Vol.209 お求めやすい価格で登場した新「Ultimatte 12」シリーズをレビュー。新型のパワフルな機能は?[OnGoing Re:View]
はじめに
Ultimatteが刷新されて、「Ultimatte 12」シリーズとして突如発売されました。
- Ultimatte 12 HD Mini
- Ultimatte 12 HD
- Ultimatte 12 4K
- Ultimatte 12 8K
と、ニーズに合わせて4製品。衝撃的だったのは、その価格。棲み分けもよくできているという印象。HDでまだまだ充分なコンテンツが多い中、そのニーズに留まるなら、と極低価格でのリリース。これまでの4K対応のUltimatteは4Kと命名され、これまで100万円に届こうという価格帯だったUltimatteが半額以上の幅で値下げされたのです。
2017年に当時300万円近くしたUltimatte 11を100万円ほどに値下げしましたが、それを超える衝撃でした。
ハイエンド向け8Kはこれまでの製品を超えるインパクトがあり、価格はこれまでのクラスだが、スペックが大幅に上がって8K対応なので納得。
昨今のバーチャルプロダクションと呼ばれるリアルタイム合成の隆盛において、ますますその重要性が増しているのがリアルタイムキーヤー。その元祖であり究極のUltimatteが、コンシューマーに手が届く価格に展開してきたことは意義が大きいと思います。
この写真は、Ultimatte HDと4K、Smart Remote 4をセットアップしたところです。左から2番目の小さく座っているのがUltimatte HD。一番左がSmart Remote 4、その下にUltimatte 12 4Kが置いてあります。Ultimatte HDの小ささが際立ちます。Smart Remote 4は、イントラネットを使って4台までのUltimatteをコントロール可能。複数のカメラで撮影する際、Ultimatteが複数台必要になっても対応できるというわけですね。
やはり、目玉はUltimatte HDです。この価格、この小ささは、一家に一台といっても良いくらい。その真偽はこのあとを見ていただいて、ぜひ皆さんに決めていただきたい。
バーチャルプロダクション(リアルタイム合成)とリアルタイムキーヤー
今、バーチャルプロダクションというと、巨大なLEDの前で演技をしている姿を撮影することが想像されると思います。しかしながら、ちょっと前まではバーチャルプロダクションといえば、グリーンバックの前でカメラの動きに連動されたCGとリアルタイムにキーイング合成をすることでした。
バーチャルプロダクションの言葉が先行したので、違いが分からなくなると困るという流れが生まれ、LEDの前で演じて背景との合成を完成することを「カメラの中で完成させるVFX《合成》」ということで「In Camera VFX」と呼ぶようになりました。
LEDの前で演じて撮影するIn Camera VFXは、演技者、並びに見ているスタッフがシーンの完成形を見ながら進められる点で非常に強力で、クリエイティビティを刺激するでしょう。だからこそ、技術会社がこぞって参入し、デベロッパーも「In Camera VFXだ!」と突き進んでいます。
もちろん、予算の都合や、あとから加工作業が必要な場合は、昔ながらのグリーンバックでの合成は捨てがたいテクノロジーです。そうした際に、背景の処理を行う選択肢は2つです。
- これまで通り、マーカーをつけたグリーンバックとカメラワークを撮影し、カメラの動きをあとから解析、背景を合成する方法
- 今現在主流となりつつあるカメラの動きをリアルタイムに記録し、それに合わせてリアルタイムエンジンをつかってシンクロした背景を出力し、合成する方法
合成する際に必要なのはグリーンバックを処理するキーヤーです。1はプリレンダー用のキーヤーで時間を掛けて合成します。2はリアルタイムキーヤーを使って、その瞬間に合成します。
In Camera VFXではすべての人が裸眼でステージを見れば結果が分かります。一方、グリーンバックによるリアルタイム合成は、合成結果を出力しているモニターを見ないと結果が分かりませんが、導入コスト、既存の設備の再利用、などの視点から「枯れた技術の水平思考」という名言のように安定した結果をもたらします。
そのグリーンバックによるリアルタイム合成を支えるリアルタイムキーヤーの業界標準が、Ultimatteです。
筆者が映像業界に携わったのが1999年。その前はアナログの権化的なミュージカルの舞台で歌い踊っていました。
で、Ultimatteといえば、すでに当時で業界のメインストリームでした。日本テレビ辺りが早めに導入し、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった女性アナウンサーを使って放送をしたのが話題になりました。
