久保建英の成長プロセスをスペインの名指導者が解明「メッシとどこか重なる」
ミケル・エチャリが振り返る久保建英の2023(前編)
念願のチャンピオンズリーグ出場を決めた2022−23シーズン。そしてグループリーグを1位で通過した2023−24シーズン。レアル・ソシエダの攻撃陣を牽引したのは久保建英だった。久保の何が優れているのか。その本質と成長のプロセスをスペインサッカー界の慧眼、ミケル・エチャリが解き明かす――。
「過去の選手との比較は難しい」
スペイン・バスクを代表する指導者であるミケル・エチャリはそう言って、久保建英と他のアタッカーの比較を躊躇った。
「過去のサイドアタッカーは、いわゆるウイングだった。右利きは右サイド、左利きは左サイド。その仕事は、クロスをストライカーに合わせるのがメインだった。今の主流は、利き足とは逆のサイドから中央へ切り込むアタッカーで、単純な比較ができない」
エチャリはレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)で20年近くにわたって様々な役職を務め、イマノル・アルグアシル監督など多くのスタッフからの敬意を集める。ホセバ・エチェベリア、フランシスコ・デ・ペドロ、シャビ・アロンソなどにディテールを伝えることで大きな影響を与えてきた。
「ラ・レアルの重鎮」。そんな異名をとる男だ。
彼は久保の本質をどう捉えているのか?
古巣ビジャレアル戦を含めて今季第17節まででリーグ戦6得点の久保建英(レアル・ソシエダ)photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA
「タケ(久保)は、周りとの関係性でプレーする能力が際立って優れている」
そうエチャリは言う。それはシンプルに、ラ・レアルで輝くことができている最大の理由でもある。
「タケは今まで所属したクラブよりも、連係を重んじるラ・レアルと相性が合った。2022−23シーズンのプレーを分析したが、挙げた9得点はそれぞれ、異なる5人以上の選手からラストパスを受け、ゴールしている。つまり、それだけ多くのサポート関係を作り、周りを輝かせながら自らも輝いていたことになる。(久保が冷遇を受けた)ビジャレアル時代の監督(エチャリの教え子でもある)ウナイ・エメリともその点は話した。彼はいろいろ言っていたけど、中身は内緒にするよ(笑)」
【キャラクターが一番近いのはチキ】
久保とラ・レアルは相思相愛の関係と言えるだろう。
かつて久保と似た選手はラ・レアルにいたのか。現地では、1980年代にチームにラ・リーガ連覇をもたらし、チャンピオンズカップ(現行のチャンピオンズリーグ)でベスト4進出(1982−83シーズン)の原動力になった左利きアタッカー、ロペス・ウファルテと比較する声も少なくない。
「ウファルテは左利きで、スピードがあるドリブラーだった。得点力に優れていた点も似ているかもしれない。ただ、何より彼はクロッサータイプ。カウンターで、引き倒そうとする相手もモノともしないスピードとパワーを感じさせる選手だった。
その点、タケは相手のタイミングをずらすプレーを得意とし、敵に次のプレーを読ませない、あるいは読ませても、次に裏をかくようなプレーを繰り出せるのが特徴と言える。スピード、技術、ビジョンがミックスしたプレーヤーで、ひとつのフェイントでプレーを変化させられる。
そこは、チキ(アイトール・ベギリスタイン、元スペイン代表/レアル・ソシエダ、バルセロナ、デポルティーボ、浦和レッズ)と似ているかもしれない。
チキは非常にクレバーな選手で、テンポを生み出しながらサイドを支配できた。ラ・レアルで活躍した後、移籍先のバルセロナでさらに才能を開花させたように、攻撃重視の布陣においてアドバンテージが最大限に生かされていた。そのキャラクターはタケと一番近いだろう。
ラ・レアルではないけど、リオネル・メッシともどこか重なるよ。もちろん、記録やタイトルなどは比較できないが、ドリブルからゴールに迫る雰囲気というのか。ふたりとも、常にゴールを視野に入れている。
今のタケは誰にも似ていないが、誰かに似ているのかもしれない。たとえば過去のラ・レアルの選手で言えば、左利きアタッカーのアントワーヌ・グリーズマンは一見、タケとまったく似ていない。しかし、ファーポストでボールを待ち受け、ゴールに叩き込むセンスは似ていて、同じ形を持っている。おそらくタケ自身が日々能力を取り込み、成長を遂げているのだ」
【現在の4−3−3の戦術的特徴とマッチ】
ラ・レアルというクラブにいることで、久保は変身し続ける。その成長プロセスについて、エチャリは丁寧に説明した。
「ダビド・シルバというファンタジスタが引退した今シーズン、タケはエースに近い。ポジションも含めて後継候補になる? うーん、昨シーズンのような4−4−2中盤ダイヤモンドのトップ下でも、資質はあるはずだが......。
そもそも現在のラ・レアルの4−3−3の戦術的特徴は、中盤の3人が必ず違う高さを保つ点にある。そこで3トップが下がり、横にスライドし、実は4−4−2の中盤ダイヤモンドに近い機能をしている。タケは右アタッカーだが、トップやトップ下のような位置にスライドすることもできるし、その流動性こそが現状では最善だ。
ダビド・シルバは特別な選手だった。たとえば3つの選択肢があるなかで、4つ目を出すことができる。誰も予測しなかったプレーを見せるのは魔法だよ。パウサ(休止)を使えるから、緩急の変化で相手を外せる。トップ下としては、ラ・リーガに同じレベルの選手はそうはいない。ちなみに鎌田大地はそれに近い選手だし、獲得交渉もあったようだが......。
タケもパウサの感覚は持っているが、彼は昨シーズンも2トップの一角に配されていたように、ゴールに向かうパワーやスピードに最大の特徴がある。周りと連係しながら相手を崩し、得点を狙い、最大限の力が出せる。その点、右サイドから中央に入って周りと連係しながら、ポジションに囚われず、ゴールを狙うほうがベターだ」
エチャリはそう言ってこう締めくくった。
「焦りは禁物だ。タケの実力は間違いない。ただし、活躍すると、すぐに『スーパースター登場』『ビッグクラブへ移籍?』といろいろ話題になるが、選手は1試合で評価が変わる。じっくりとプレーを重ねることこそ、飛躍につながるはずだ」
そしてエチャリは、久保の今年の日本代表でのプレーについて言及を始めた。
(つづく)
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ミケル・エチャリ
1946年生まれ。サンセバスチャン出身のスペイン・バスク人指導者。選手としては膝のケガにより27歳で引退し、その後は指導者に転身した。レアル・ソシエダでは20年以上にわたり強化ディレクター、育成ディレクター、セカンドチーム監督などを歴任。エチェベリア、デ・ペドロ、シャビ・アロンソなど有数の選手に影響を与えた。エイバルでは監督を務め、バスク代表監督(FIFA非公認だが、バスク最高の指導者に与えられる栄誉職)も10年以上務めている。また、指導者養成学校の教授も務め、教え子にフアン・マヌエル・リージョ(元ヴィッセル神戸監督)やハゴバ・アラサテ(オサスナ監督)などがいる。