ライバルが成功し、脅威となった時にはどうすれば良いのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「ライバルの長所を真似て吸収し、相手の差別化を打ち消して、自身の強みに変えることは競争の基本ともいえる有効な戦略だ」という――。

■「真似」はネガティブなことでない

前回の「無関心」(「少年ジャンプ+」はなぜ読み切り作品重視なのか…冷めた消費者を振り向かせる緻密な仕掛け)に続き、今回は「真似」というキーワードから、マーケティングの裏側を取り上げていこう。

日本では、特に近年、「オリジナルこそ正義」と考えるオリジナル信仰がますます強くなり、「真似」と聞くと反射的にネガティブなものに受け取られがちだ。しかし、「学ぶは真似る」という言葉があるように、真似の完全否定は、学ぶ姿勢を失うことにつながるといっても過言ではない。「人気の何か」や「価値ある何か」があったら、それらを学び、真似て取り入れることは悪ではなく、当たり前の姿勢であると考えた方が成長しやすくなる。

例えば、スポーツの世界では、成功者の真似は上達への近道だ。野球、サッカー、バスケットボール、テニス、陸上、水泳など、あらゆるスポーツの世界で記録が更新され続ける大きな理由は、偉大な先駆者の方法を真似て取り入れ、自分のものにしていくところにある。偉大な成功者の練習方法やトレーニング方法、プレーや戦術などを徹底的に分析し、優れた部分を真似て取り入れながら成長し、その先に自分の新しいオリジナルへ発展させることで、選手は進化を続けていく。

職人の技術の世界でも同様だ。昔ながらの職人の世界では、師匠が弟子に手取り足取り教えることはなく、頼れるマニュアルもない。その代わりに「目で盗む」が当たり前とされる。優秀な技術者のやり方を観察し、自分で真似てみて、コツを覚えていき、自分なりの技術に昇華させて、さらに向上させていく世界だ。

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■「真似」の先に「オリジナリティー」を生み出す

ビジネスでも、まったく同じことが当てはまる。第2次世界大戦後にさかのぼれば、多くの日本メーカーが、まず真似から始めることで飛躍を遂げた。自動車もバイクも家電も、欧米の先進的な製品を取り寄せて分解し、構造を学んで、長所を吸収して取り入れていった。ライバルの長所を真似て作り、そこに少しずつ差別化を加えていった製品を自社商品として発売する。これが、日本が世界に誇った「メイド・イン・ジャパン」の一歩目だったはずだ。しかし、日本の企業も人も、いつからかオリジナル信仰を持ちすぎるようになり、他の真似を敬遠するようになった。

だが、同業種のライバルでも、異業種の企業でも、優れた他社に学んで真似ることは、成長においても、競争においても、極めて重要だ。近年のビジネスを見ても、中国発のショート動画SNS「TikTok」が大流行すれば、すぐさま米国のYouTubeもInstagramも当然のようにショート動画機能を真似て取り入れている。ライバルの長所を真似て吸収し、相手の差別化を打ち消して、自身の強みに変えることは競争の基本ともいえる有効な戦略だ。新たな成功者が出てきたとき、すぐライバル視して真似できるかどうか。その判断の早さと実行力は、重要なスキルである。まず真似から始めて、真似の先にオリジナリティーを生み出せばいい。

■大ヒット漫画『呪術廻戦』

日本を代表する文化であり、一大コンテンツ・ビジネスでもある漫画の世界においても、過去の名作の優れた部分を真似て取り入れ、新しく組み合わせて「新たな面白さ」を生み出すことからヒットが実現されている。

過去の名作に通じる部分を持った「○○っぽい面白さ」や「○○に似ている面白さ」という評価は、何も悪いことではなく、ほめ言葉である。それだけ読者にとってなじみがあり、受け入れられやすい。その上に、新たなストーリー、キャラクター、セリフ、表現といったオリジナリティーが積み重なることで「新たな面白さ」に昇華される。

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その良い例として、週刊少年ジャンプで連載中の漫画『呪術廻戦』が挙げられる。『呪術廻戦』は、名作へのオマージュを意図的に取り入れていることでよく知られるが、新たな面白さを生み出していて、絶大な人気を誇る大ヒット作だ。

