87年前の1935年11月24日、広島県のローカル線「呉線」が全通しました。

軍港都市のアクセス路線


呉線で使用される227系電車(画像:写真AC)。

 今から87年前の1935(昭和10)年11月24日。広島県の三原駅と海田市駅をむすぶローカル線「呉線」が全通を迎えました。

 明治時代から呉には海軍の鎮守府が置かれ、軍港都市として栄えました。その呉を広島とつなぐべく、1903(明治36)年に呉までが開業。そこから東へ延伸していくのは1930年代になってから。三原からは「三呉線」が伸びていき、ようやく両線の接続が果たされたのです。

 1925年4月時点のダイヤを見ると、ほぼ全列車が広島〜呉の直通運転で、1日16往復でした。

 戦後すぐの1946年には、本四連絡船のひとつ「仁堀航路」が営業開始。約36年にわたり、四国行きの玄関口のひとつとなっています。

 全通後は山陽本線の厳しい峠越え「セノハチ(瀬野〜八本松間)」を避けるため、夜行含む急行列車が呉線経由となることもありました。1967年10月時点では、急行「音戸(新大阪〜下関)」、「ななうら(京都・大阪〜広島)」、「安芸(東京〜広島)」、「吉備(岡山〜広島)」「にしき(岡山〜岩国)」と、まさに百花繚乱の状況でした。