新婚夫婦、パリピ、フィリピン人ママ… 江戸時代から続く伝統神事・浅草「酉の市」の一夜を定点観測 - 清水駿貴
※この記事は2019年12月06日にBLOGOSで公開されたものです
11月20日、太鼓の音とともに老若男女多くの人々が浅草・鷲神社の鳥居をくぐった。その日、訪れた参拝者の数は計約50万人。求めるのは開運、商売繁盛を願う縁起物「熊手」だ。
BLOGOS編集部は江戸時代から続く鷲神社の「酉の市」を定点観測取材。
あえて小さな熊手を選んだ新婚夫婦、従業員たちの未来を願う経営者、熊手を買う気はないと豪語する“パリピ”、そして20年間、先輩に熊手を届け続ける男性--
伝統ある祭りの夜に出会った人々の声に耳を傾けた。
浅草・鷲神社の酉の市とは?
【23:00】 静岡から参拝 20年先輩と繋がり続けるために…
【23:20】 経営者が「黒さ」こだわるワケ
【23:30】 雑貨店の女性スタッフ「露店を信じてます」
【00:00】 365日を熊手作りに捧げる老舗店三代目
【00:40】 1ヶ月前に結婚 新婚夫婦の熊手選びに密着
【01:40】 フィリピン人ママ「商売繁盛、がんばりまーす!」
【02:00】 「熊手は一切買いません!」終電で駆けつけた“パリピ”な2人
人通りもまばらな午後10時 浅草・鷲神社の酉の市とは?
定点観測を始めたのは19日午後10時。きらびやかな熊手の露店が軒をつらね、ベビーカステラや串焼きなどさまざまな屋台が並んでいるが、人通りはまだ多くない。「酉の市」の本番は午前0時から始まる。
酉の市とは、毎年11月の酉の日に行われる伝統神事。関東各地で開かれているが、なかでも鷲神社は「起源発祥」として知られる。「一番太鼓」を合図に始まり、終日、祭りでにぎわう。参拝客の多くが目当てとするのが、福を呼び込むとされる縁起物の「熊手」だ。おかめの面や来年の干支など意匠を凝らした豪華な熊手を販売する商店が境内に並ぶ。
月に酉の日が二回ある時は「二の酉」、三回ある時には「三の酉」と呼ばれる。今回、BLOGOSが取材したのは二の酉。鷲神社によると、令和初となる今年は一の酉、二の酉合わせて約85万人の参拝客が訪れたという。
午後11時 静岡から新幹線で参拝 20年間、先輩に熊手を届け続ける男性
酉の市が本格的に始まる午前0時に合わせて鳥居の前で列をなす人々。一方、終電などの関係から早めの参拝に訪れた客もいる。
取材開始から1時間、大きな熊手2本の購入を決めたばかりの男性に出会った。知人2人とともに参拝。聞くと、20年以上、鷲神社の酉の市に通い続けているという。
「いま47歳なんで、20代後半のころからですね」
当時、浅草でアルバイトをしていた男性だが、お世話になっていた先輩が体調を崩してしまった。願掛けのために酉の市で熊手を購入して届けたところ、先輩の体調は回復していった。「それから縁起物として毎年足を運ぶようになりました」。
現在は歯科医として働いている男性。この日、20軒近くの露店を回り、きらびやかな熊手を2本選んだ。それを抱え、タクシーで先輩が勤める都内の大学へと向かう。
「お世話になった人とずっと繋がれるように」
熊手店の従業員たちが手を叩いて商売繁盛や安全を願う「手締め」の掛け声が夜の浅草に響いた。
午後11時20分 建設業経営者が 「黒い熊手」を選んだワケ
露店で販売されている熊手のデザインはさまざまだ。黒い熊手を担いだ建設業経営者の男性は「手のひらサイズ」から少しずつ大きくしていき、約10年で等身大の大きさを購入するまでになったと話す。
数ある熊手のなかから一つに絞った決め手は、会社が「黒字」になるようにと願いを込めた黒色。「来年の目標は、従業員と周りが幸せになってくれること。ただそれだけです」と目を細めた。
午後11時半 熊手選びは露店に一任 「いつも良いものを選んでくれるので信頼しています」
こだわりの熊手を探すだけでなく、長く付き合い続けている熊手店に選択を委ねる参拝客も多い。
浅草の新仲見世商店街の服飾雑貨店「シャニット」のスタッフは一同で参拝。「いつもお世話になっている」という熊手店に今年も装飾を頼んだ。店員から渡された熊手の中央にはフクロウの姿が。「ほかでは見かけないデザインでとても気に入りました。気合が入ります」と満面の笑み。良い年が来るように願いを込めて、「いまからお店に熊手を飾ってきます」。
