リビングで寛ぐ夫が「明日、忘年会で遅くなる」と一言。それが“女との密会”であると、妻が見抜いたワケ
「2人は、幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
…本当に、そうでしょうか？
今宵、その先を語りましょう。
これは「めでたし、めでたし」から始まる、ほろ苦いラブ・ストーリー。
▶前回：ついにプロポーズされ義両親との顔合わせまで漕ぎつけたのに…。彼の母親を見た瞬間、女が絶句したワケ
Episode12：ハッピーエンドの行く先は
「それではここで新郎新婦のご友人、三浦純也さんからお祝いの言葉を頂戴したいと思います」
司会者の言葉に、会場は盛大な拍手に包まれる。
そう言って紹介された純也は、席からスッと立ち上がる。すると私の女友達は皆、彼に釘付けになった。
「…ねぇ、かっこよくない？」
それもそのはず。高校時代、雑誌の読者モデルをしていた純也。さらに今では、イケメン経営者としてメディアに取り上げられるほどなのだ。
こちらへ近づいてくる彼に、私の心臓はドクドクと早鐘を打ち始める。なぜなら純也は、小学校から高校卒業までの12年間、私が片思いし続けた相手だから。
そんな私の様子に気づいていない彼は、マイクを握ってこう言った。
「…タクちん、ショコ。ご結婚おめでとうございます！」
幼稚園から変わらないあだ名で、私たちのことを呼ぶ純也。
「タクちんとは3年前の年始に会ったけど、ショコと会うのは高校卒業以来ですね。とても綺麗です」
彼の言葉に胸が高鳴る。…最低だ。匠の妻になろうとしている私が、こんな気持ちになるなんて。
私は純也の横顔を見つめながら、彼らと過ごした日々のことを思い返していた。
初恋の記憶
純也と匠に出会ったのは今から23年前、5歳のときだ。3人とも家が近く、私たちはよく一緒に遊んでいた。
「ジュンジュン、またラブレターもらったの？」
ハートに折られた手紙を右手に隠していた純也を、匠と私が茶化す。すると彼はこう言った。
「…オレ、女に興味ねーし！」
純也は世田谷にある豪邸に、祖父母と母親の4人で住んでいた。
「タクちん、ショコ！遊ぼうぜ！」
そして彼の家へ遊びに行くと、元アナウンサーのママがいつも花束みたいなケーキを出してくれたのだ。
それは隣の団地に住んでいた私や匠の家では、絶対に出てこないような高級菓子だった。
そして純也はいつも、ラルフローレンかバーバリーの襟付きシャツを着ていたのだ。彼がとびきりお金持ちの家の子であることは、5歳の私でもよく理解していた。
その後、私たち3人は同じ小学校に進学。
彼は運動神経抜群なムードメーカーでかなりモテたけれど、女子とはほとんど話さなかった。幼なじみの私だけが特別だったのだ。
◆
そんな2学期の、ある朝のこと。
登校すると大勢のクラスメイトがうさぎ小屋の前に集まっていて、女子たちが涙を流していた。みんなで育てていたうさぎが死んでいたのだ。
「うさちゃんが死んでる…」
最初は悲しんでいたクラスメイトだったが、悲しみは次第に怒りへと変わっていった。
「誰かが餌をやり忘れたせいじゃない？」
「餌やり当番は誰？」
「…ショコだろ！」
誰かが叫んだ。
…そう。前日の餌やり当番は、私だった。
私は入院していた祖母のお見舞いに気を取られ、放課後の餌やり当番をすっかり忘れていたのだ。
「ショコ！お前のせいだ！」
うさぎが死んだのは私のせいだと、クラスのみんなが責め立て始めたそのとき。
「中原祥子さん、至急職員室に来てください」
私は校内放送に呼ばれ、その場を立ち去った。
「えっ、おばあちゃんが…？」
「そう。今すぐ病院にって。お母さんがもうすぐ迎えに来るから、帰り支度をして」
職員室に呼ばれた私は担任の先生から祖母の危篤を知らされ、急遽早退した。登校したのは、それから3日後のこと。
「ショコ、大丈夫？」
学校に着いて、真っ先に声をかけてくれたのは匠だった。
「私のせいで、うさちゃんが…」
