エコシステム・ディスラプション戦略を行いながら全国を制覇したイオンモール(写真:show999/PIXTA)

現在、ビジネスの競争原理が変わりつつある。今までは明確に定義された業界が存在し、ライバル企業と同じ目的を持って、コストや品質で顧客をめぐって争っていた。しかし今は、より幅広い価値提案を行うエコシステム(生態系)の構築が重要視されてきている。

『イノベーションのジレンマ』で著名なクレイトン・クリステンセンは、同じ業界内でのディスラプション(破壊)による巨大企業の衰退のメカニズムを描いたが、今日では、見えないところからライバルがやって来て、いつの間にかゲームチェンジが起こってしまう。

さらに、DX化でこうした動きは加速化している。こうした時代を、企業はどのように戦い、生き抜いていくべきか。ダートマス大学教授で注目の経営学者であるロン・アドナーは、近著『エコシステム・ディスラプション』で正しく勝つための戦略を指南する。

本稿では、同書の監訳者であり、YouTubeチャンネル「中川先生のやさしいビジネス研究」でも著名な経営学者の中川功一氏が、日本企業の事例をもとにエコシステム・ディスラプション戦略の考え方を解き明かす。

イオンモールが、なぜ強いのか?

現代の日本で、最も成功したサービスを選べと言われたならば、「イオンモール」を私は推したい。実に1960年代からショッピングモール形式を開始し、その仕組みを成熟させながら、全国を制覇した。


ショッピングモールとしての売上高は開示されていないが、グループ全体での売上高は8兆7159億円、店舗数は国内163・海外34を数え、まさに全国制覇を達成している。これほどの成功を収めた会社は、なかなかほかに見当たらない。

イオンモールが、なぜ強いのか。別段、深い分析をしなくとも、皆さんにもわかるだろう。「そこにいけば、何でもそろっている」からだ。平日の買い物をするなら、そこに行けばすべてが事足りる。

はたまた、休日にイオンモールに赴けば、話題のブランドの店舗や、はやりの飲食店、映画館、ゲームセンター、ペットショップまでそろい、1日時間が潰せてしまう。顧客が「楽しいショッピング」をしたいときに必要なものが、すべてそろっているのである。

これが、いま世界の経営学界で名をはせる、ロン・アドナーが定義する「エコシステム・ディスラプション戦略」である。

本稿では、エコシステム・ディスラプション戦略を解説し、その視座からイオンモールの成功を読み解いていく。そこから、皆さんのビジネスにどうエコシステム・ディスラプションの発想を、イオンモールから学べるヒントを生かしていけばよいかを、議論していきたい。

顧客に総合的な価値を提供する「エコシステム」

唐突に「エコシステム・ディスラプション」と言われても、何のことだかさっぱりだろう。順番に、その言葉の意味を解説していきたい。

まず「エコシステム」とは、そのまま訳せば「生態系」のことである。生き物たちが、互いに依存し合いながら織りなす構造のこと。転じて、経営学では、顧客や企業が、何らかの目的のもとに集まって、相互に価値のやり取りをするまとまりのことを指す。

たとえば、「写真」のエコシステム。今日では、端末で撮影し、クラウドに保存し、アプリで編集し、SNSでシェアするところまでを含めて顧客の価値となっており、これを提供するために、スマートフォン端末、クラウド保存サービス、編集アプリ、SNSが相互に連携し合っている。私たちはそこに生態系を見いだすことができるのだ。


出所:ロン・アドナー『エコシステム・ディスラプション』p.67

この「エコシステム」の観点で世の中を見渡すと、確かにあらゆるものが今日では「エコシステム」として提案されている。自動車にも、ディーラー、保険サービス、ローン、あるいはユーザーコミュニティーなどが織りなすエコシステムが存在している。

漫画やアニメだって、pixivでファンアートを楽しんだり、YouTubeで考察を見たり、SNSで感想を語り合ったりして、その消費体験は単体のマンガやアニメにとどまらない。

このようなエコシステムの広がりを見落とすと、今日のビジネスでは大きな失敗を免れえない。単独の映画館、単独のブランドショップ、単独のペットショップではイオンモールにとうてい太刀打ちできない。

単体のカメラとして、どれだけ見事に作られても、今日ではマニア層の需要を満たすことしかできない。はたまた漫画やアニメにしたところで、ファンアートや考察の広がり、ツイッターでバズることまで視野に入れなければ、ヒットは難しい時代なのである。

ディスラプション「断絶」とエコシステムの革新

もう1つの、ディスラプションという言葉は、どういう意味なのだろうか。


中川功一(なかがわ・こういち)/1982年生まれ。2004年東京大学経済学部卒業。2008年同大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。大阪大学大学院経済学研究科准教授などを経て独立。現在、株式会社やさしいビジネスラボ代表取締役、オンライン経営スクール「やさしいビジネススクール」学長。専門は経営戦略、イノベーション・マネジメント。「アカデミーの力を社会に」を使命とし、多方面にわたって経営知識の研究・普及に尽力している。YouTubeチャンネル「中川先生のやさしいビジネス研究」では、経営学の基本講義とともに、最新の時事解説のコンテンツを配信している(写真:中川功一)

ディスラプションとは、「断絶」すなわち「非連続な変化」を意味する言葉である。皆さんが聞いたことがあるとすれば、デジタル・ディスラプション、だろうか。デジタル技術の進展により、産業の構造や、顧客体験が非連続的に変化することをデジタル・ディスラプションという。

