ちょうど1年前の神宮大会直前、大阪桐蔭の左腕・前田悠伍に関する記事を書いた。1年生ながら秋の大阪大会、近畿大会で重要な試合を任され、チームをセンバツへと導いた。もし前田がいなければ......そう思う局面が何度もあり、記事の中では「負ける姿を見たことがない」とも書いた。1年生にそんなことを思わせるほど、前田は当たり前のように抑え、当たり前のように勝った。

 初の神宮大会でも先発、リリーフで3試合に投げ、大阪桐蔭史上初となる秋制覇。さらに翌春のセンバツ大会でも優勝。だが夏は甲子園準々決勝で下関国際に敗れ、高校生活初の"負け"を経験。それでも新キャプテンとなり心技体とも成長して迎えたこの秋は、大阪大会、近畿大会を制して、再び神宮へと戻ってきた。


新チームとなりキャプテンも担うことになった大阪桐蔭・前田悠伍

新たな投球スタイル

 大阪大会では7試合中、3回戦を除く6試合に先発。近畿大会でも4試合中3試合に先発してすべて完投。この秋は大阪桐蔭の絶対的エースとして大いに投げた。前田自身、公式戦初の連投となった大阪大会準決勝の試合後、大阪桐蔭の西谷浩一監督はこう語った。

「これまでは過保護なくらい投げさせてこなかったですけど、前田にはもっと成長してもらわないといけないですし、投げるスタミナもつけていかないとダメですから。ただ、秋は基本土日のゲームで週末に合わせて調整していますし、まったく無理はさせていません。

 昨日も50から60球ぐらいでしたし、なにもかもピッチャーを(球数の少ないうちに)変えないといけないみたいな風潮はちょっと違うかなと思いますし、これで投げすぎというと辻内(崇伸/大阪桐蔭→元巨人)さんが怒ってきます(笑)」

 この時の連投も、準々決勝は6回コールドで完投。準決勝は7回コールドで、前田は6イニングを投げてのものだった。

 秋の大阪大会でのベストピッチは決勝の履正社戦で、13奪三振での完封だった。打倒・前田に燃えていた履正社打線に7安打を許すも、印象的には圧倒。2回一死から6者連続三振を奪うなど、真っすぐでグイグイ押すピッチングが光った。試合後の前田は気持ちよさそうな表情を浮かべ、次のように語った。

「これまではたまに"抜く"じゃないですけど、そう思われるような時があって......。今日は1回から9回まで攻めて、一球一球、魂を込めて投げきれたと思います」

 この履正社との試合は、新たなスタイルを見せた一戦でもあった。この日はチェンジアップを封印し、スライダーもわずか。代わりに多投したのがツーシームとカットボールで、今までと違うパターンだった。

「去年の秋から春夏とチェンジアップをけっこう投げていた分、相手も狙ってくると思うので、そこで『あれ?』と思わせるように。ツーシームでファウルを打たせて、追い込んでからもいつもならチェンジアップのところを、磨いてきた真っすぐで決めることができました」

 このあたり、前女房役の松尾汐恩(DeNAドラフト1位)が仕込んでおいた成果でもあった。松尾が言う。

「僕らの代でももっとツーシームやカットボールを使いたかったんです。でも、できるだけ使わなかったのは、前田はもう1年あったから。これから戦う相手に『前田は真っすぐとチェンジアップ』のイメージを強くつけておきたかったんです」

 その効果はテキメンだった。履正社との試合後「秋では一番」と語った前田だったが、ネット裏から観戦した感想としても過去最高レベル。球速も140キロ台後半に達し、球の重さ、変化球のバリエーションも増え、制球も安定。さらに牽制やフィールディング、打者を見抜く目、闘争心も旺盛......。2年秋の段階でこれだけ揃った投手は、過去にどれほどいただろう。

近畿大会でまさかの事態

 これまで多くの"怪物"を輩出してきた大阪桐蔭には、先述した辻内、中田翔(巨人)、藤浪晋太郎(阪神)、根尾昂(中日)など、名だたる先輩投手たちがいた。タイプはそれぞれ違うが、完成度の高さは「大阪桐蔭史上最高の投手」と言っても過言ではない。

 ところが、圧巻の投球で大阪大会を締めた前田だったが、さらなる成長を期待した近畿大会で予想外の事態が起きた。

 初戦の神戸国際大付戦。ここで10日あまり前とはまったく別人の投球を見せたのだ。序盤からストレートの迫力、球速ともに物足りなかったが、7回以降の3イニングはストレートが極端に減り、135キロを超えた球はわずか1球だけ。変化球を多投し、なんとか8回の1失点だけでしのいだが、明らかにいつもの前田ではなかった。

 試合後、本人はいつもとさほど変わらない調子で、その理由について語った。

「前半から速い球にタイミングを合わされていたので、後半になるにつれて抜いた球で勝負しようと思って。(ギアを)上げる回と落とす回を考えながら、全力では投げていません。5割から6割くらいです」

 つづく準々決勝の彦根総合戦も「らしくない」ピッチングだった。立ち上がりから連打を浴び先制されると、そこからボールが荒れ、本人曰く「過去に経験がない」という3連続四球。うち2つが押し出しとなり、初回にまさかの4失点。この回だけでじつに37球を投げた。

 4回からは完全にスピードを抑え、以降は1安打ピッチング。この試合後も、前田は報道陣に囲まれながらこう語った。

「マウンドがちょっと合わないのはあったんですけど、そこは言い訳になるので......準備が足りなかったです」

「真っすぐ系のボールが合わされている感じがあったので、そこに早く気づいておけばこんなに点数は入らなかった。バッテリーの課題です」

「自分のボールを投げられなくて、カッカして気持ちを冷静に保てなかった。これも今日の課題です」

わずか5日できっちり修正

 どれも一理あるだろうが、納得できない部分もある。もしこれが不調の理由だとすれば、「そのレベルの投手か?」と......。

 ベスト4となり、来春行なわれるセンバツ大会への出場が有力となった。そのため、この2戦の状態、投球内容から準決勝、決勝の登板はないと見ていた。ところが、決勝の報徳学園戦のマウンドを託されたのは前田だった。そして、それまで大阪桐蔭をしのぐといっていい強打を誇っていた報徳打線を3安打、9奪三振で1対0の完封勝利。準々決勝からわずか5日できっちり修正してみせたのだ。

 この日は力みも抜け、ストレートの制球も安定。試合後、前田は前の2試合で突っ込んでいた点を動画で確認し、この日は軸足に体重を残すことを意識して投げたと、修正ポイントを挙げた。

「西谷監督から『キャプテンのピッチングを見せてくれ』といつも言われているんですけど、今日は少しできたかなと思います」と語る前田に、「前の2試合はかなりストレスがあったと思うけど、今日で晴れた?」と聞くと、「少しは晴れたかなと思います」と即答した。つづけて「この2試合では『前田ってこんなものか?』と感じた人もいると思うけど」と向けると、これには勢いよく返してきた。

「たぶんそう思われているだろうなと......。そこはちょっと腹が立つんですけど『見とけよ!』と思って投げました」

 近畿大会の最後であらためて力を示し、負けず嫌いな前田らしいひと言も残した。

 神宮大会の初戦の相手は、東海大会を制した東邦(愛知)。打撃練習では、設定ひとつでさまざまな球種をランダムに投げるマシンを相手に打ち込んでいるという。まさに試合ごとにスタイルを変えてくる前田はうってつけの相手である。はたして、この強力打線相手にどんなピッチングを見せてくれるのか。さらなる進化を遂げた前田の投球を見てみたいものだ。