午前0時 酉の市2日間のために365日を熊手作りに捧げる老舗熊手店三代目
午前0時、太鼓の音ともに酉の市・二の酉が本格的に始まった。開始を鳥居の外で待っていた人たちが参拝し、祭りのにぎわいはピークに達する。
露店に所狭しと並べられた豪華な熊手は、どのように作られているのか。約100年の歴史を持つ老舗「浦和西藤」の三代目は、「1年間のほとんどを熊手のデザイン考案に費やす」と語る。
熊手は「お客さんに楽しんでもらえるように」と毎年、新しいオリジナルデザインを考え出す。パーツはひとつひとつ手作り。来年の干支にちなんだネズミや縁起の良い将棋の“王将”、商売繁盛にちなんだ大判小判など、さまざまなデザインが施された熊手が店には並んでいた。
千葉県産と茨城県産の竹を熊手作りに使用する浦和西藤は今年、台風の影響で製造が追いつくか「ギリギリのところだった」という。それでも、「お客さんに喜んでほしい」と酉の市に間に合わせた。
そんな浦和西藤の今年の一押しは「金の鎖」をつけた熊手。「実は来年のために考えたものですが、一の酉に試作で販売したら予想以上に好評だったので、二の酉で売ることにしました。来年のデザインをまた考えないと」
神社のお守りなどを手がけながらも、365日熊手作りにあけくれる三代目。年に2日間だけ、店に並ぶ熊手には「縁起良くなって良い年を迎えてほしい」という想いが込められている。
午前0時40分 1ヶ月前に結婚 新婚夫婦の熊手選びに密着
神社でお守りを購入していた男女4人組。社交ダンスを教えるプロのダンサーだという。女性の一人は「酉の市に来たのは初めてです」と笑顔。「こんなにあるとは思わなくて。どのお店を選んだらいいんだろう」と露店の光に顔を輝かせた。
一緒に来ていた男性とは10月末に結婚したばかり。新婚夫婦の記念すべき1回目の熊手選びに密着させてもらうことになった。
夫婦で訪れたのは夫が「いつもここと決めている」という熊手店。去年購入した熊手より小さいものを選ぼうとする男性に店員は不思議そうな顔をする。「結婚をしたので、心機一転、小さいのから買おうと思いまして」。男性が理由を明かすと、店員から祝福の声と拍手が送られた。
「社交ダンスのプロとして勝ち運と、金運を呼べるデザインがいいな」「ネズミがいるのが可愛い」「もうちょっと“勝つ”感じのが……」「昇り竜はどうだろう」「小判に令和って書いてある!」
夫婦で悩むこと10分、「これいいかも」と声が揃った。「幸せを願いました」と笑みを浮かべた2人。手には金色の熊手が収まっていた。
午前1時40分 日本で過ごして25年 スナックのフィリピン人ママ「商売繁盛、がんばりまーす!」
夫婦を見送った後に遭遇したのは、店の前で写真を撮る一団。中央にいた女性は来日して25年のフィリピン人ママだという。浅草・国際通りでスナックを経営し、商売繁盛を願って毎年、酉の市に通う。今年は19年目だ。
セブ島出身の女性スタッフと一緒に熊手を持って「がんばりまーす!」。元気な声が祭りのにぎわいのなかでひときわ響いた。
熊手はお店の真正面に飾る。「お客さんが入った時に見えた方がいいでしょう?」とママ。これから、スタッフや家族とともに「お食事をして、乾杯して、熊手を飾りにお店に帰ります」
午前2時 「熊手は買いません!」終電で駆けつけた“パリピ”な2人
取材を終え、帰路につこうとした時、すれ違ったのはお酒を手にした若い男女。「熊手を買おうとは一切思わないですね!」と清々しいくらいに宣言した。「雇われの身なので商売繁盛とか全然です」と祭りを楽しむことが目的だという。
2人の“ルール”はまず屋台で唐揚げを購入すること。「竜田揚げっぽいのではなく、茶色いの」が絶対条件だ。
「我々パリピからしたら酉の市といったら新宿か浅草」と話す男性。夕方に一度、鷲神社を訪れたが、新宿・歌舞伎町にある花園神社の酉の市と違い人通りが少なかったので、一度赤羽の家に帰宅。終電に乗って「リベンジ」に来たという。
「やっぱり酉の市って来たいじゃないですか!」。朝まで飲み明かすかは「場面っすね~」と決めかねている様子だが、「もう少し練り歩きます」。
にぎやかしい祭りの灯りのなかに消えていく2人の背中を見送り、酉の市定点観測取材を終えた。
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