その勢いを借りて、Ultimatteのバージョンは失念しましたが、関わらせていただいた映像学校で、シリコングラフィックス社のO2というワークステーションと連携して動くUltimatteを使ってお天気お姉さんのまねごとを地方からやってくる卒業旅行生に体験していただく、という企画をやった記憶があります。
そんな昔から一線級の機材だったUltimatte。
それがついに若手クリエイターに手を出してもらえる価格帯で出てきたのがすごい。
Ultimatte、UltimateをもじってUltimatteと名付けたセンスもニクいです。Ultimatteがなぜここまでの地位を獲得したのか、そして新型になって何が変わったのか、そのパワフルな機能をざっと見ていきましょう。
「Ultimatte Software Control」新しいグラフィカルUIのアプリケーション
これまで、Smart Remort 4というコントロールサーフェスがないと非常に操作が煩雑だったUltimatte。
Blackmagic Designは今回、そのSmart Remote 4のUIをそっくりそのままアプリケーションにしてIPアドレス経由でUltimatteをフルコントロールできるようにしました。そう、新しいアプリケーションでPC、MacでグラフィカルUIでの調整が可能になったのですね。
それぞれのメニューは、上段に「MATTE」「FOREGROUND」「BACKGROUND」「LAYER」「MATTE IN」「SETTING」と大分類がならび、その下に細かい調整項目が並びます。調整には左右に配置されたノブをまわします。最下部には、MONITOR OUTPUTにどの信号を送るかが選べるようになっていて、合成時の確認に重宝します。
この配置はまさにSmart Remote 4の配置。慣れれば、直感的に素早く操作を行うことができますね。
ここで誤解がないように付け加えたいのが、Smart Remote 4という物理的に形を持ったコントローラーの有用性です。DaVinci Resolveにとっても、コントロールサーフェスがあると作業効率が大幅に上がるように、Ultimatteも業務レベルの現場において、強力なツールとなることは間違いなしです。
今回のバージョンアップでUltimatte Software Controlが、まずはとっかかりで触りやすくしてくれ、敷居がグッと下がったことは喜ばしいが、Smart Remote 4がディスコンにならないことを切に願う次第です。
良く練られたユーザーエクスペリエンス
Ultimatteは、入力する配線さえ間違えなければ(ここが結構悩みの種だが)初期の作業に、難しいことは要らないようになっています。
INPUTSグループは下段がInput、上段はスルーアウトになっています。OUTPUTSグループは、それぞれ2ライン出力されています。エンジニアとクライアント向けに本体のみでそれぞれパラレルで送れるのはかなり利便性が高いといえます。
Ultimatteは、簡単な4ステップを踏むだけで息を飲むような合成結果が得られます。マニュアルからいくつか抜粋加筆してUltimatteの使い良さを紹介しましょう。
フォアグラウンドの背景色の設定
何はともあれ、立てたスクリーンが何色かを教えなければ始まらないので、教えてあげる必要があります。デフォルトでは緑が設定されていますが、ときどきにおいて、他のカラーを指定する必要が出てくるので、最初はこれを確認する癖をつけておくと良いでしょう。
「SETTINGS(設定)」ボタンをクリックして設定メニューを開きます。
FUNCTIONSセクションで、背景色に合わせて、Red、Green、Blue Backingから任意の色を選びます。ステータスバーの「Backing Color(背景色)」インジケーターが、選択した色に変わっていることが確認できます。
FUNCTIONSセクションで背景色を赤、緑、青から選択、背景色が設定されると、Ultimatteは自動合成を実行し、その結果がプログラム出力およびUltimatteのフロントパネルLCDで確認できます。MONITOR OUTPUTセクションの「Program」を選択すると、プログラム出力を選択でき、モニター出力に接続されているモニターにイメージが表示されます。
背景スクリーン補正の設定
背景スクリーン補正は、合成界隈ではリファレンスとかクリーンプレートとか言われているものですね。何もない状態に何かが入ってきたら、それが対象物だからキーイングの対象として認識します。他は黒に塗りつぶす、という動きをさせるためのガイド画になります。Ultimatteではそういったものも活用して、精度を上げるようになっています。
