ザッケローニが語る日本代表。カタールW杯でグループリーグ突破は「難しいとは思わない」
元日本代表監督が語るカタールW杯(2)〜アルベルト・ザッケローニ
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今回のW杯は、2010年から14年にかけて日本代表監督を務めたアルベルト・ザッケローニにとって、特別な場所で行なわれる。カタールのドーハ。今から11年前の2011年、ザックは日本代表を率い、この地でアジアの頂点に立った。延長戦の末、オーストラリアを破って優勝したことは今も記憶に新しい。そんな思い出の地で行なわれるW杯と日本代表について、ザッケローニに聞いた。
――初めてのアラブ世界でのW杯、初めての冬の大会、いったいどんなものになると思いますか?
「間違いなくすばらしいものになるだろう。冬のカタールはヨーロッパや日本の冬とは違い、雪が降るようなこともない。暑いと言われるが、そこまで厳しい暑さではないのではないか。アジアカップでプレーした時は1月だったが、ちょっと肌寒いぐらいで、サッカーをするにはちょうどよかった。
ピッチも完璧だろう。私はカタール人の気質を知っている。彼らは世界にいい印象を与えたいと思っている。決して無様な真似はしないはずだ。そしてカタールでの大会開催はギャンブルではなかったということを証明するため、全力を尽くすはずだ」
――じゃあ問題は何もない?
「あるとしたら交通渋滞だね。今回のW杯は、試合のほとんどが同じ町にある複数のスタジアムで行なわれる。移動のための混雑や遅延は避けられないだろう。ただ、この点に関しても、彼らは全力で問題解決に向かうだろうがね。私もカタールに行く予定だ。重要な試合はこの目で見るつもりだよ」
2010年から2014年にかけて日本代表監督を務めたアルベルト・ザッケローニ photo by JMPA
――現時点で、あなたが有利だと思うチームを挙げてもらえますか?
「南米勢、つまりブラジルとアルゼンチンはどこよりも優勝の可能性が高いだろう。彼らに比べると、今回のヨーロッパ勢は今ひとつぱっとしない。ベルギーはいいチームだが、彼らは伝統的に最後のステップを上がりきれないところがある。ほぼ頂上というところで、消えてしまうんだ。それを今回はどうするか、注目している」
調子が上がらない欧州の強豪国――サプライズチームがあるとしたらどこでしょう。
「クロアチアだね。彼らもまた非常にいいチームだ。それからセルビア。ただし、東欧系の選手にはチームよりも個を優先する傾向がある。それを乗り越えることができれば、彼らは大会の台風の目になり得るだろう」
――その他のいわゆるビッグチーム、フランス、ドイツ、イングランド、スペインについては?
「まさにそれがさっき言った"ヨーロッパ勢はぱっとしない"だよ。彼らはどこも好調とは言い難い。とは言っても、やはりドイツはドイツだから、油断は禁物、侮った途端に足元をすくわれるだろう。ただイングランドに関しては本当に調子が悪いし、スペインは多少混乱しているように見受けられる。それに比べると、やはりフランスは個々の選手のレベルが高いね」
――たとえばキリアン・エムバペ?
「そうだ。彼は今度のW杯のスターともなる存在だ。私としてはもうひとりの次世代のスター候補、アーリング・ブラウト・ハーランドと彼のトップ争いを見てみたかったのだが、ノルウェーは出場を逃してしまった。かえすがえす残念だ。ハーランドは本当にすばらしい選手だよ。彼のような違いを見せられる選手を私はほかには知らない。新生ズラタン・イブラヒモビッチとでも言える、どこへ行ってもゴールし勝利する天性のゴールゲッターだ」
――「あなたの日本」はドイツとスペイン、そしてコスタリカと同じグループです。グループリーグ突破は難しいと見る者が多いですが......。
「いや、私はそうは思わない。2014年W杯の前年、日本は親善試合でオランダ、ベルギーといった強豪と対戦し、どの試合でも日本のすばらしさを見せることができた。そしてW杯本番は、日本が入ったグループはコロンビア、ギリシャ、コートジボワールと、決して難しい相手ではなかったが、実際はうまくいかなかった。
コートジボワールには2つのクロスから2ゴールを入れられ、我々自身の問題でギリシャにも勝つことができず、コロンビア戦においては4−1の完敗だった。なぜか? それは『W杯』という言葉に皆、怖気づいてしまったからだ。選手たちは、『自分たちには不相応な大きなもの』と感じてしまった。すべては頭の問題、自信の問題だ。しかしカタールでは同じことは起こらないだろう」
ドイツ、スペインを過剰に恐れるな――つまりテクニカルや能力に問題があったのではなく、メンタルの問題だったと?
