●有料は考えず「皆さんに楽しんでもらうことがメディアの役割」

4年に一度のサッカーの祭典「FIFAワールドカップカタール2022」が11月20日に開幕する。4年前のロシア大会はNHKと民放各社が全64試合を生中継したが、今大会は地上波では全試合放送されず、ABEMAで全64試合無料生中継される。3月にABEMAが発表して以降、サッカーファンから「救世主」との声が上がっている。全試合生中継を決断した思いや今後への期待について、サイバーエージェントのABEMA「FIFA ワールドカップ カタール 2022」統括責任者・野村智寿氏に話を聞いた。



ワールドカップ中継を決めた理由やタイミングついて、野村氏は「昨年の後半にお話があって、最終的には年が明けてから決めました。ABEMAとして今までで一番大きな投資であり、チャレンジになりますが、大きなチャンスがあればトライしたいという思いは常々あり、開局からいろいろな生中継を行ってきましたし、グループ全体の状況も含めて今ならいけるのではないかということで決断しました」と説明。

「“新しい未来のテレビ”と掲げ、テレビのいいところを引き継いだ上で、今の時代に合ったメディアの在り方を考えていくと、ABEMAは地上波放送のように制限があるわけではないので編成の自由度があり、相性がいいなと感じているのが中継で、中継といえばスポーツがある。そういう意味でスポーツに力を入れつつある中で、すごくいいタイミングだと思っています」とも話した。

有料配信という選択肢もあったと思うが、当初から全試合無料生中継と決めていたという。

「64試合生中継だけでなく、見逃し配信やマルチアングル映像などの機能も無料。とにかくワールドカップをたくさんの方に楽しんでもらいたいという思いで、最初から無料でいこうと考えていました」

国民的行事を多くの人たちに届けることがメディアとしての使命であるという考えから、無料という決断に。「ワールドカップは世界的なイベントで公共性はすごく高い。皆さんに楽しんでもらうことがメディアの役割でもあると思います」

以前は地上波で当たり前のように放送されていたものが見られなくなりつつある。7大会連続ワールドカップ出場を決めたアジア最終予選 オーストラリア戦は地上波では放送されなかった。

野村氏は「世界ではお金を払ってコンテンツを見るのがスタンダードになっていますが、日本は放送・テレビ文化で育ってきて無料が当たり前だったので、我々としてはテレビの良さを引き継ぎながらやっていきたいという思いがあります」と語る。

もちろん、事業としての成果も考えている。

「スポーツの放映権が高騰し、各社踏み込んでやるという結論を出しにくくなっている中、投資する以上、中長期的にこのチャレンジを意味のあるものにしていくということはしっかり考えています。1、2カ月という短期で採算を合わせるということではありませんが、ABEMAでワールドカップを楽しむ方が増えれば、巡り巡って事業のためにもなると思っています」

●W杯をきっかけにメディアとしてのステージを変えていきたい



では、どのような成果を得られたら、今回のワールドカップ中継が「意味のあるもの」になったと言えるのだろうか。

野村氏は「明確に基準を決めているわけではないですが、今回のワールドカップをきっかけにメディアとしての価値や格が上がったり、利用者が増えたり、ステージを変えていきたい」と語る。

もう少し具体的なイメージを尋ねると、「テレビはみんなが当たり前のように知っていて見ているもの。ABEMAはまだ全然そういうメディアにはなれていないので、少し隙間時間ができたらとりあえずABEMAを開くみたいな、コンテンツや情報を得る上で皆さんの生活の一部のような立ち位置を目指したい」と説明。

「どうなったらそれを達成したとはっきり言えるものではないですが、無意識の中でも手癖のようにABEMAを開く、我々世代が家に帰ると無意識にテレビをつけるような感じになれたら」と続け、「そういう意味では、ワールドカップを提供することはすごく意味のある、それにつながる第一歩だと思います」と語った。

そして、「ABEMAとしてスポーツジャンルを今後もより強化していくという方針を持っているので、今大会でABEMAとして掲げているメディアの状態が達成できれば自ずと4年後も考えていきたいということになると思います」と4年後にも言及。

「単発でやっても意味がないと考えているので、できることならチャレンジしていきたい。事業としてやっている部分もあるのでしっかりと検討しなければいけませんが、4年後も、という思いはあります」と、あくまでも今回次第ではあるものの継続に前向きのようだ。



マルチアングル映像

ABEMAでは、全64試合無料生中継のみならず、リアルタイムで見られなかった試合が見られる「見逃しフルマッチ配信」や、毎試合の名場面を試合直後から楽しむことができる「ハイライト映像」など、さまざまな機能を用意。それらはもちろん、スマホやパソコンなどを用いてどこでも楽しむことができる。

野村氏は「場所や時間の制約なく楽しめますし、インターネット全体からワールドカップに触れやすい状況を作っているので、今までで一番触れやすいワールドカップだと思います。言い換えると、楽しもうと思ったら楽しみやすい環境。デバイスがあればどこでも楽しめるので、常にワールドカップがそばにあるという体験をしていただけると思います」と魅力をアピール。

