「強く印象に残っている」Jリーガー5人をレフェリー視点で佐藤隆治が厳選「審判員泣かせ」「え、そこに出すの」「拍手したいくらいのFK」
日本サッカー協会審判マネジャー
佐藤隆治インタビュー後編
◆佐藤隆治・前編>>レフェリー歴16年の覚悟と想い「いることが当たり前ではない」
レフェリーこそは、ピッチ上の証人である。
選手のプレーを間近で追いかけ、息遣いを感じることができ、歴史と記憶に刻まれたゴールの軌道をはっきりと見定めることができる。彼らが知り得る情報は間違いなくレアで、圧倒的なまでにプライスレスだ。
だからこそ、プレーヤーを見る視点にも独特なものがある。
今回は2007年から2022年にかけて、Jリーグで通算400試合の主審を務めた佐藤隆治さん(現日本サッカー協会審判マネジャー)に、印象に残るJリーガーを5人挙げてもらった。
2009年からプロフェッショナルレフェリーと国際審判員として活動し、2018年と2022年にはJリーグアウォーズで最優秀主審賞を獲得した彼の言葉から、レジェンドたちのすごみがわかるはずだ。
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2020年天皇杯決勝でのイニエスタ(左)と佐藤隆治氏(右)photo by AFLO
【1】中村憲剛(MF)
<川崎フロンターレ>
【2】小笠原満男(MF)
<鹿島アントラーズ→メッシーナ→鹿島アントラーズ>
試合中に"レフェリー泣かせ"だったのは、中村憲剛さんと小笠原満男さんですね。
試合中は105メートル×68メートルのフィールドのどこかで、ファウルなどが起こります。どこで起きるのかは事前にわかりませんので、予測をすることになります。ボールの動くスピードが速く、技術の高い選手がいるチームの試合をコントロールするうえで「予測をすること」、いわゆる「ゲームを読む力」が審判員には求められます。
そのひとつの手立てとして、ボールを持っている選手と受け手を見ます。このチームの戦術はこうで、誰が中心選手か、誰が受け手なのかといった情報をもとに、パサーの身体の動きや目線を見ながらどこへ出すのかを予測し、先回りで動きます。
ですが、それを見事なまでに裏切ってくれるのが、中村憲剛さんと小笠原さんでした。
DFにもすばらしいパスを出す選手はいますが、DFが前線へ出すパスは距離が長い。レフェリーからすると、そのぶん時間が与えられるので、たとえ出遅れたとしてもスプリントを使ってリカバーできます。
ところが、中村憲剛さんや小笠原さんは中盤から一発で得点につながるパスを出す。受け手はペナルティエリアの近くにいます。そうすると、FWが得点につながるようなシュートを打つとか、DFと接触プレーがあって倒れるといったような、ゲームを左右する大きな事象につながります。
中村憲剛さんや小笠原さんと対峙したDFは、「えっ、そこに出すの」と思ったことがあるのではと想像しますが、私もまさにそうでした。
MFでは中村俊輔さん、遠藤保仁選手、小野伸二さん、藤本淳吾さん、青山敏弘選手らも、すばらしいパスの出し手でした。ただ、カウンターでスピードに乗ったなかで、一発で仕留めるようなパスを出すというイメージは、僕のなかでは中村憲剛さんと小笠原さんのふたりの印象が強いのです。
【3】中村俊輔(MF)
<横浜マリノス→レッジーナ→セルティック→エスパニョール→横浜F・マリノス→ジュビロ磐田→横浜FC>
中村俊輔さんについては、直接FKを決めた試合を担当することが多かったと思います。彼からも「佐藤さんが主審の試合で、けっこう決めていますよね」と言われました。
中村俊輔さんのようなFKの名手がいるチームの試合において、「的確なアドバンテージ」に対する答えはひとつではない、と私は考えます。
通常であれば、試合を続行することが的確なアドバンテージだと判断するケースでも、最大のアドバンテージは「得点」であり、チームには誰もが認めるキッカーがいる。必ずしも試合を続行することが的確なアドバンテージと言えるのか? また、スタジアムに駆けつけた観衆も、FKからの得点を見たいと期待する。
状況に応じて答えは異なりますが、「的確なアドバンテージ」をつねに自問しながら笛を吹いていました。
直接FKの場面では、壁にボールが当たった際にハンドがあったかどうかを見落とさないように、キッカーの斜めうしろに立ちます。結果的に、ボールの軌道を最高のポジションで追いかけることになります。
