「人生で二度、息子の葬式を手配した」薬物乱用で息子2人を亡くした女性が訴える薬物中毒者と家族の苦しみ - 木村正人
※この記事は2019年12月05日にBLOGOSで公開されたものです
「麻薬取り締まりの戦いが息子の命を奪う」
[ロンドン発]英イングランド中西部ウスターシャー州で暮らす元学校書記ローズ・ハンフリーズさん(74)とジェレミーさん(76)夫婦は3人の息子のうち2人をヘロインの過剰摂取で亡くしました。ローズさんは訴えます。「薬物取り締まりの戦いが息子の命を奪った」と。
これ以上ないほど理想的に見えるローズさんとジェレミーさんの家庭がヘロイン中毒の息子2人に振り回され、希望と失望の苦しみを繰り返してきたとはとても想像できませんでした。
英イングランド・ウェールズでは昨年、薬物乱用で4359人が亡くなりました。1年で16%も増えたのは1993年以来初めてです。
日本では人気女優、沢尻エリカ容疑者(33)が自宅マンションで「パーティードラッグ」と呼ばれる合成麻薬MDMAを所持していたとして麻薬取締法違反容疑で逮捕されるなど、芸能人やスポーツ選手の薬物乱用があとを絶ちません。
厚生労働省は「薬物乱用は絶対ダメ」と呼びかけているものの、2017年の全国調査によれば、覚せい剤や大麻などの薬物を少なくとも1回以上使ったことがある人(15~64歳)は約216万人、使用者人口は約133万人と推計されています(依存症対策全国センター)。
厚労省麻薬取締部や警察は「一罰百戒」効果を狙って著名人の検挙に力を入れ、メディアもセンセーショナルに報道します。英マンチェスターで開かれた薬物被害防止団体「あなたの子供も(anyoneschild.org)」のイベントに参加して筆者も薬物乱用について考えを改めました。
日本のようなやり方を「スティグマ化(烙印を押すこと)」と言うそうです。依存症の治療より取り締まりに力を入れると、治療が手遅れになって依存症患者を死の淵に追いやってしまうことがあります。センセーショナルな報道が薬物汚染の実態を覆い隠してはいないでしょうか。
「他の親には自分たちと同じ苦しみを味わわせたくない」と言うローズさんの話を聞きました。
「涙でかすんだまま時間が過ぎた」
2003年のある朝でした。「2人の警官が訪ねてきて居間で待っている」と夫に起こされました。胸騒ぎがしてガウンをつかみ、階段を急いで下りました。息子が逮捕されたのだろうか、警察に迎えに行って連れて帰らなければと考えていました。
ソファに座ると、警官はていねいに話し始めました。若い男性が遺体で発見された、と。私はその若者は三男のローランドや友人たちと一緒にいた誰かだろうと思いました。しかしローランド本人であることが次第に分かってきました。
外が明るくなるまで涙でかすんだまま時間が過ぎました。ローランドの兄2人や友人、そして私たちの両親に連絡しました。その日の午後、遺体を確認するため警官は私たちを車に乗せました。どうか間違いであってほしい、ローランドではありませんようにと何度も何度も祈りました。
しかし間違いなく、ローランドでした。遺体は硬直し、冷たくなっていました。23歳でした。
「密売人は強い薬物を勧め、購入者を借金漬けにする」
次男のジェイクは10代の頃、友だちと大麻、アンフェタミン(覚せい剤)、マジックマッシュルーム(幻覚キノコ)を使い始めました。ローランドもジェイクの後を追いました。
息子たちが薬物を使用しているのではないかと疑うより以前に、薬物はダメよと話していたにもかかわらずです。薬物教育は、恐ろしい話をするよりも事実にもっと基づいて行われるべきでした。
組織犯罪によって運営される規制なき市場で息子たちは簡単に薬物を手に入れることができたのです。闇市場では年齢を示す本人認証(ID)は必要ありません。
2人の息子は私たちとの約束を破って、学校のキャリアを台無しにしました。私たちはなすすべもなく、これが十代の反抗かと想像を巡らせました。ジェイクとローランドの友人のほとんどは、薬物使用が問題化しないとされる90%の側に留まりました。
しかし2人は自分たちがヘロイン中毒になるとは知らないまま、残りの10%に陥りました。薬物の密売人はより危険で強い薬物を勧め、購入者が借金漬けになるよう促します。それは合法化され、適正に規制された市場では決して起こらないことです。
ジェイクは夜遅く帰宅した際、「脅されて長い道のりを隠れて走ってきた」と打ち明けることが度々ありました。彼は仲間に「借金を返さなければ、家の窓ガラスを壊す」と脅されていました。ジェイクの薬物乱用を通報することになるので警察には連絡せず、私が代わりに借金を払ったのです。
ジェイクは大麻所持で逮捕されました。私が地元紙の報道でそのことを知った時、ショックを受けましたし、恥辱にまみれました。ジェイクも数年後「この時は恥ずかしく、レッテルを貼られたと感じ、さらなる転落を後押しした」と振り返っていました。
依存症の治療には何の役にも立たない刑罰と犯罪歴