シーン内のフォアグラウンドの全エレメントを取り除き、背景となるスクリーンだけが見える状態にします。
メインメニューで「MATTE(マット)」ボタンを選択します。
GROUPSセクションで「Matte Process(マットプロセス)」を選択します。
FUNCTIONSセクションで「Screen Capture(スクリーン・キャプチャー)」ボタンをクリックします。これによりグリーンバックのスナップショットが保存され、これを基にスクリーン補正を生成します。
全てのフォアグラウンドのエレメントをシーンに戻します。
「Screen Correct(スクリーン補正)」ボタンをクリックします。Ultimatteは、キャプチャーされたイメージに対するフォアグラウンドのエレメントを分析して、最適なマットを決定します。
マット濃度の設定
マットを微調整する際、最初にコントラストの調整を行うのがベストですね。曖昧な黒、いわゆるグレー味を帯びた黒を、しっかりとした黒にします。
メインメニューで「MATTE(マット)」を選択して、マットの設定を開きます。
「Matte Density(マット濃度)」コントロールノブを反時計回りに回して、マットの濃度を下げます。黒いシルエットの中にグレーの領域が見え始めるまでノブを回します。
次にグレーの領域が見えなくなるまでマットの濃度を上げます。グレーの領域が消えると同時に調整を止めることが重要です。調整を最小限に留めることで、合成が一層リアルに仕上がります。これは、合成の微調整を行うほとんど全てのコントロールにおいて同様です。
上記の調整の結果、ほぼ完璧な合成がプログラム出力に表示されているのが確認できます。
完璧な合成を作成する
写真の合成結果とマスクは、背景スクリーン補正を取ったあと、すべて初期値のポン出しです。影が微妙に残っており、きちんと処理すれば、それを生かした合成も可能です。
最初からこれだけのクオリティを出してくれているのをご覧になったら、ちょっとの調整だけで済みそう、と実感していただけると思います。
上記の3ステップで簡易な合成なら出来上がり!というくらいの出来映えになるUltimatte。そこからもっとクオリティを上げるために、様々な調整項目があります。
マットの調整
「Black Gloss(ブラックグロス)」設定を用いて、フォアグラウンドの暗い領域でキーイングしているハイライトを除去することで、内部マットをさらに完璧に近づけます。マットコントロールを調整することで、合成が白く霞がかかって見える場合があります。これは、時間の経過と共に埃が溜まったり、スタッフがセットの変更を行う際に生じる擦れ跡など、環境に対するわずかな変化により生じます。Veil(ベール)設定は、この白い霞を除去する上で役立ちます。しかし、霞が目立つ際にはセットを掃除したり、ブルー/グリーンバックの一部を塗り直す必要がある場合もあります。
クリーンアップ(Clean Up)の調整
クリーンアップ設定では、ブルー/グリーンバックの欠陥(擦れ跡、つなぎ目、不要な影、電子ノイズ、スクリーン残留など)を除去できます。クリーンアップ設定を調整することで、スクリーンを電子的にクリーンアップします。これらのコントロールは控えめに使用することを推奨します。多用すると、最終的な合成は境界がくっきりし過ぎた切り抜きのようなイメージになります。
フレア(Flare)
フォアグラウンドをキーイングする際に、Ultimatteは自動的にスピル抑制を実行します。スピルとは、フォアグラウンドのエレメントにグリーンバックの色が反射することで、エレメントの色が変わってしまうことです。フレアコントロールでは、スピル抑制を微調整できるため、フォアグラウンドのエレメントの本来の色を取り戻すことができます。
アンビエンス(Ambiance)
アンビエンスコントロールを調整することで、バックグラウンドの色がフォアグラウンドのレイヤーに微妙に影響を与えるため、フォアグラウンドの被写体が環境に自然に溶け込みます。
カラーコレクション
合成の異なるレイヤーの明るさ、カラー、コントラスト、彩度を個別に調整することで、よりリアルにブレンドします。フォアグラウンドのイメージのカラー、明るさ、彩度を調整する場合は、レンズのアパーチャーなどのカメラの設定を変更するよりも、Ultimatteのカラーコレクション設定を使用することを推奨します。これは、カメラでの変更はキーにも影響するからです。
バックグラウンドおよびレイヤーのその他の設定
