※この記事は2022年02月11日にBLOGOSで公開されたものです

元経産省官僚の宇佐美典也さんに「私が○○を××な理由」を、参考になる書籍を紹介しながら綴ってもらう連載。第25回のテーマは、Twitter上で「ヒトラー」に例えられたことで話題となっている元大阪市長の橋下徹氏の評価について。宇佐美さん自身は、主張の鋭さや痛快な弁舌を評価しつつも、どこか「苦手」に感じているといいます。その理由を探ってもらいました。

私が橋下徹さんを超有能だと思うが苦手な理由

かつて日本維新の会の代表を務めた橋下徹元大阪市長や維新の会関係者をヒトラーに例えた発言をめぐって、議論が紛糾している。

きっかけとなった発言というのは、菅直人元首相が橋下氏らをその弁舌の巧みさから「ヒットラーを思い起こす」と評したツイートである。

その発言に維新の関係者が反発し、立憲民主党や菅氏本人に抗議を重ねた。菅氏は一言「すまん、言いすぎた」とでも言っておけばよかったものの、「謝罪することはありえない」などと強弁してしまった。結果、議論は「ヒトラーに例える表現自体が適切かどうか」などという方向に無駄に発展し、蓮舫議員も首を突っ込み始めるなど立憲民主党と維新の争いとして泥沼化している。

できれば政治家にはいい大人として子どもの見本となるように、過激な表現を咎められたら謝って、謝られたら許すという姿を示して欲しいものなのだが、まぁあれくらい歳を取った大人というのは注意してくれる人がいないので案外子どもよりも子どもなのかもしれない。ともあれ、他人のしょうもない喧嘩というものは見ている分には楽しい。

いきなり毒を吐いてしまったが、橋下氏に関しては「主張の切れ味が抜群で快刀乱麻を断つような弁舌」にしばしば痛快さを覚えることがある一方、「態度や物言いが攻撃的」なところは私自身苦手にも感じている。今回はせっかくの機会なので、「橋下徹」という人物をどう評価するか改めて考えてみようという気になった。ということで橋下氏の著した「実行力」という本を手に取り、騒動を肴に一読してみる。

「反対派をそばに置く」橋下氏のマネジメント術

結論から言えば、この本は橋下氏ならではの実務経験に基づく、組織のマネジメント術に関して端的にまとめられた極めて真っ当な良本である。例えばどういうことが書かれているかというと以下のような具合だ。

・ どれだけ怒っても人は動かない。「最後は人事権がある」と思って、部下をむやみに怒ったりせず静かに対応した方がいい
・ 反対派は、あえて積極的にそばにおくこと。反対意見を取り入れて修正すると「より良い案」になる
・ 「最後は従う」を守ってもらうと、多様な意見を取り入れられる。反対意見を聞いた上での決定は、反対者の不安を和らげ、適度な修正がかかってその後の運営がうまくいくことが多い
・ 人間関係や好き嫌いでチーム内の人事を決めていくと、そうした姿勢は必ず部下や組織に伝わるし、本当に実行力のある組織は作れない
・ 部下が言ってることに乗っかっているだけのトップでは意味がない
・ リーダーが現場の実務の細かなことに口出しをすると大概失敗する
・ リーダーの仕事は、部下が気づかない大きな問題点を見つけること
・ これまでのチームのメンバーが、絶対にできなかったことをやる。それがリーダーと部下の信頼関係の土台
・ 組織は口で言っても動かないが、何かを実現させるとメンバーの意識が劇的に変わる

橋下氏のリーダーとしての信条が、大阪府の財政再建、大阪城公園でのモトクロス大会、大戸川ダム建設計画の見直し、公務員の再就職規制の見直し、といった実績とともに説得力をもって語られている。

菅氏は「弁舌の巧みさ」に限って例えているとはいえ、上記を見ていただければ分かるように、その信条に“ヒットラー”的な、議会制民主主義を全面否定し、全体主義/民族差別を全面肯定した要素というものは全く感じない。むしろ民主主義社会を前提として、その中でどのようにリーダーシップを発揮するか、という観点からのマネジメント手法が実例とともに再三述べられている。

私は大阪府民ではないので、言葉だけでしかこうした情報を受け止められないのだが、実際に政治が変わっていく様子を実感した多数の大阪府民にとっては説得力が抜群で、未だに橋下氏の熱狂的な支持者が多いのも理解できるところである。またこういう橋下氏の考えを知ると、彼がいつも挑戦的な態度で激しい言葉を使うのも多少は理解できるような気がしてきた。

