小林カツ代さんレシピ「あっという間のかにライス」

写真拡大 (全5枚)

第7回「何にもできてない、四十二歳――。」


連載初回で「カツ代さんのように強くなるぞ」と書いたが、11月の私は最弱である。猛暑を乗り越えたと思ったら、木枯らしと汗ばむ夏日が交互にやってくる不順な天候と仕事の年末進行で、動くと関節がパキッと鳴るほど身体が固くなってしまった。とにかくだるくて、縦になっているのがやっと。そうなると気持ちまでシワシワ〜ッと弱っていく。ニュースにも話題のエンタメにも追いつけないし、税関係の資料や子ども関係のプリントは内容が頭に入らない。

何にもできてない、四十二歳――。

そんな私を救うのは、カツ代さんの書いた文章なのである。もともと小説家を目指していたカツ代さんの文章は本当に上手い。技巧というより、たくさんの教養とセンスが、なにげない言葉選びに滲み出てるタイプ。するする入ってきてじんわり温まるのは、おでんの具にお出汁が染みていくみたいだ。なによりエッセイに登場する、気軽なレシピがとても美味しそう。有益なライフハックは今たくさんあるし、私もお世話になっているが、はつらつとしているのに繊細なカツ代さんの文章は、実用系コンテンツでは得られない、うるおいをもたらしてくれる。

例えば、いちごの季節はこんな具合。『キッチンから愛を込めて』(1986年・大和書房)より。
「目下わが家で人気のイチゴを使ったものは『イチゴのヨーグルトミルク』。イチゴと、ヨーグルトと、牛乳と、お砂糖を適当な量ミキサーにかけてがあーっと作っちゃうんです。牛乳を多めにすると飲みものになり、牛乳を少なくするか入れないでおくと、トロッとしてスプーンですくって食べます。これもおいしい」

ほら、やってみたくなる!

一番弟子の本田明子さんも、最初にまずエッセイに惹かれて、カツ代さんのもとをたずねた、と話してくれた。はっきりした分量も写真もない、おしゃべりするようなトーンの文章レシピは、読者と書き手の信頼関係が感じられ、今の時代とても贅沢に感じられる。国民的な料理研究家になってからは、正確な分量とグラビアでいっぱいのレシピ本が主流となっていって、もちろんそっちも好きだが、今の私にはカツ代さんの息づかいが直に感じられる情報少なめな初期エッセイがありがたい。

寝そべって、カツ代さん本を何冊かパラパラめくっていたら、ほんのりやる気が出ているので、初エッセイ『お料理さん、こんにちは」(1992年晶文社・初版1971年講談社)から「五色おじや」を作ってみることにした。
おいしい。自分で作ったのに、誰かに労られたような気持ちになる。おだやかな味だけど、にんじんとピーマン、チキンスープがちょっと喫茶店のピラフみたいなワクワク感まで与えてくれる。カツ代さんはありあわせで作ればいいというけれど、さつまあげと、ちくわは絶対あったほうがいい。魚のだしが旨みになるし、やわらかい食感に癒される。おじやで温まったので、早々と布団に入る。

ちょっと回復したので、翌日は『お料理さん、こんにちは』では「さぼりライス」の一つとしても登場した、『小林カツ代のらくらくクッキング』(1980年・文化出版局)の「あっというまのカニライス」を作ってみる。


炒めた具材を炊き立てご飯に混ぜたレシピをカツ代さんはとても気に入っていたらしく、『らくらくクッキング』の表紙グラビアにもなっている。三角形のスペースから覗くカニや卵がかわいい。前日の残りのにんじん、ピーマン、玉ねぎも使える。増税で節約しなければならないので、カニはカニカマで代用。あつあつご飯に具とバター味が一瞬で馴染んだことに驚く。炒めたご飯より、ずっと柔らかな口当たりで、身体に滋養が行き渡る感じ。ピーマンとにんじんの力を再確認した。緑とオレンジがあるだけで、元気も出るし、ちゃんと料理した気がしてくる。今後できるだけ切らさないようにしよう。

『カツ代ちゃーん!』(講談社ヒューマンBOOKS)には、カツ代さんの子ども時代が詳しく描かれている。前回ちょっと触れたが、大阪で製菓材料卸問屋を営む、苦労人ゆえに物腰柔らかなお父さんと、教養豊かなお嬢様育ちのお母さんの愛情をめいっぱい受け、病弱だったり、学校でいじめられたりもするのだが、トータルで見ると涙が出るほど幸せそうだ。カツ代さんはとにかくお母さん子だったようで、お母さんがいかに優しい人だったかを繰り返し書いている。結びにはこうある。

