アイスダンスは「密度の濃さが大事」

 今年10月、アイスダンスのカップル結成3年目になる村元哉中と郄橋大輔は、グランプリ(GP)シリーズ、スケートアメリカで上々のスタートをきっている。

 リズムダンス(RD)は課題のラテンダンス『コンガ』で艶やかに色気を匂わせた。喜びが体内から湧き上がってくるようなダンスで、息もぴったり。黒を基調に原色がちりばめられたふたりの衣装が混ざり合うと、躍動感を生み出した。69.67点というスコア以上の期待感があった。


スケートアメリカに出場した村元哉中・郄橋大輔

 フリーダンス(FD)は『オペラ座の怪人』で、アイスショー「氷艶」で役者経験も積んでいる郄橋が、物語に引き込む力を見せ、村元が怪人のゆがんだ恋を受け止める。ストレートラインリフト+ローテーショナルリフトはレベル4でため息が出る美しさ、ステーショナルリフトからのスピンの流れも白眉だった。100.01点は、観客のブーイングが出るほど辛めの点数だったが......。

 そして、かなだいの真骨頂は、次の大会で出た。

 同月のチャレンジシリーズ・デニステンメモリアルチャレンジで、初戦のスコアを軽く上回る。RDでは79.56点と自己ベストを記録し、FDでも108.74点と健闘。合計188.30点で、国際スケート連盟(ISU)公認の国際大会で初優勝を果たしたのだ。

 振り返れば、かなだいは常に自らを超え、予想を覆してきた。

 2020年、郄橋はシングルから転向した「ルーキー」もすぎず、村元も2シーズン活動を停止したあとの再始動だった。しかも、コロナ禍でトレーニングも思いどおりにいかず、難題ばかり。そのなかで、「超進化」と言われるほどの躍進を遂げた。2021年11月のワルシャワ杯2位、今年1月の四大陸選手権銀メダル、そして3月の世界選手権出場は控えめに言っても快挙だ。

「アイスダンスは大逆転できるスポーツではなくて。密度の濃さが大事で」

 郄橋は言う。まさに濃密さが、彼らの真実である。

まだ第1章を終えていない

 今年5月、現役続行を公式に発表する直前のインタビューだった。かなだいはすでに決断を下し、リラックスしていた。その様子はみずみずしく、若々しく、大げさに言えば生まれ変わったようだった。それだけ、思いを新たに踏み出していたのだろう。

「四大陸選手権、世界選手権を戦って、終わったあとも......(3〜4秒の沈黙のあとで)第1章を終えていない感じ?」

 郄橋はそう言って、現役続行の理由を明かした。

「まだ物語の途中のページで。なんて言ったらいいんですかね? ここでやめてもいいんですけど、(物語を)書き終えていないなって。だから、覚悟をするっていうよりは、もう少し続けられるかなってくらいで。流れに流されたくはなかったので、一回リセットして、スケートから2週間くらい離れて、どんな気持ちになるか。それで気持ちは変わらなかったし、それは『やれ』っていうことかなって」

 半端な気持ちでは、リンクに立てない。その峻厳さだけが、表現者としての厚みを生む。自分と向き合う必要があった。結果として、2022−2023シーズンに向けた準備は遅れた。5月下旬に振り付けや曲をリストアップしたばかりというスロースタートだった。それだけに、GPシリーズ初戦でこれほど仕上がっていることのほうが驚きなのだ。

 郄橋は覚悟という表現を使わなかったが、ふたりが腹をくくっているからこそ、その演技が観衆を魅了するのだろう。

「私は(3月の)世界選手権に、"最後の演技かもしれない"と挑んでいました」

 村元は心中をそう明かしていた。

「私の場合、引退はしていませんが、2シーズン、氷から離れた当時は毎日が気持ち悪く、廃人生活で(笑)。(郄橋)大ちゃんとのアイスダンスに『イエス』って言ってなかったら、私のスケート人生は終わっていたと思います。だから、もし大ちゃんが現役続行しないって決めたら、次のパートナーは探さないって決めていて、腹はくくっていました」

 かなだいは、アイスダンサーとしての時間を実直に生きる。

演技の裏側にストイックなアメリカ生活

 アメリカではコンドミニアムの共同生活で、ふたりはだいたい同じ時間に起きる。車も一台なので、一緒にリンクへ出かける。9時から14時までは氷の上で練習する。午後はバレエなどのトレーニングになる。夜は時間があるようでなく、疲れ果てたまま料理をし、食べて寝て、次の日からの英気を養う。

 一方、ふたりの食生活は真逆だ。

 郄橋はパートナーをリードするため、とにかく体を大きくし、鍛えるために自ずと量が多くなる。村元はリフトなどで持ち上げられるほうであるだけに、食事の量はできるだけセーブ。この対比は、アイスダンサーならではだ。

「お昼は前の夜に多くつくって、僕はお弁当で持っていきます。ごはん、野菜、鶏肉、豚肉、牛肉、それにゆで卵って感じで」(郄橋)

「私は朝、夜はきちんと食べて、お昼は練習の間なので休憩時間があまりなく、普通にお昼食べてしまうとおなかにきついので、ナッツとかをつまみながら。ちゃんとしたお昼ご飯よりも、間食系ですね」(村元)

 ふたりは心身ともにアイスダンサーになり、氷上で作品をつくり上げる。

 11月18日、札幌で開幕するGPシリーズ・NHK杯。かなだいは、3シーズン連続で参戦する。大観衆の熱を浴びた彼らの演技は、常識を覆すはずだ。