橋下氏の手法に反感を覚える人が多いのも当然

橋下氏はあえて攻撃的な姿勢を取って、反対派を呼びこみ、やりとりをすることで、自分の考えをブラッシュアップしているのだろうと思うし、彼の支持者も橋下氏のそういう行動特性を理解しているのであろう。

まぁでもそれは彼の勝手な考えであって、世界は橋下氏とその支持者を中心に回っているわけではないので、攻撃された方は気分を害するのは当然であるし、そういう橋下氏の態度に反感を覚える人が多数出るのは当たり前の話ではあり、そうした反感が冒頭の菅氏の暴言にもつながっているのであろう。

そんなわけでこの本を読んでいて私は、橋下氏のリーダーとしての高い能力と、それを実現するためのマネジメント手法について深く納得がいき、いわゆる彼のリーダーとしての「有能さ」というものを感じざるを得なかった。

ただそれはそれとして私が橋下氏をどうにも苦手とするのは変わらない。

改革志向が全面的に出た橋下氏の「決定の個性」

私は彼の何を「苦手」と感じているのか。その理由を探っていくと、同書を通してわりとすぐに答えが見えてきた。どうやら私は橋下氏の手法というより、思想が「苦手」らしい。この「橋下イズム」とでもいう彼の思想について、同書の中で「決定の個性」として言語化した言葉があったので紹介したい。

① やるか、やらないかとなれば、やる
② 大胆なものか、まずは第一歩的なものかとなれば、大胆なもの
③ これまでのやり方か、新しいやり方かとなれば、新しいやり方
④ 現状維持か、変革かとなれば、変革
⑤ 調和的なものか、波風を立てるものかとなれば、波風を立てるもの
⑥ 体裁を気にするか、気にしないかとなれば、気にしない
⑦ 対症療法的なものか、抜本的根治的なものかとなれば、抜本的根治的なもの
⑧ 目の前の利益か、長期的な利益かとなれば、長期的な利益
⑨ 特定・一部の者の利益か、万人の利益かとなれば、万人の利益
⑩ 現役世代・将来世代の利益か、高齢者の利益かとなれば、現役世代・将来世代の利益
⑪ 現役世代の利益か、次世代の利益かとなれば、次世代の利益

上記の項目は「橋下イズム」と自身の“適合度”をチェックするのにちょうどいいと思うのだが、私自身の「橋下イズム適合度」は「11個中6つ該当」という具合だった。これは高いように見えるが、上記項目の中には誰しもが否定しづらいような項目も多数含まれているので、むしろかなり低い方なのではないかと思う。

橋下氏は物事を見るとき常に視点を「自分がリーダーであったら、どのように社会を変えて問題を対処するか」というところに置いているように見えるし、彼の支持者も橋下氏に合わせて目線を置いているような気がする。他方で私は、言ってみれば小市民的で、あくまで自分と自分の周りの利益をどう守り抜き最大化するか、という視点で物事を見ることにしているし、他者に対してもそのような前提で配慮しがちなところがある。結果的にどうしても視点が保守的になってしまう。

そのため私は全体最適を目指す改革志向の橋下氏とはどうしても考えが合わないし、またそれを全面的に押し出す彼のスタイルに反発を覚えてしまうのであろう。そんなわけで結論は、「橋下氏のマネジメント能力は認めるが、橋下氏の思想が苦手」というごく当たり前のところに落ち着いたのだが、同じように感じている人は彼の政治的成果を実感していない非関西圏には結構多いように思う。

維新は「実は優しい」ところを見せられるか

その橋下氏がかつて率いた維新が、大阪でやってきたことはまさに「急進的な提案を社会に提示し、それに対する反発の声というものを呼び起こし、反対派の意見を取り込んだ実現可能な政策を作る」ということであった。

強気な姿勢はあくまでパフォーマンスで、決して反対派を圧殺するようなことはしてこなかった「(実は優しい)イケイケ強面のお兄ちゃん」のような存在であったからこそ彼らは関西においてあれほどの支持を得るようになったのであろう。

日本維新の会も、国政において同じような柔軟な姿勢で臨めば真に全国政党化への道が拓けるが、どうにも同党の昨今の政策的な議論を見ると“急進的”で“イケイケ”な部分が目立ちすぎているようでやや不安になるところである。例えば「ベーシックインカムの導入と減税の両立が非現実的」といった批判が党内での議論で指摘される同党の政策が、今後どのように反対派の意見を取り込み修正されていくのか。昨年の総選挙では躍進を見せた同党がどのような道を辿るのか、なま温かく見守りたい。

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- 2019/5/16