「優しいことは楽しいことをいっぱい連れてきてくれます。ほんとうです。私が証拠です。つらいことがあっても、いつも元気です。『カツ代ちゃーん!』優しい両親の声が、聞こえてくる気がします。うん、わたし、ますます優しい人になるぞ!」『カツ代ちゃーん!』(ちょっと長いあと書き)より。

カツ代さんは恵まれていることを1ミリも恥とせず、その分、世の中に貢献していこうとする。だから、戦争反対、エコや動物愛護の精神に溢れている。めっちゃモテたようで、同時に3人からプロポーズされたこともあるようだが、そりゃそうだろうという感じで、自慢に聞こえない。

カツ代さんの言葉は優しいから、こんなに胸に入ってくるのかもしれない。

連載当初の強くなりたい!というモチベーションは、今体力的にちょっと弱っているので、優しくなりたい!という方角に年末は舵きりしてみようと思う。カツ代さんの言う通り、優しさ、を意識すると、あれもやってみよう、あの人は元気かな、と思えてきて、自然と身体が動き出すのが魔法のようだ。

今回の小林カツ代さんレシピ


※「お料理さん、こんにちは」(1995年・晶文社)より引用
おだしから作ってコトコト煮るおじやはたいそうおいしいものですが、夜遅く一杯きげん帰り「おい、なにか作れ」などという、今どきめずらしい亭主関白の夫にはもったいない、すばやく作れておいしい五色おじやはいかがですか。
ポンとかチーとか、メンゼンリーチ、サンシキドラドラなどとわけのわからぬことを口走り、夢中になりつつも食欲だけはとんとお忘れでないジャン友たちや、深夜テレビのイレブンナントカなんぞにも目もくれず、ねじりはち巻きで猛勉強の子どもにも喜ばれることでしょう。ただし、めったに作ってあげないことに値打ちあり。材料はおそまつで、なにやら冷蔵庫の残りものをさらえて作った感、なきにしもあらずですけれど、色どりのきれいな、家庭的な、味のよいおじやです。
一応、二人前の材料を記しますが、人数に合わせて加減してください。

おじやのコツはあまりかき混ぜないこと。おかゆのようなさらさらに仕上げなくてもけっこうですが、ねばりを出さないようにしたいもの。おじやなんてものは元来、そう気取って作るものでなく、材料もありあわせで作ればいいし、味つけもその家庭によって千差万別、おじやほど家々でちがうものはないでしょう。要はおいしくおいしくと心がけて作りさえすればいいのです。

『五色おじや』のレシピ


材料
ごはん……茶わんに軽く二杯
水……三カップ強
ピーマン……一個
人参……五センチ位
玉ねぎ……1/4個
しょうが……一片
ちくわ……五センチ
さつまあげ……一枚(関西ではてんぷらという)
固形スープ……一個(あればチキン)

作り方
(1)材料は全部大きめのみじん切り。
(2)なべに、水と(1)の具、固形スープを入れて火にかける。
(3)スープがとけたらごはんを入れて軽くほぐす。
(4)煮立ちそうになったらふたをして弱火で七、八分コトコト煮る。
(5)味を見て塩をたし、お酒としょうゆ、こしょうを一振り程度ふりいれて、全体に味がなじむと出来上がり。
(6)必ず五分ほどむらしたほうがおいしいです。

※「小林カツ代のらくらくクッキング」(1980年・文化出版局)より引用
「あっという間のご飯物 ピラフにあらず、チャーハンにあらず……」
とにかく急ぐときはこれなんです。材料があまりないときもね。所要時間5〜6分かな。これはね、具を先にチャッチャーといため、ご飯にサッサーと混ぜるだけという、自慢の発明ライスなのです。

「あっというまのかにライス」のレシピ


材料と作り方
まず、卵1個でかるく塩味をつけたいり卵を作り、皿にとります。いり卵を作ったフライパンに、油かバターかマーガリンを適当にたし、ピーマンや玉ねぎを好きなだけ入れて、ジャッジャッといためます。かに、えび、いか、貝、なんでもけっこう、さらに加えて、またおおまかにジャッといためます。こしょうと、ちときつめの塩をふり、いり卵を加えて火を止めます。
●これを熱々のご飯と混ぜ合わせれば出来上がり。フライパンにご飯を加えても、おかまに具を加えても、これはどちらでもけっこう。ご飯を全くいためずに作れるし、ふかしご飯でもおいしいですよ。

次回は12/23(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。