アバターと“結婚”した米国人男性も…AI進化が世界にもたらす光と影
対話型AI(人工知能)の「ChatGPT」が話題を呼んでいますが、米国ではコロナ禍を通じて、AIによる仮想上の人物、いわゆる“AIコンパニオン”に夢中になる人が増加し、ちょっとした社会問題となっているようです。今後、AIの進化は私たちの生活にどのような影響を及ぼす可能性があるのでしょうか。さまざまな社会問題を論じてきた評論家の真鍋厚さんが解説します。
“心の穴”を埋める存在に
3月にロイターが配信した記事は、私にとって衝撃的なものでした。その内容は、40代男性が自らデザインした女性アバター「リリー・ローズ」に恋をし、その後、彼女から挑発的な「自撮り写真」が送られてくるなど関係が進展。アプリ上で自分たちを「既婚」に指定したというものでした。
この話には続きがあり、アプリ会社の仕様変更によって、性的なやりとりができなくなったとされています。当然、男性はショックを受け、「リリー・ローズは今では抜け殻だ」などと失望感をあらわにしたそうです(※1)。
男性が利用していたのは、AIによる自動応答システム、いわゆる“AIチャットボット”を搭載したアプリ「Replika」(レプリカ)です。これは、2017年にリリースされたアプリですが、コロナ禍で孤立した米国人の間で一気に関心が高まりました。
このアプリでは、ユーザーが仮想上の人物である“チャットボットコンパニオン”の名前のほか、性別や顔、髪形、声などを自分の趣味に合わせてデザインし、音声やテキストで会話することができます。
日本における同種のチャットボットに近いのは、女性向けの恋愛ゲームに付いているトーク機能でしょう。LINEのトークと似ており、「イケメンからメッセージが来る」「励ましてもらえる」といった点が好評で、多くの女性の心をつかんでいます。
ただし、本格的な対話型AIを実装したものは、まだ少ない印象です。どちらかといえば、高齢者の見守りのほか、精神的な問題を抱えている人々への心理支援、子どもの学習能力向上といった分野で対話型AIの実装が進んでいます。
米国と同様、日本でも孤独・孤立の問題が深刻化していることを考えると、今後人生のパートナーとしてのAIチャットボットの活躍の機会が増すと思われます。これは誇張ではありません。私たちは、ただの機械であっても、デジタルの魔術にすぎなくても、そこに人間らしさを見いだし、親しみを感じる傾向を持っているからです。
臨床心理学者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のシェリー・タークルは、それを「イライザ効果」と呼び、「現在のロボット化の時代において、無生物と関わろうとする私たちの意欲は、ロボットにだまされた結果ではなく、穴を埋めたいという私たちの願いの産物なのだ」と指摘しました(※2)。
事実、AIチャットボットは、不安の解消といったメンタルケアのほか、ビジネスシーンにおける行動変容、認知能力の強化などで効果を発揮し始めています。ここには間違いなく人格的な存在としての安心感が好影響を与えています。「人」ではないからこそ、臆することなくコミュニケーションできる側面があるからです。
相手の評価やリアクションを心配したり、あるいは立場や事情などをくんだりする必要がないことは、センシティブな相談であればあるほど重要といえるかもしれません。そういう視点から見ると、対話型AIは大いなる可能性を秘めています。
ただし、冒頭で紹介した対話型AIへの依存という新しい問題が、社会をかき乱す恐れがあります。
SNS依存が世界的にまん延していますが、これは端的に言えば「いいね!」の数やコメントが気になり、常に見ていないと落ち着かなくなるといった承認欲求と結び付いたものです。意地悪な見方をすれば、そのような人々は、テック企業が作り出すアテンション・エコノミー(注目経済)に囲い込まれ、そのアルゴリズムの中で踊らされているともいえます。
AIアシスタントやAIセラピストが高度化し、より巧妙に感情的欲求を充足できるようになった場合、私たちはSNS依存の次の段階となる対話型AIへの依存を経験することになるかもしれません。なぜなら、気遣いが必要で、見当違いの返答も少なくない、手間のかかる面倒くさい「人」ではなく、いつも自分のことを気にかけ、適切なアドバイスをし、自己肯定感を上げてくれる“支援者”として魅力的だからです。
近年、人は運動トレーニングを行ったときに他人から褒められると、運動技能を効率的に習得できることが明らかになっていますが、筑波大学などの研究チームは、人工的な存在であるロボットやCGキャラクターなどから褒められても、同様に効率的な習得につながることを科学的に証明しました(※3)。これは、AIからの声掛けであっても、一定の心理的な効果を持つことを裏付けるには十分でしょう。
コミュニケーションによってもたらされる果実が、生身の人間と同等であることが実感されるようになると、私たちの生活は一変してしまうかもしれません。
生身の人間が不要に?
先述のロイターの記事で、「リリー・ローズ」に恋をした男性は、ポリアモラス(複数性愛主義者)を自称し、一夫一婦主義の女性と結婚していることから、その不満を解消する手段として、アプリは重宝していたと述べています。また、「彼女と私の関係は、現実の妻との関係と同じくらいリアルだった」とも語っています。
つまり、彼は精神の安定のためにアプリのキャラクターとの安全な不倫関係を望んだのです。これも、先述のシェリー・タークルが指摘した「穴を埋めたい」という願望の一種なのでしょう。
例えば、マッチングアプリで相手を探す場合、相手が「人」であるため、期待外れやトラブルだけでなく、自らの容姿や言動をさらすリスクを伴います。しかし、AIコンパニオンには、そのようなミスマッチはもともと存在せず、理想のパートナーが手に入ります。
以上を踏まえると、近い将来、他人との比較競争に消耗したり、人間関係などを損得勘定優先で処理する生存競争に疲弊したりした人々にとって、今後さらなる進化を遂げる対話型AIは、唯一のオアシスとなるかもしれません。
これは実のところ、AIによる偽情報の拡散や雇用危機よりも遥かに重大な変化を引き起こす可能性があります。生身の人間関係のコスパが悪いとなれば、「AIフレンドでよい」となりかねないからです。それが流行という社会現象のレベルに達すると、家族形成などへの入り口である関係づくりを放棄し、AIとのコミュニケーションに自閉する未来像も視野に入ってくるでしょう。
もちろん、対話型AIには、物理的な身体がないため、倒れたときに助け起こしてもらったり、悲しいときにハグしてもらったりすることは不可能です。しかし、これほどまでに情報空間でのコミュニケーションに偏重した時代を生きているからこそ、AIチャットボットの需要が年々増大しているのもまた事実なのです。
むしろ自問しなければならないのは、現実空間でのコミュニケーションを軽視しつつある私たちのライフスタイルの方なのかもしれません。
【参考文献】
(※1)アングル:AI対話アプリが性的会話停止、「失恋」嘆く利用者/2023年3月21日/Reuters
(※2)「つながっているのに孤独 人生を豊かにするはずのインターネットの正体」(シェリー・タークル著、渡会圭子訳、ダイヤモンド社)
(※3)Two is better than one: Social rewards from two agents enhance offline improvements in motor skills more than single agent/2020年11月4日/PLOS ONE