「地上波で放送される試合でも、地上波を見ながらABEMAも使ってマルチアングル映像やコメントを見るという、ダブルスクリーン的な使い方もできます」と加え、「ワールドカップをきっかけにABEMAの利便性を知ってもらって、ほかのコンテンツも見てもらえるようになったらうれしい」と期待する。

●開局以来最高の映像品質を実現「満足していただける中継を」



全試合無料生中継が発表されてから、ABEMAに対して「救世主」と感謝するコメントもSNS上で見られる。

野村氏は「インターネット上で『ありがとうございます』と言っていただくことが多く、藤田(藤田晋社長)も『今までで一番感謝された』と言うくらい、そういった声をいただいています」と反響を実感。「だからこそ、皆さんに満足していただけるような中継やサービスの提供をしなければいけないという責任感を感じています」と気を引き締める。

そして、「画質への不安の声をいただくことがありますが、本大会ではライブ配信史上最高峰であるフルHD(1920x1080p)の映像解像度の提供に加え、動きの速い競技シーンをなめらかに捉えた映像と、地上デジタルテレビ放送、BS デジタルハイビジョン(2K)放送同等以上のABEMA開局以来最高の映像品質を実現しています。さらに、ABEMAでの過去最高のトラフィックを想定した配信キャパシティを構築し、たくさんの方に見られても安定した配信が提供できるように準備をしているので、現時点でやれることは最大限やっているかなと思います」と胸を張るが、「64試合生中継を同一プラットフォームでやること、そしてインターネットでやるというのは日本では初めてのことなので我々としても挑戦をする部分が非常に多い。そういう意味で応援していただきたいなと。皆さんに満足いただけるように頑張りますので、期待して、そして応援していただきたいです」と呼びかけた。

ABEMAのサッカー中継としては、イングランド・プレミアリーグの2022-23年シーズンも配信。日本人選手が出場する試合など、日本人にとって注目度の高い試合を無料で配信しており、プレミアリーグに関しても感謝の声が上がっている。プレミアリーグの無料・有料配信の判断基準を尋ねると、「ABEMAとしてはできるだけ多くの皆さんに楽しんでもらえるようにしていきたいと考えています」と語った。

“新しい未来のテレビ”と掲げているABEMAは、地上波のテレビのように無料でコンテンツを提供するというのが基本的な考えとしてある。有料のABEMAプレミアムは、追っかけ再生ができたり、ABEMAプレミアム限定の作品が見られたりと、従来のサービスをさらに快適に便利に楽しむための追加のサービスを提供するもので、野村氏は「動画配信サービスとひとくくりにされがちですが、掲げているビジョンが違います」と話した。

そして、地上波で当たり前のように見られていたものが見られなくなっているという状況について、「サッカーに限らず、熱量を持って頑張っている才能ある人たちがいても、それが多くの方たちに届かず、発展していくことが難しくなってきているように感じます」と野村氏。

「メディアの役割として、ABEMAがいろいろな競技や才能などを流通させる、ある種インフラのような立ち位置が担えるようになりたいというのはすごく思っていて、我々が頑張っていろんな競技や才能を多くの方に知ってもらえるようにすることで、少しでも業界のさらなる発展につながったらうれしいです」との思いも明かした。

●目指すは「全世代」に楽しんでもらえるメディアになること



開局当時は、若者世代に向けたコンテンツに力を入れていたABEMAだが、目指すは「全世代」に楽しんでもらえるメディアになることだと野村氏は言う。

「当初は、生活環境やメディア環境が変わる中でテレビを見なくなっている若者たちにより使ってもらいたいという思いでスタートしましたが、マスメディアということを考えると最終的には幅広い世代、様々な嗜好性を持った方々に楽しんでいただけるコンテンツや機能を提供していきたい」

そして、スポーツを強化してきたことで、「男性や大人の層にも見てもらえるようになってきました」と利用者層が拡大。「気に入って利用してくださっている若い層の方にも引き続き楽しんでもらいながら、上の層の方にも使っていただけるサービスにしていきたい。フェイズが変わってきています」と語る。

そして、今年9月に生中継したフロイド・メイウェザーと朝倉未来の対戦があった週で、開局以来の週間利用者数を記録したことに触れ、「毎年着実に右肩上がりで利用視聴者は増えてきており、順調に伸びているなと思っています」と手応えを口に。「ここからさらに多くの方々に楽しんでもらえるように、引き続き同じようなペースで進んでいけたら」と力を込めた。

最後に野村氏は「“新しい未来のテレビ”と掲げてやっているからこそ、見たいときにいつでも見たいものが見られるメディアになっていきたい。今まで無料で見られるのが当たり前だったワールドカップが見られなくなるなど、環境が変わりつつある中で、何でも見られるメディアになっていけたら。その中でスポーツジャンルは積極的にチャレンジしていきたいですし、ワールドカップも次回もチャレンジできるように頑張っていきたいと思っているので、期待してほしいですし、応援してほしいです」とメッセージ。

さらに、「ニュースを24時間無料で編成しているのはうちしかないですし、将棋や麻雀、格闘技など、ABEMAでしか見られないものがたくさんあり、アニメも充実しています。最近増えているオーディション番組もABEMAでも多数放送していて、ABEMAから次世代のスターやトレンドをどんどん生んでいきたいと思います」と熱く語った。



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