罰金と犯罪歴は更生には何の役にも立ちません。2人の息子の薬物乱用を耐え忍ぶのは辛いことでした。それが何年も続きました。薬物依存症に陥った家族と一緒に暮らしている人しかこの困難を本当に理解できません。
息子たちのずる賢い振る舞いやごまかしは、彼らの姿をしばしば覆い隠しました。私は常に不安でした。違法薬物の乱用という烙印が押されるため、何が起こっているのか誰にも話すことができませんでした。泣き出したいのに何もないような顔をして仕事に出かけていたのです。
ローランドは優しい心の持ち主で、私に薬物の使用を打ち明けることもありました。ヘロインを吸うようになったと告白した時、彼は18歳でした。私は依存症を心配しましたが、ローランドは注射さえしなければ依存症にはならないと言いました。そして最終的に彼はヘロインを注射するようになるのです。
ローランドは恋人ができてからはしばらくヘロインを使わなくてもよくなりました。彼女と別れるまでは健全な状態に戻っていたのです。しかし、失恋に対処する唯一の方法として彼が知っていたのはヘロインでした。数カ月の絶望が続いた後、人生を整理して大学に進学することを決めました。
ヘロイン依存症から抜け出すため助けを求め、合成鎮痛薬メタドンを使った治療プログラムの待機リストに入りました。彼は使用量を減らし、できるだけ家にいるようにしながら6週間待ちました。
しかし電話で友人宅に呼び出され、ヘロイン使用と飲酒で亡くなってしまったのです。
「息子にヘロインを買って与えた」
もし依存症治療を待たずに受けることができていたら。ローランドがトイレで倒れているのを仲間が見つけた時、回復させるナロキソン(麻薬に対する強力な拮抗薬)を持っていたら。検挙を恐れて救急車を呼ぶのが遅れていなかったら、彼は助かっていたはずです。
悲しみとともに、別のことが私を苦しめていました。他の親は私がしたようにする必要はありません。ローランドがメタドン治療プログラムでヘロインの使用量を減らそうとしていると話してくれた時、彼を助け、コントロールするために必死になりました。
頼ってくる彼にヘロインを買い与えました。違法だということは知っていましたが、助けたい一心でした。
私は警察から正式に事情聴取すると告げられましたが、警察署で聴取が行われるまでの半年間、心配で仕方ありませんでした。
聴取された時、警察からは(犯罪の軽重及び情状により)それ以上追及しないと言われたのです。薬物乱用の問題が犯罪としてではなく健康上の問題として扱われていたら、こんな思いをせずに済んでいたはずです。
ローランドが亡くなった時、ジェイクは大学に行っていて家にはいませんでした。ジェイクは薬物の使用量を減らし、学校から追放されたにもかかわらず少し回り道をした学生として大学にたどり着きました。しかしローランドの死の知らせにジェイクは取り乱しました。
ジェイクは現実から逃れるためこれまで以上に薬物を使用するようになり、大学を中退しました。ジェイクが家に帰ってきてから3年間ひどい年月を重ねました。
しかしある日、ジェイクは決心してリハビリに行き、変身しました。彼の思いやりと創造性が前面に出てきました。
次男のジェイクも再起叶わず亡くなる
ジェイクはヘロインをほぼ7年間使用せず、一生懸命働いて勉強もしました。私たちは彼をとても誇りに思いました。2013年に依存症がぶり返しました。そして翌年、また再発しました。彼にはパートナーと、1歳9カ月の息子と一緒の明るい未来が待っているはずでした。
大学院で修士号を取得し、アートを使った心理療法士の資格を取得するわずか数週間前、ジェイクはロンドンの自室で死体になって見つかったのです。私は、ジェイクのパートナーからの電話で息子の死の知らせを受けました。死因は、違法薬物とされるヘロインの過剰摂取でした。37歳でした。
簡単にアクセスできるクリニックがあれば、ヘロインが欲しくなった時、カウンセリングやヘロインを使った治療が可能でした。また、自分自身で使用すべきではないと理解していた場合は、過剰摂取予防センターに行くこともできたはずです。
私は人生で二度悲しみ、二度息子たちの葬式を手配しました。ジェイクの遺体は帰宅し、ローランドの横に埋葬されています。
これが「あなたの子供も」に私が参加した理由です。この会は薬物を取り締まる法律の犠牲者の家族がお互いに理解し、サポートし合う場所です。
私たちの苦しみを他の親が味わうことがないよう、みんなで力を合わせて薬物の合法化(※)と適切な規制を求めています。
(※)グローバル化に伴って違法薬物は容易に国境を越えて、手に入りやすくなっています。英国では若者の違法薬物の使用は野放しになり、闇市場が拡大しているのが実態です。薬物で最愛の息子や娘を亡くした多くの親たちは依存症の治療を最優先にして適切な規制を可能にするため、逆説的に聞こえるかもしれませんが、薬物の合法化を訴えています。そうしないと効果的な薬物規制も依存症治療の優先も実現できないと考えているからです。