ZOZOTOWNによる衣類のeコマース販売や、スタディサプリ(スタサプ)によるオンラインでの予備校講義の提供はその典型である。N高もデジタル・ディスラプションであろうし、昨今のメタ(旧フェイスブック)や、テスラが行おうとしているのも、産業のデジタル・ディスラプションであろう。

ビジネス知識の学びに熱心な方であれば、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』の契機が、ディスラプティブ・イノベーションであったことを思い出されたかもしれない(日本語で「破壊的イノベーション」と翻訳された原語がDisruptive innovationである)。

従来の価値観ではその意義を計れないようなディスラプティブ・イノベーションが起こると、既存の企業は上手に対応できない。たとえば、iPhoneが登場したとき。その価値は、大半の顧客も、通信会社も端末メーカーも、誰も理解できなかった。そういうイノベーションこそが、産業を根底から覆してしまうとしたのが、イノベーションのジレンマである。

クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』から四半世紀を経て、その後継の議論として登場したのが、ロン・アドナーによる『エコシステム・ディスラプション』なのである。

かつて、産業競争を覆したのは、価値観を転換するような、製品・サービス単独での「ディスラプティブ・イノベーション」だった。今日、静かに進行している産業競争の変化は、業界の垣根が取り払われたことによる、「エコシステム・ディスラプション」によって、もたらされようとしているのである。

もう、おわかりだろう。イオンモールが、なぜこれほどの圧倒的競争力をもって、既存の小売りを押しのけ、業界の雄となったのか。イオンモールは、小売業におけるエコシステム・ディスラプション戦略だったのだ。

顧客の「楽しいショッピング」という体験を最大限に広い視野で捉え、顧客がそこで求めるもの一切をまとめて、総合的に提案する。エコシステムとして提案するイオンモールに対し、「百貨店」や「ファッションビル」のような単独店舗が、どれだけ非連続的な(ディスラプティブ)イノベーションで対抗しても、なかなかに勝ち筋を描くことは難しい。

可能なる「エコシステム・ディスラプション戦略」

このイオンの成功事例を、そしてエコシステム・ディスラプション戦略の論理を、自分たちのビジネスに、私たちはどう活用することができるだろうか。

そのヒントは、イオンモールの事例や、写真の事例などを、よくよく観察していくと見えてくる。お気づきだろうか? いずれの事例も、「企業連合で提案している」ことがその特徴なのである。

イオンモールを構成している小売業者や各種サービスの多くは、協力企業である。アパレルのテナントとして、ファーストリテイリング、オンワード、ワールド、アダストリアなどが軒を連ねているし、飲食店としてもスターバックスや有名ファストフードが入っている。

書店やスポーツショップも同様だ。すべてを自分でそろえようとはせず、企業連合として、顧客が求めるものを総合提案している。

写真の事例も同様だ。今やカメラとしての性能こそが売れ行きを左右するスマートフォンメーカーは、クラウド保存サービス、編集アプリ、SNSと上手に連携しながら、撮影端末としての価値をアピールする。やはり、すべてを自社で全部やり切ろうとはしていない。

自前ですべてそろえ切ることはもとより困難であるとの認識のうえで、「餅は餅屋」の発想で、優れたパートナーを招き、企業連合としての価値提案を行う──。

であるならば、あなたの会社の規模の大小、リソースの大小を、この戦略は問わない。あなたの会社が相対している顧客を念頭に、より顧客のためになれるサービスを、他社のリソース協力によって提案すればよいのである。

戦略の起点は顧客

この戦略を構想する際の起点は、つねに顧客である。顧客の観察、顧客への深い洞察の中から、顧客の課題が真に解決している状態、顧客のあるべき姿を描く。単独の製品・サービスとしては実現できないその姿を、企業連合を作って、かなえてあげる。それが、エコシステム・ディスラプション戦略の本質である。

たとえば、町のバイク店が、顧客のニーズに合わせて、サードパーティーの部品と取付加工業者と一緒にカスタムバイクを販売することも、エコシステム・ディスラプションである。インドではこの形式が一般化しているが、顧客ニーズをよく聞き、企業連合でそれに応えることで、単独の店舗ではできない価値が実現できるようになっている例である。

町の学生食堂がジュースを1本セットで付けるのだってエコシステム・ディスラプションであるし、過疎地域の郵便事業者が移動小売店と見守りサービスを兼ねるのだってよい。

コンデンサやフィルタ、磁気デバイスなどの単独部品を作っていた会社が、顧客の要望に応えるために、他社部品をも組み合わせて複合部品で提案することもエコシステム・ディスラプション戦略だといえる。かつて零細企業であった村田製作所やTDKがグローバルで成功したのは、まさにこの戦略によってである。

このように見てみると、エコシステム・ディスラプション戦略は、かなり広範に産業社会のなかで見られる戦略であり、適用範囲の広い考え方だといえるだろう。昔からあった発想であるともいえるが、このように概念定義されたことによって、私たちはその戦略の有効性を再認識させられることになったのである。

「イオンモールのように、顧客に価値を提案する」。この考え方は、なかなかに有用なのではないだろうか。

(中川 功一 : 経営学者、やさしいビジネスラボ代表取締役)