泣きそうになっている私の肩を、匠は優しく叩いてくる。
「ジュンジュンが、お墓作ってくれたんだ。お花、お供えにいこう」
「…え？」
その後、誰も私を責めなかった。そして気づいたのだ。
あの日、純也が「みんなでお墓を作ろう」と提案してくれたこと。彼は、餌やり当番を忘れていた私をかばってくれたこと。
私が人生で初めて恋をしたのはこのときだった。小学生ながら「こんな優しい人と結婚したい」と思ったのだ。
それから高校卒業までの12年間、私はずっと純也に片思いをしていた。…告白は一度もできなかったけれど。この関係が壊れてしまうことが、何よりも怖かったのだ。
それに純也は告白される度に「オレ、女に興味ねーし！」と言って片っ端から断っていた。
だから彼女にはなれなくても幼なじみという特別な関係性でいられるなら、それでいい。そう思っていたのだ。
そんな日々は、ある日突然終わりを迎えたのだけれど…。
高校生活、最後の冬。別々の高校に通っていた3人が久しぶりにファミレスで集合したときのことだ。
「ジュンジュン、またラブレターもらったの？」
手紙をカバンの中に隠し持っていた純也を、匠と私が茶化す。この日もきっと「…オレ、女に興味ねーし！」と言うと思っていた。…しかし。
「この子と、付き合おうと思ってる」
「えっ？ほんとに？」
「あぁ。好きだし」
相手は、小柄で可愛いと有名な同級生だった。
「まじか〜！初彼女じゃん、おめでと！」
私が強がって発したその言葉に、純也は視線を落とし「ショコ、タクちんと仲良くな」と言い残して去っていったのだった。
― 私は幼なじみで、ジュンジュンの特別。
そんな優越感に浸って、彼に告白することなく12年間も片思いを続けてしまった。そして最後はあっけなく失恋したのだ。
あれから10年。高校卒業とともにフランス留学をした純也と会うことはなかったが、匠とは定期的に会っていた。そして彼から「ずっと好きだったんだ」と告白され、昨年プロポーズを受けたのだ。
13年目の真実
「え〜、タクちんとショコとの思い出はたくさんありますが…」
我に返ると、純也はマイクをギュッと握って私たちとの思い出を語っていた。
「特に思い出に残っているのは、うさぎ小屋事件です。小学生のとき、クラスのみんなで育てていたうさぎが死んでしまって。みんなが『餌やりを忘れたショコのせいだ！』と、責め始めたんです」
先ほど頭に浮かんだシーンがまた、リフレインする。
「そのときでした。タクちんが『俺がショコと餌やり当番を代わったから、俺のせいだ』と、彼女をかばったんです。その後タクちんはみんなに責められましたが、最後まで優しい嘘をつき通しました」
「…えっ」
純也の言葉に、思わず声が漏れる。
― かばってくれたのは、ジュンジュンじゃなかったの？
「タクちんは、ショコのためなら優しい嘘がつける。そんな男です」
その言葉に、私は溢れ出る涙を止めることができなかった。
― あぁ。私の初恋の相手は、タクちんだったんだわ。
◆
あれから5年。
「2人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
3歳になる娘を寝かしつけた後、私はリビングに向かう。時の流れは残酷で、私たち夫婦が会話をすることはすっかりなくなってしまった。
「…あ、そうだ。明日俺、忘年会で遅くなるから」
テレビに目をやったまま、匠が言った。
― それも嘘、でしょ？
「ねぇタクちん。これは、優しい嘘？」
「え？なに？」
「…ううん、なんでもない」
匠のスマホに表示されている『明日会えるね♡』の文字。それを呆然と見つめながら、私は純也が結婚式で言った言葉を思い出していた。
― タクちんは、ショコのためなら優しい嘘がつける。そんな男です。
Fin.
▶前回：ついにプロポーズされ義両親との顔合わせまで漕ぎつけたのに…。彼の母親を見た瞬間、女が絶句したワケ
▶1話目はこちら：絶対に家へ招いてくれない彼。不審に思った女が、自宅に突撃した結果…
