【▲ESAが2023年7月に打ち上げ予定の「ユークリッド」宇宙望遠鏡の想像図(Credit: ESA/ATG medialab (spacecraft); NASA, ESA, CXC, C. Ma, H. Ebeling and E. Barrett (University of Hawaii/IfA), et al. and STScI (background))】


欧州宇宙機関(ESA)は2023年7月に「ユークリッド(Euclid)」宇宙望遠鏡を打ち上げる予定です。ユークリッド宇宙望遠鏡の目的は、私たちが直接見ることのできない「ダークマター(暗黒物質)」や「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」に関する情報を得ることだといいます。


「幾何学の父」にちなんで名付けられた宇宙望遠鏡

ユークリッド宇宙望遠鏡のプロジェクトは、ESAの長期計画「Cosmic Vision 2015-2025」にて2012年6月に正式採用された宇宙科学ミッションの1つです。同計画は私たち人間のような生命が誕生するための条件、宇宙の起源、宇宙を支配する法則などの探求を目的としており、2007年2月に公表されました。ちなみにユークリッド(Euclid)というミッションおよび宇宙望遠鏡の名称は、「幾何学の父」と称される古代ギリシアの数学者エウクレイデス(英:Euclid)にちなんで名付けられています。


【▲「ユークリッド」宇宙望遠鏡が観測対象とする領域(青色)を、NASAの「ガイア(Gaia)」ミッションが作成した全天画像に外挿した図。黄色はディープサーベイを実施する領域(Credit: ESA/Gaia/DPAC; Euclid Consortium. Acknowledgment: Euclid Consortium Survey Group)
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ユークリッド宇宙望遠鏡は、ダークマターとダークエネルギーについての情報を得るために宇宙論的赤方偏移が観測される遠方天体のサーベイを試み、宇宙の大規模構造を「地図化」しようとしています。赤方偏移とは、電磁波の波長が伸びる現象のこと。宇宙は全方位に膨張しているため、(天の川銀河に属する)私たちから遠く離れた天体から放射された電磁波には時空間の膨張にともなう赤方偏移が生じます。


ハッブルの法則によると、あらゆる銀河は私たちが属する天の川銀河から遠ざかっており、その銀河が遠くにあればあるほど遠ざかっていく速度(後退速度)が速くなるとともに、赤方偏移が大きくなるといいます。赤方偏移を計測することは、宇宙の膨張率や、宇宙の膨張を加速させていると考えられているダークエネルギーの強さを知ることにつながるといいます。


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ユークリッド宇宙望遠鏡が測定する2つの「カギ」

ユークリッド宇宙望遠鏡が観測の対象としているのは「弱い重力レンズ効果」と「バリオン音響振動」の2つです。


遠方の天体から放射された電磁波は、銀河や銀河団など質量の大きな天体の重力がもたらす「重力レンズ効果」によって進路が僅かに歪曲します。弱い重力レンズ効果を受けた光を観測することで、ユークリッドは銀河が密集する銀河団付近に存在すると思われるダークマターの分布を捉えることができるのだといいます。


いっぽう、バリオン音響振動(Baryonic Acoustic Oscillations: BAO)とは初期宇宙を満たしていたプラズマ内に存在する「ゆらぎ」に起因する音波のパターンのことで、宇宙の晴れ上がりの時期(ビッグバンから約37万年後)に放射された「宇宙マイクロ波背景輻射(Cosmic Microwave Background: CMB)」と宇宙の大規模構造の中にその痕跡が現れるといいます。宇宙空間では銀河同士がペアを組む傾向があり、その原因となる「ダークマターハロー」(ダークマターのかたまり)が形成される場所をBAOが決定づけるのだといいます。


また、銀河間の距離は宇宙が膨張するにつれて拡張していきますが、宇宙の膨張によらない「標準ものさし」としてBAOを利用することで宇宙の膨張に関する計量が明らかになるため、ダークエネルギーの時間変化までが明らかにできる模様です。


延期されていたユークリッド宇宙望遠鏡の打ち上げ


【▲ユークリッド宇宙望遠鏡の3Dグラフィックのアニメーション】
(Credit: ESA)


ユークリッド宇宙望遠鏡はサービスモジュールとペイロードモジュールという2つの要素から構成されています。ペイロードモジュールは直径1.2mの望遠鏡と可視光カメラ・近赤外線カメラ・分光器で構成されており、宇宙の大規模構造を示す地図の作成に使われます。


当初、ユークリッド宇宙望遠鏡はフランス領ギアナのギアナ宇宙センターからロシアのソユーズロケットで打ち上げられる予定でしたが、ロシアのウクライナ侵攻にともないギアナ宇宙センターでのソユーズロケット運用が停止したため、ユークリッドの打ち上げは延期されました。しかし今回、ソユーズロケットの代わりにスペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられることになったユークリッド宇宙望遠鏡は、米国フロリダ州のケネディ宇宙センターから2023年7月に打ち上げられる予定です。


打ち上げ後のユークリッド宇宙望遠鏡は、太陽と地球の引力や天体にかかる遠心力が釣り合う「ラグランジュ点」のひとつ「L2」を周回するような軌道「ハロー軌道」まで約30日かけて移動します。ハロー軌道に到達した後は約6年かけて全天の約36%を観測し、さらに1年かけて追加のサーベイを行なう予定ということです。


 


Source


Image Credit: ESA/ATG medialab (spacecraft); NASA, ESA, CXC, C. Ma, H. Ebeling and E. Barrett (University of Hawaii/IfA), et al. and STScI (background)SPACE.com - Euclid mission: ESA's hunt for dark matter and dark energyESA - Euclid overviewESA - Cosmic Visiondoi:10.1063/PT.3.3789 - Baryon acoustic oscillations: A cosmological rulerdoi:10.48550/arXiv.2108.01201 - Euclid preparation: I. The Euclid Wide Survey

文/Misato Kadono