中日を戦力外となった滝野要氏【写真:荒川祐史】

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チームメートはポカン、そして失笑も…不思議な一体感生まれた?

 チームの士気を高める、試合前の円陣。各球団では貴重な様子を映像で発信するようになり、エンターテインメントのひとつにもなっている。選手のユーモラスな一面は、時にSNSをざわつかせることも。首脳陣の目を気にしがならも、中日ベンチ前で決死の覚悟で繰り出した「カニダンス」は、一部ファンの強烈な支持を得た。

「きょうは可児市デーなんですけど、みなさん『きつねダンス』知ってますよね? きつねダンスじゃないです、『カニダンス』ですよ」

 8月7日、バンテリンドームでのDeNA戦。試合開始直前、一塁側ベンチ前で中日ナインに囲まれ、4年目外野手だった滝野要氏が立ち上がった。この日の一戦は、岐阜県可児市が協賛する「祝40周年!! 住みごこち一番・可児市デー」。両手をチョキにして、カニの爪を表現。今季大きな話題となった日本ハムの「きつねダンス」の音楽を口ずさみながら、軽快なステップを踏んだ。

 突如飛び出した謎の舞に、チームメートはポカン。そして失笑。ただ、独特な一体感が生まれたのか、4連敗中だったチームは5-0で快勝した。続く9日の巨人戦前にも披露。自身のインスタグラムに「おまえは戦う顔してないから2軍に行け」と批判的なファンからダイレクトメッセージが届いたという“ネタ”まで添えた。試合は3-2で競り勝ち2連勝。球団公式YouTubeも不思議な空気感の円陣を取り上げると、ファンは「滝野選手がカニダンスすると勝つ」と盛り上がった。

相性「カニ」…長い手足に加え「自分は横の動きが早い」

 手足が長いすらりとした体型に加え「自分は横の動きが早いらしく、みんなから『カニ』って呼ばれていました」。そこに合わせてきたかのような「可児デー」。球界を席巻する魔性ダンスをオマージュし、即興踊りを瞬時に思いついた。8月5日に今季初めて1軍に昇格したばかりだった滝野氏。黒星が続くチームの重い雰囲気を少しでも変えられればと、先輩選手に「面白おかしくやっても大丈夫ですか?」と事前に温度感を確認。「ここしかないなと思った」と役目を全うした。

 もちろん、賛否あるのは承知の上。「楽しく盛り上げる」と「ふざける」は紙一重で、受け取る人によっても見え方は違う。首脳陣の目も気になったが「怒られる覚悟でやりました。もしあとで怒られたとしても、次やらなきゃいい」。崖っぷちにいる自らの立場を考えても、守るものはなかった。

 26歳を迎えた2022年シーズン。1軍定着までの道のりは遠く、今季限りでの戦力外を覚悟し始めた時期でもあった。「もう8月だったんで、ある意味、捨て身でした。とにかく後悔なく、やり切ろうと思っていました」。予感は的中し、シーズン終了後に中日のユニホームを脱がされた。

 4年間で通算59 試合、打率.174、0本塁打、0打点。グラウンドでは存在感を見せられなかったが、ベンチ前では誰よりも輝いた。「カニダンスはやって良かったなと今でも思っています」。プレー以外での“貢献”は、ファンの胸には確かに刻まれた。(小西亮 / Ryo Konishi)