「チクショウ!」

 試合後の監督会見場を出ると、ロアッソ熊本の大木武監督は通路で大きな声を上げていた。「あと一歩だった」という強烈な無念に襲われたのだろう。しかし、その響きに粘り気はなく、カラッとしていた。

 J1リーグ入れ替え戦、大木監督が率いるJ2の熊本は、J1で16位の京都サンガと1−1と引き分けている。しかし規定により、引き分けではJ1チームの「勝利」。これによって、勝っていない京都はJ1に残留し、負けていない熊本は来季もJ2という事実だけが残った。そのコントラストは残酷だ。

 ただ、ピッチに立った熊本は「美しき敗者」だった。


京都サンガと引き分けてJ1昇格を逃し、サポーターに挨拶をするロアッソ熊本の選手たち

 11月13日、京都。熊本は京都との入れ替え戦に臨んでいる。J3から昇格したばかりの彼らの予算規模を考えれば、4位でプレーオフに勝ち進んだこと自体が快挙と言える。そしてプレーオフでも、大分トリニータ、モンテディオ山形というJ1経験のあるクラブをたて続けに撃破(試合はそれぞれ引き分け)。目覚ましい躍進だ。

 しかし特筆すべきは好成績よりも、サッカーの中身のほうだった。

「ボールありき」

 熊本はそこに土台があるチームで、ボールを握り、運び、敵陣に迫れるか、を積み上げていた。その練度は、J2では白眉。スケールはやや小さくなるが、J1の川崎フロンターレ、サガン鳥栖、コンサドーレ札幌と似た匂いがあった。

 9分、プレスをはめられるが、GK佐藤優也が左サイドの選手に長いパスを通す。詰まったら長いパスで外し、ただ長いだけのボールを蹴らない。選手たちは怖がらずに顔を出し、パスコースを増やし、それをつなげてプレスを回避した。

 12分には、FW高橋利樹のポストからトップ下の平川怜が右へ展開、杉山直宏がドリブルで相手を押し下げ、逆サイドからバックラインの前に入った選手に絶好のパスを通した。絶好機だった。

 31分、河原創を中心にプレスをかいくぐったシーンは鮮烈だった。自陣で何本かパスをつなげ、右からのクロスに持ち込んだ。パス&ゴーが徹底され、能動的に戦う構造が出来上がっていた。

真価を見せた同点ゴール

 簡単な連係に映るが、そこまでクオリティを高めるには、緻密で濃厚なトレーニングが欠かせない。シーズンを通じ、指導陣と選手たちが築いてきた信頼関係が透けて見えた。再現性のある開明的な「サッカー」で、京都を上回った。

「相手がボールを持ったときにチャンスを作られてしまい、自分たちがボールを持ったときは、緊張からかミスが多かった。それだけ勝ちたい気持ちが強かったのだと思いますが......」(京都・者貴裁監督)

 一方、サッカーはもうひとつの側面を見せる。

 京都はコンビネーションで崩すよりも、選手個人の攻守におけるインテンシティが最大限に鍛えられていた。強い守備と攻撃に入った時の推進力など、強度が高かった。38分、先制点のシーンは象徴的だ。

 敵陣で2度、3度と、空中戦を制して自分たちのボールにする。すかさず裏にパスを入れ、熊本のディフェンスが反応したが、うまくクリアできず、これを受けた豊川雄太がネットを揺らした。単純に局面の高さ、強さ、スピード、決定力で上回った結果と言える。

「要所でなかなか押し込めず。"個"の強度の高さは感じました。すごくやられたわけではないけど、違いを感じたというか......」(熊本・イヨハ理ヘンリー)

 もっとも、これで「J1」に屈しなかったのが、熊本の真価だった。ポジション変更もしながら、しつこくボールを握り、攻勢に回る。57分にはターレスを投入し、攪乱。67分、攻勢で得た右CK、河原が鋭いボールをニアに蹴り、イヨハ理ヘンリーがフリーで入って、ヘディングをファーに飛ばす。これが同点弾になった。

 そしてアディショナルタイム、熊本はスリリングな試合の最後を盛り上げる。左CK、GKも攻め上がってこぼれたボールを、平川が2度に渡ってエリア内で狙う。しかし、ピーター・ウタカの顔面ブロックと右ポストに阻まれ、あと一歩及ばなかった。

「自分たちがやるべきことをやったら、そこは通用しました。あとは、押し込んで点がとれるか。(1年を通じて)やってきて楽しかったですが、球際はもっと強くならないといけないし、もう少しサッカーを知るのも課題です」(熊本・河原)

 熊本のサッカーは輝きを放った。何より、ボールが転がる心地よさを感じさせた。攻撃へのメンタリティが守備の準備や集中力も好転させ、カウンターの迫力もあった。各選手が1年間、日々のトレーニングのなかで「うまくなった」手応えがあるはずだ。

「残るのは(J1に昇格できなかった)事実だけ。間違っても、『経験』とは言わないでください。J3から昇格とか、予算規模とか(不利な点はあったが)、それでもできるはず。足りなかったです」(熊本・大木監督)

 熊本はサッカーの可能性を示した。それは誇るべきだろう。しかし勝負ごとだけに、そこに忸怩たる思いがないと、次はない。

「チクショウ!」
 
 それは大木監督の心の叫びである。