eスポーツに冬の時代が到来。それは本当なのだろうか? マスターカード(Mastercard)に関するかぎり、そんなことはないようだ。

ほかのブランド各社がeスポーツからの撤退をにおわせるなか、マスターカードはフルスピードで2023年の各大会に向けて突き進んでいる。同ブランドは8月21日、「リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends、以下LoL)」のグローバルスポンサーとして5周年を迎えた。6月には、ライアットゲームズ(Riot Games)が手がけるもうひとつのメジャータイトル「VALORANT」のグローバルスポンサーにもなり、eスポーツへの投資をさらに増やしている。

これらの契約にかかる費用を考えると、安くはなかっただろう。ライアットゲームズの広報担当者がスポンサー契約の具体的な額を明らかにすることはなかったが、過去の報道によれば、ブランド各社がメジャーeスポーツリーグと結ぶパートナーシップの相場は、複数年契約で1700万〜1億4400万ドル(約24億9000万円〜211億円)超となっている。

「スポーツの未来」に賭けるライアットゲームズ



マスターカードはライアットゲームズのeスポーツ・エコシステムとの関わりを深めている。この事実が物語るのは、ライアットゲームズが練るeスポーツの長期計画に対する、マスターカードの熱烈な支持にほかならない。ライアットゲームズはeスポーツを「スポーツの未来」ととらえている。このエンタメ・プロダクトは、やがては野球やバスケットボールといった従来型スポーツに匹敵する人気と収益を獲得するとライアットゲームズは確信している。そして、少なくともいまのところ、このビジョンに賛同し、その意思を持っているのが、マスターカードなのだ。

マスターカードの最高マーケティング責任者、ラジャ・ラジャマナー氏は次のように語る。「原理はまったく同じだ。観客がマジソン・スクエア・ガーデンに詰めかけ、試合を観戦する。どの試合もチケットは完売だ。だから我々は『これに参入しない手はない』と言ったんだ」

マスターカードのeスポーツに対するアプローチは、従来型スポーツに対するマーケティングアプローチと合致している。

マーケティングエージェンシーのAFKでeスポーツ部門の代表を務めるジェイミー・ウートン氏は、「同社のポートフォリオには目を見張るものがある。MLB(野球)や、PGAツアー(ゴルフ)、UEFAチャンピオンズリーグ(サッカー)、全豪オープン(テニス)など、プレミアムプロパティーが目白押しだ」と話す。「eスポーツの領域内でライアットゲームズが手がけるイベントには、こうしたイベントと同等の価値がある」。

「LoLとのパートナーシップが収益を増加させた」



マーケターたちがeスポーツパートナーシップのROI(投資利益率)に対する警戒心を強めるなか、マスターカードはライアットゲームズがもたらす数字に自信を持っている。同社は現在、「LoL」の各種クレジットカードをファンに向けて提供している(社内では「パッションカード」と呼ばれているようだ)。ラジャマナー氏はこのカードを、ライアットゲームズとの契約による収益をはかる大きなものさしのひとつに挙げている。

「これが我々のビジネスに直結する、直接的な収益増加をもたらしている。『LoL』と契約していなかったら、これらのカードは存在しなかった。ということは、こうした売上も利益もなかったということだ」と、ラジャマナー氏は語る。「そこには、我々が確立した直接的な相関関係、因果関係がある」。

ROIの具体的な数字や指標こそ明らかにされなかったが、同氏によれば、マスターカードは3つの「側面」に目を向けて、ライアットゲームズとの提携の効果を測定しているという。1つ目は、「パッションカード」などのアクティベーションのなかに現れる、マスターカードの事業の直接的な成長。2つ目はシンプルなブランドアフィニティ、つまり、この提携が、マスターカードに対する好感や信頼をライアットゲームズのコミュニティにもたらしているかどうかだ。

そして3つ目は、ラジャマナー氏がいう、この提携の「競争優位性」。それによって、マスターカードがこの市場に関わるほかのブランドとどれほど差別化されているかだ。ラジャマナー氏によれば、この側面が表れているのが、「VALORANT」のスポンサーになるというマスターカードの選択だという。

「この『VALORANT』のスポンサーシップによっても、弊社はプレゼンスを広げると同時に深めてもいる。プレゼンスを広げると同時に深めていけば、そこには我々にとって大きな優位性が築かれる。マスターカードはゲーマーのことを理解している素晴らしいカードだ、素晴らしいブランドだという強い認識がゲームコミュニティのなかに生まれる」と、同氏は語る。