Jリーグ30周年のFK部門でベストゴールに選ばれた、2016年4月のガンバ大阪対横浜F・マリノス戦でも、僕が主審を務めていました。この場面では中村俊輔さんの左後方から壁をチェックしていたのですが、曲がりながら落ちていくボールの軌道が点線で描かれていくようにはっきりと見えました。その場で拍手していいのならしたいぐらい、すばらしいFKでした。
F・マリノスとガンバの試合では、2015年7月の対戦で中村俊輔さんが決めた直接FKも、目の前で見ています。90+4分のアディショナルタイムに決めたこのゴールも、壁を越えていく軌道をはっきりと見ることができました。
【4】アンドレス・イニエスタ(MF)
<バルセロナ→ヴィッセル神戸→エミレーツ・クラブ>
イニエスタ選手のすごさも、いろいろな場面で聞かれました。
予測を裏切ってくる怖さは、率直に言って感じることがなかったです。それは、意外性がなかったという意味ではありません。彼が出場したヴィッセル神戸の試合は、必ずと言っていいほどイニエスタ選手を経由した攻撃になるので、レフェリーからすると予測がしやすかったということです。
私がとにかくすごいなと感じたのは、止める、蹴る、の基本技術ですね。
選手がトラップミスをしたら、次のプレーがわずかでも遅くなります。ミスといってもボールが大きく弾んだりするものではなく、ちょっとボールが流れてパスを出すタイミングがワンテンポ遅れたとか、パスを出したい方向へ出せなくなったとか、それぐらいの範囲のミスです。
こちらがミスを望んでいるわけでありませんが、ミスが生まれると助かるのは事実です。考える時間、一歩でも動ける時間をもらえることになります。
イニエスタ選手は、そういうミスがほとんどありませんでした。トラップしたらすぐにはたくし、ワンタッチでさばくこともあるので、彼と受け手の選手を絶対に掴んでおかないといけない。あのトラップには唸らされました。
【5】永井謙佑(FW)
<アビスパ福岡→ヴィッセル神戸→名古屋グランパス→スタンダール・リエージュ→名古屋グランパス→FC東京→名古屋グランパス>
FWの選手で審判員泣かせというと、佐藤寿人さんの名前があがることが多いと感じます。オフサイドラインぎりぎりで駆け引きをする彼のプレースタイルは、副審からすると神経質にならざるを得ないタイプなのでしょう。
僕自身の気になる存在は、永井謙佑選手でした。
中村憲剛さんや小笠原さんのパスもそうですが、縦へのスピードを出されると、レフェリーは困るのです。その意味で、永井選手はレフェリー泣かせな選手と言えます。
僕自身、短距離には自信がありました。彼は50メートルを6秒切るタイムで走りますが、僕は6秒1から2ぐらいでした。
攻撃時の永井選手は、ペナルティエリアの中か外かという際どいところへ、ものすごいスピードで侵入していきます。DFとちょっとでも接触したら、彼のプレーに影響が及ぶ。ファウルになる可能性がありますが、その接触は競り合いながらの「面」ではなく、瞬間的な交錯としての「点」になることが多い。
その瞬間を見逃してはいけない、遅れてはいけない。できるかぎり近くで、いいポジションで見ることを自らに課しました。
レフェリーとしての自分は、スプリントを強みにしていました。そのために筋トレもやっていましたが、永井選手が出場する試合前はちょっと違う種類の興奮がありましたね。
ハムストリングスに肉離れを起こさないように、試合前から入念にストレッチをする。いざ彼がスプリントしたら、そのスピードに遅れないように、自分の動き出しのタイミングを早くすることでカバーするようにしました。
Jリーグで笛を吹いた16年間で、たくさんの選手と同じピッチに立ちました。今回はご紹介できなかったみなさんとも、充実感のある時間を過ごすことができたことを、最後にお伝えしておきたいと思います。
<了/文中敬称略>
【profile】
佐藤隆治(さとう・りゅうじ)
1977年4月16日生まれ、愛知県名古屋市出身。愛知・一宮高〜筑波大までサッカーを続け、2002年に上川徹氏の講演を聞いてレフェリーの道へ。2004年に1級審判員に登録され、2007年からJリーグで笛を吹く。2009年より国際審判員・プロフェッショナルレフェリーに登録され、2018年ロシアW杯・クラブW杯の担当審判員に選出された。2018年と2022年にJリーグの最優秀主審賞を受賞。2022年にトップリーグ担当審判員から勇退。Jリーグ主審通算400試合。