「そのとおり。日本の選手は世界でも稀有な特徴を持っている。スピードもあるが、耐久力もある。これは遺伝的なものなのかもしれないが、ヨーロッパの選手は、始めこそスピードがあるが、しばらくするとへばってしまい、その後はがっくり速さが落ちてしまう。ところが日本人は95分になっても走り続けられる。決して疲れない。
長友佑都を覚えているか? まるで体のなかにモーターバイクを持っているみたいだ。日本人はドイツ人のように大きく強靭ではない。そうした部分では確かに不利な面もあるだろう。しかし日本人には日本人の強みがある。それを生かせば決して引けは取らないと思うね。
スペインやドイツという名前に恐怖心を抱かず、『俺たちだって強いんだ、何が何でも勝ちたいんだ』という正しいメンタリティをもって対峙すれば、結果は必ず出るはずだ。とにかく相手にW杯優勝経験があることを過剰に評価しないことだ。過去は過去、現在は現在だ。『結果は出せなくても、強豪相手にいいプレーをすることに意義がある』などといったきれいごとを考えず、本気で勝ちにいくことが重要だ」
――世界で戦うのに日本人は経験不足というのは、もう過去の話ですね。
「そうなんだ。ほとんどの代表選手がヨーロッパでプレーしているから、戦い方はよくわかっているはずだ。だからたとえばメッシを前にした時は、彼やアルゼンチンのこれまでのキャリアを考えてはいけない。頭からそうした先入観を一切排除し、劣等感など抱かず向き合うことだ。そうでなければ絶対に勝つことはできない。私が日本代表を率いていた頃、私はそれを何度も試みたが、結局、選手の頭から恐怖をすべて取り除くことができなかった。しかしあれからもう10年が経つ。こうした面での成長もあったことを期待している」
――現在の日本のスター選手は誰だと思いますか?
「南野拓実だろうね。誰よりも才能があり、突出して光っている。必要な時に彼が本領を発揮できることを願っている」
長谷部誠が訪ねてきてくれた――森保一監督にはなにかアドバイスはありますか?
「何もないよ。そんなことしたら最低だ。それに私なんかが口を挟まずとも、彼はチームの最高の生かし方を誰よりも知っているはずだ」
――どの監督にもお気に入りの選手がいると思いますが、あなたがサムライ・ブルーを率いていた時、特に目をかけていた選手はいるのですか。
「もうあれからかなり月日も経ったから、今なら言ってもいいだろう。私が誰よりも惹かれた選手は長谷部誠、我がキャプテンだ。ピッチの中でも外でも聡明で突出していた。彼は選手たちにとって大黒柱であったが、私にとってもそうだった。
今でも彼とは非常にいい関係にある。彼のフランクフルトがグラスゴー・レンジャーズを破りヨーロッパリーグを制した直後に、長谷部はチェゼナティコまで私を訪ねてきてくれたんだ。あの優勝により、彼はヨーロッパでタイトルを手にした最年長日本人選手という、小さな、しかし偉大な記録を達成した。現在38歳の彼は、私の家に来た時、『そろそろ現役引退を考えている』と言っていたが、その後、彼が契約を更新し、もう少し選手としてこの世界にとどまることを知った。もし彼がそれを望むならば、きっととても優秀な監督になることだろう。
2018年のロシアW杯で、日本はベルギーを2点リードしていたのに、結局は3−2で敗れ、念願のベスト8に届かなかった。確か長谷部はあの試合後に代表を引退したのだと思う。あれは本当に残念だった。ドーハでは、我が日本がロシアW杯以上に幸運に見舞われるよう祈っている」
――あなたはいくつものチームを率いてきましたが、日本は今も心の特別の場所にあるというのは言いすぎですか。
「言いすぎどころか、まさにそのとおりだよ。私のキャリアのなかでも、最もすばらしい経験のひとつだった」