての選考だったり、そういったところでもっと選ばれるような爪痕を残したい。

 同年代の選手たちの活躍を見ていると、自分にはまだまだ足りないところが多い。そういった選手たちと代表でプレーして、刺激をもらいたい」

 一方、鈴木は今年に入ってすでに2試合、日本代表の一員としてプレーしている。

「クラブでも代表でも、やっぱり自分らしくプレーしたいと思っています。あとは結果が伴ってくれれば一番。1月1日のゲームは自分らしくやりたいです」

 鈴木の言う「自分らしさ」とはなんだろうか?

「自分の強みであるクロスへのアタック、シュートストップ、あとは長い距離のボールが蹴れるので、そこでチャンスを作るという部分。いいシーンだけじゃないと思いますが、ミスも含めて自分らしいゲームにしたい。 見ている人が『鈴木彩艶がプレーしているな』というのを見せたいですね」

 ベルギーで個性に磨きをかけた伊藤と鈴木には、東京・千駄ヶ谷の澄んだ冬空の下、国立競技場のピッチで輝いてほしい。