2018年3月から連載をスタートした『呪術廻戦』はすぐに人気を集めると、2020年10月から放映されたTVアニメ第1期でさらに火がつき、アニメ前に850万部だった発行部数が2022年8月には7000万部を突破するほど爆発的な人気となっている。2021年12月に公開された映画『劇場版 呪術廻戦 0』も大ヒットを記録し、興行収入は国内で138億円、世界全体では265億円を超え、2023年7月からは待望のTVアニメ第2期の放送が控えている。

■『BLEACH』や『幽☆遊☆白書』へのオマージュをあえて出す

『呪術廻戦』作者の芥見下々さんは、過去の漫画やアニメ、国内外の映画から受けた影響をたびたび公言しており、それらへのオマージュを作品に散りばめている。中でも、久保帯人さんの『BLEACH』、冨樫義博さんの『幽☆遊☆白書』や『HUNTER×HUNTER』へのオマージュは色濃く、あえて近い構図を採用したり、登場人物のセリフに出したりしている。

芥見さんと久保さんの対談では、初めてあいさつした折、芥見さんが「『BLEACH』に影響を受けて漫画を始めたんです」と言ったところ、久保さんが「いや、冨樫さんだろ」と返したエピソードが語られている(『呪術廻戦 公式ファンブック』「特別対談 芥見下々×久保帯人」220ページより)。また、芥見さん自身で「どこかで見たことのある作風に定評がある」と、ある種、自虐的に面白く書いているほどだ(スピンオフ小説『呪術廻戦 逝く夏と還る秋』のプロフィール欄より)。読者は、「どこかで見たことのある作風」や名作へのオマージュを分かったうえで、それでも『呪術廻戦』に新たな面白さを感じて楽しんでいるからこそ、大ヒット作になっている。

■韓国のビジネスモデルをまねたJINS

機能性とデザイン性、そしてコストパフォーマンスに優れたメガネで、メガネの常識を変え続ける「JINS」は、韓国におけるメガネのビジネスモデルを真似ることからスタートし、その先でオリジナリティーを生み出すことによって飛躍を遂げたブランドだ。

JINSの誕生のきっかけは、2000年、もともと雑貨店を経営していた創業者が、出張で韓国を訪れた際に3000円で売られているメガネに出会ったことにある。当時の日本では安くても3万円はするメガネが、10分の1の低価格で売られていて、なおかつ15分ほどで購入できることに衝撃を受けた。

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日本では「メガネは高価格」が当たり前だったのに対して、韓国ではなぜそれほど安く、早くメガネの販売が実現できるのか。疑問に思って調べてみると、それまでの日本におけるメガネ作りは、業界の流通経路が複雑で、中間コストと利幅が大きいために高価格になっていたことが分かった。そこで、不要な中間コストを徹底的に削減し、企画・製造・販売を自社ですべて行うことで、「優れたメガネを安く売る」韓国モデルを真似てビジネスをスタートさせた。

■後追いライバルとの差別化

1つ5000円のメガネの販売を始めると、すぐに話題を呼んで飛ぶように売れた。しかし、同じように真似て後追いしてくるライバルが続々と増えてくると、格安メガネの競争が激化し、韓国モデルの真似だけでは差別化ができなくなっていった。真似の先のオリジナリティーが必要になったのだ。

そこでJINSは、「メガネをかけるすべての人に、よく見える、よく魅せるメガネを、市場最低、最適価格で、新機能・新デザインを継続的に提供する」というビジョンを掲げ、メガネの王道で勝負する覚悟を決めて、新しい価値の創出にチャレンジしていった。そうして生み出されたのが、これまでにない軽さを追求した軽量メガネ「Airframe」である。スイスの医療機器用素材メーカーの開発した、軽くて安全で、弾力性と復元力に優れた素材と、日本人の顔に合うよう研究された抜群のフィット感が評判を呼び、2009年の発売直後から人気を集め、累計販売本数が2200万本を突破するほどの大ヒット商品になった。