同社の「LoL」カードのロールアウトが示すのは、大手eスポーツパブリッシャーとの長期提携が生み出す価値の増加なのだ。ライアットゲームズがファンにクレジットカードを抵抗なく販売できるようになるまでには、何年もかかった。しかし、そこに関係が確立されているいまなら、「VALORANT」のクレジットカードを登場させるのにかかる時間はずっと短いかもしれない。それによって、ライアットゲームズのユーザーと広告主のバランスが崩れることもないだろう。

ブランドセーフティを脅かす問題を解決したVALORANT



ライアットゲームズで「LoL」eスポーツ部門のグローバル責任者を務めるナズ・アレタハ氏は、ライアットゲームズが2018年にはじめてマスターカードと契約を結んだ際に貢献した人物だ。同氏はこう語る。

「だからこそ、複数年にわたるパートナーシップが重要なのだと私は思っている。これ全部を1年に詰め込むのはとうてい不可能だからだ。パートナーとともに新しいことに挑戦して進化するためには、こうした滑走路が必要なのだ」。

eスポーツの未来に向けたライアットゲームズのビジョンを支持するだけでなく、マスターカードはライアットゲームズのエコシステムとの関わりを深めてもいる。この事実が示すのは、多様性やインクルーシビティ(包摂性)といった要素を直接取り入れているゲームは、eスポーツの中にある有害性やブランドセーフティを脅かす諸問題に神経を尖らすブランドにとって、より魅力的な活動の場になる可能性を秘めているということだ。

VALORANTに登場するエージェントと呼ばれるキャラクターたちは、人種もジェンダーも多様性に富んでいる。この点が、ブランドが抱く懸念を部分的に解消することにつながっている。「カウンターストライク(Counter-Strike)」や「コールオブデューティ(Call of Duty)」といった、ほかのeスポーツではおなじみの、リアルな武器や戦闘シーンは、VALORANTには登場しない。この点も、ブランドセーフティにメリットをもたらしている。

ライアットゲームズの最高商務責任者、ジョナサン・ズワイグ氏は、「マスターカードはグローバル企業だ。これらエージェントが世界のさまざまな地域を代表していることを知った彼らは、こんなふうに考えるようになっている。『これはすごいぞ。このIPをうまく使えば、世界各地の市場を大いにアクティベートできるじゃないか』と」。

一部のブランドがeスポーツへの支出を減らすなか、マスターカードはライアットゲームズのエコシステムへ再投資している。これに促されて、非エンデミックなブランドがeスポーツ市場への投資を強化する流れにつながる可能性は十分あると、ライアットゲームズの首脳陣は確信している──ちょうど、2018年にマスターカードが最初の発表を行ったときのように。

この2018年の発表で、マスターカードがeスポーツにはじめての大型投資を行うことが明らかにされた。それ以前のマスターカードは、2012年と13年に続けてドータ2(Dota 2)のスポンサーを務めはしたものの、eスポーツ市場への参入に慎重な姿勢を見せていた。2018年以降のマスターカードは、eスポーツ関連のパートナーシップを大きくスケールアップさせ、パートナーの枠をフライクエスト(FlyQuest)やG2 Eスポーツ(G2 Esports)などのチーム、ザクエリ・“アフロムー”・ブラックなどのプレイヤーインフルエンサーへと広げてきた。しかし、同ブランドのeスポーツシーンとの最大のつながりは、いまもなおライアットゲームズとの提携である。

「まずはマスターカードに話を持っていく」



「マスターカードが(VALORANTに)参加してくれたことで、進展が見えてきた。我々一同、そのことを大変うれしく思っている。このドミノがほかのブランドにも参加を促し、eスポーツ市場に参入するブランドのバリュープロポジションを伝えていってくれるはずだ」と、アレタハ氏は語る。

(「チームファイトタクティクス[Teamfight Tactics]」や、格闘ゲーム「プロジェクトL.[Project L./発売日未定]」など)ライアットゲームズのプロダクトが今後さらに増えれば、同社とマスターカードの関係強化は必至だ。これらのタイトルによるeスポーツでの大成功の準備が整えば、ライアットゲームズが真っ先に話を持ちかけるのは、マスターカードだろう。

「eスポーツ関連の大きなチャンスに恵まれれば、まずはマスターカードに話を持っていく」と、ズワイグ氏は語る。「向こうもそれを期待しているだろうから」。

[原文:Why Mastercard is advertising more with Riot Games even as other brands divest from esports]

Alexander Lee(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)