バックグラウンドおよびレイヤーのその他の設定を使用すると、照明エフェクトなどのエレメントを合成に追加できます。例えば、スポットライトが出演者を照らしているようなエフェクトを作成するには、スポットライトのエフェクト用のイメージをレイヤー入力に接続します。次に、そのイメージをフォアグラウンドレイヤーにブレンドします。
マット入力のその他の設定
合成に追加のマットを加えます。例えば、ガベージマットを追加することで、不要なフォアグラウンドのエレメントを除去できます。あるいは、ホールドアウトマットでは、特定のフォアグラウンドの領域をキーイングしないようにできます。UltimatteのMATTE IN設定の「Window(ウィンドウ)」コントロールを用いて、大まかなウィンドウを作成したり、メディアプールに読み込んだカスタムマットのイメージを割り当てることで、精度の高いキーイングが実行できます。マットの改善、キーの強度の調整、レイヤーのブレンド、最終的な合成の作成や微調整に使用できる高度な設定やツールが他にも多数搭載されています。
注目すべき機能
さて、この写真を改めて見ていただくと、グリーンバック撮影の経験者には直ぐに気づかれる、恐ろしい状況だということが分かることでしょう。
壁面と、床面のグリーンの色味が全く違うのですね。こうした場合、どちらかを優先したキーを、その反対を優先したキーと混ぜて使用します。なので、同時にキーヤーが二つ動いていなければいけない訳です。しかしながら高価なキーイング機材を2つも同時に用意するのも中々大変。
しかしながら、UltimatteはScreenSampleというメニューから、Dual Sampringという2つのキーの濃度を同時に扱えるモジュールがあります。
具体的には下記のごとく操作します。
シングルサンプリングを使用する:
- メインメニューで「MATTE」が選択されている状態で、「Screen Sample」に行きます
- 「Wall Cursor Position(ウォール・カーソル位置)」ボタンをクリックします。フォアグラウンド入力に切り替わり、画面上に小さな四角のカーソルが表示されます
- カーソルの上下左右の移動はコントロールノブで行います。サンプルは、重要なディテールが含まれている領域付近の壁から取ります。これは、多くの場合、髪の毛です。残したいディテールを含む領域は避けてください
- 「Sample Wall(壁をサンプリング)」ボタンをクリックし、これらの値を新しいリファレンスとして保存します。モニター出力は、最後に使用していた設定に戻ります
シングルサンプリングがWall Cursorというのが面白いですね。基本的に、最初に壁の(対象物の背後の)色をリファレンスするのは理に適っています。
しかし、どうしても足下が違った素材のグリーンになるのは致し方ない。だって、踏みしめられるわけですから、壁のグリーンがペイントでも、床はパンチカーペットとか、塗っても直ぐに駄目になって塗り直して、乾き待ち、でもムラができちゃってたり。
どうしても壁とは違ったサンプリングがしたくなります。そこで、デュアルサンプリングの出番です。
デュアルサンプリングを使用する:
- メインメニューで「MATTE」が選択されている状態で、「Screen Sample」に行きます。「Dual Cursor」をクリックして、デュアルサンプリングを有効にします
- 「Wall Cursor Position(ウォール・カーソル位置)」ボタンをクリックします。フォアグラウンド入力に切り替わり、画面上に2つの小さな四角のカーソルが表示されます
- カーソルの上下左右の移動はコントロールノブで行います
まとめ
Ultimatteの概要が掴めて、いざというときのクイックリファレンスになるようにと意識してマニュアルからの引用を多く行いました。重要な部分とアイディアがどこにあるかという点でとっかかりとしていただき、使い込む際にはマニュアルをよく読むことを強くおすすめします。
Ultimatteの白眉は、FlareとAmbiance、Dual Sampringでしょう。
スピル抑制の微妙なコントロールは対象物を際立たせることに役立ち、背景の色味を微妙に対象物に加味できることで、パッキリとした合成から背景に馴染んだ合成をすることができます。それもこれもベースになるグリーンバックも、壁面と床面で色が違った際にも対応できてのこと。
ますます増えていく映像コンテンツのニーズに、新たにグリーンバック合成技術の民主化が始まりました。Ultimatteというデファクトスタンダードがその急先鋒となりました。
いかがでしょうか、一家に一台のリアルタイムキーヤー。
Ultimatte HDは、映像発信をしたい人のマストアイテムになると思います。とはいえ私は、4Kをゲットしたいと思っていますけれども。