その後、「Magnify Life」にビジョンを更新し、「人々の生き方そのものを豊かに広げ、これまでにない体験へ導く」を目指して、さらに幅広く、視力の良い人にとっても価値あるメガネを次々と生み出していっている。パソコンやスマートフォンのブルーライトをカットすることで目の負担を軽減する「JINS SCREEN」。花粉や飛沫が目に入ることを防ぐ「JINS PROTECT」。まばたきや視線、身体の動きを計測するセンサーを搭載し、専用アプリと連動することで心身の健康をサポートする「JINS MEME」。こうした新しい機能性を備えたメガネを通じて、新たなニーズを創造している。JINSは、韓国モデルの真似から始め、その先にオリジナリティーを生み出し、成功をつかんだ好事例といえる。

■ライバルを真似て多岐なサービスを展開するスターバックス

1996年の上陸から、日本で1700店舗以上を展開する最大のコーヒーチェーン「スターバックス」は、世界では3万4000店舗を超えてさらなる拡大を目指している。スターバックスは、店舗作りやメニュー開発においてオリジナリティーを重視しているが、強力なライバルの出現に際しては、そのライバルのサービスを真似ることで対抗している。

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小説『白鯨』に登場する航海士「スターバック」にちなんで名づけられたスターバックスは、1971年にアメリカ西海岸のシアトルで1号店をオープンさせると全米に店舗を拡大していき、北米エリア以外で初の出店となった日本の第1号店は1996年に銀座でオープンした。お茶文化のある日本でも普及を進め、薄味なアメリカンコーヒーのイメージを変えて、味わい深いおいしいコーヒーとして、朝の目覚め、食後の一杯、仕事のお供など、多くの人のライフスタイルに浸透している。

スターバックスの魅力は、日替わりでさまざまな豆を楽しめるラインナップ、豊富なカスタマイズ・サービス、期間や地域を限定したフラペチーノなどの新味、そして自宅・職場に続く3つ目の落ち着ける空間「サードプレイス」の提供など、多岐にわたる。商品開発においては、流行を追うよりも、季節性や地域性を重視した限定味や、スターバックスらしさを追求した他にはない味が重視されている。その一方、強力なライバルが出現すれば、すぐにそのサービスを真似て対抗する柔軟さも持ち合わせている。

■サードプレイスが売りだったスターバックス

スターバックスは、中国にコーヒー文化を根付かせた立役者でもある。1999年、北京に中国1号店をオープンして以来、約6000店舗まで展開を拡大させている。しかし、中国では近年、新興のカフェ・ベンチャーが続々と現れ、スターバックスの強力なライバルとなっている。中でも、創業時からスターバックスを名指しでライバル視し、2018年からわずか5年で約7000店舗と、中国最多の店舗数を展開するまでに飛躍を遂げているのがラッキンコーヒー(瑞幸珈琲)だ。

サードプレイスとしてゆっくりくつろげる空間の提供を特徴とするスターバックスとは対照的に、ラッキンコーヒーは、テイクアウトとデリバリーが主で、事前のモバイルオーダーによって待ち時間0で安くておいしいコーヒーを提供することが特徴だ。そのため、ラッキンコーヒーは大型店舗を構える必要がなく、数人の従業員が入れるキッチン・スペースと受け渡し窓口さえあれば十分で、オフィス街のビルの小さなスペースに座席なしで出店するなどして店舗を急拡大させた。

■ラッキンコーヒーを真似てモバイルサービスを開始

このラッキンコーヒーのマーケティング戦略と猛烈な成長スピードを受け、スターバックスはすぐにライバルのサービスを真似て対抗した。2018年8月、スターバックスはアリババと手を結んでコーヒーのデリバリーサービスを開始し、モバイルオーダー・サービス「スターバックス・ナウ」も始め、世界初となるテイクアウト専門店まで北京にオープンした。こうした取り組みは、サードプレイスを重視してきたスターバックスにとって自己否定にもつながりかねないものだが、そこまでしなければならないほど、ライバルの脅威が大きく、相手の差別化を早急に打ち消す必要があったといえる。

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モバイルオーダーによる事前注文やデリバリーサービスの拡充、テイクアウト専用のウォークスルー型店舗の拡大などによって、中国市場でライバルたちと真っ向勝負を繰り広げているスターバックスは、中国における出店ペースの加速を発表しており、2025年までにさらに3000店舗を増やし、9000店舗の展開を目指している。そして、この中国市場での戦略を世界各国に広げていく方針で、ウォークスルー型店舗も含め、2030年までに店舗数を1.7倍の5万5000店舗まで急拡大させる野心的な目標を掲げている。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。
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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)