警官隊の大学キャンパス突入に募る怒り 5ヶ月目に入った香港デモ - ふるまいよしこ - BLOGOS編集部
※この記事は2019年11月19日にBLOGOSで公開されたものです
◆「プライベートエリア」にも強行突入する警察
山間にその地形を利用して立っていることから緑豊かで、香港随一の美しさを誇る香港中文大学のキャンパスに、催涙弾が次々と着弾し、フル武装の機動隊がいつもは学生がサッカーを楽しんでいるグラウンドを横切っていく…ネットで流れたあまりにもシュールな光景に多くの香港市民は言葉を失った。いったいなんのために?
この前日の11月11日には、警官隊が市街地にあるいくつかの大学にも突入しており、やはり催涙弾やゴム弾をまるでそこがいつも警察が管理している路上かのごとく遠慮なく打ち込み、激しい非難を受けた。
逃亡犯条例改定案をきっかけにしたデモが始まって5ヶ月。改定案自体は先月の立法会議会で撤回宣言が行われたが、事態はすでにそう簡単には振り出しに戻らない、いや引き戻せないところまで来てしまった。
6月から市民が叫び続けている五大要求(改定案の撤回/「暴動」定義の撤回/デモ関連逮捕者の起訴取り下げ/独立調査委員会の設立/民主的選挙の実施)のうち残りの4つの実現を求め、抗議者側は徹底的に抗戦を続ける一方で、警察の行動の激しさはますますエスカレートしている。警察はデモが行われる路上や公的機関での取り締まり以外に、ショッピングモールやマンション、店舗など特定の管理責任者が存在する「プライベートエリア」にも強行突入するようになっており、それを拒もうとした警備員や管理者などが公務執行妨害で逮捕されるという事態がほぼ日常化してしまっている。
一般的にはこうしたプライベートエリアでは、管理者が管理権を持っており、警察はその要請の下において、あるいは裁判所が発行する捜査令状を手にして初めて踏み込むことができる。だが今では具体的な誰を標的にしたわけでもなく、ドアを壊さんばかりに叩き、相手が怯んだすきに取り押さえ、仲間たちがずかずかと入り込み、そこに居合わせた人たちを怒鳴り上げ、次々と組み伏せている。
◆若い男性を中心に警官の標的に?
街ではすでに黒いファッションで歩いているだけで呼び止められて囲まれ、ちょっとでも抵抗や反抗を見せると、暴力的に抑え込まれる。特に20代前後の男性は警官と目を合わせると標的にされる。ちょっとでも反抗が激しければ激しく殴打され、呼び止められて血だらけになるといった事態も珍しくない。さらにネットには明らかに妊婦と思われる女性が、警官に不満を述べただけで地面に引き倒されて押さえつけられる様子が動画になって流れていた。あの女性とお腹の子どもはどうなったのだろうか(たぶん、その後が流れてこないところを見ると、その場にいた市民たちが激しく非難していたので釈放されたのだろう。お腹に影響がないといいのだが)。
公道ですらそんな状態なのだから、自宅マンションやオフィスであっても「突入されたところに居合わせたら…」という不安を抱えながら市民は日々を過ごしているのである。
警察側は「正当な理由がある」「プライベートエリアだからといって犯罪者の巣窟にしてはならない」と法的正当性を主張するものの、まるで戒厳令下に置かれた如くの警察権力の無制限な拡大に市民はまったく納得していない。
そして起こった、冒頭のまるで映画のようなキャンパスでの抗戦活動は、人々の心に衝撃を与え、凍りつかせた。
◆香港市民の日常になった「異様さ」
今回の大学突入に至った直接のきっかけは、一人の大学生の死だった。彼は4日未明に自宅付近のマンションの2階駐車場通路の床に激突した状態で倒れているところを発見され、病院に収容されたが脳死状態のまま8日早朝に亡くなった。
この駐車場は上階も駐車場になっているが3階には通路がなく、2階通路が吹き抜けになっている。彼はそこから転落死したと見られるが、なぜ彼が3階の手すりを越えて落下するに至ったのか、具体的なことはわからないままだ。スマホの記録をたどった結果、直前まで友人とマンションのすぐ前で起こっていたデモや警官隊の写真や、相手の安否を気遣うメッセージをやりとりしており、自殺の可能性はなかった。事故の可能性が高いとされるが、ならばなぜ3階の手すりを乗り越えたのか?
ある分析では、デモが警察によって蹴散らされた後、警官隊が付近のマンションでしらみつぶしのデモ参加者の捜索を行っており、亡くなった大学生は駐車場内に入ってきたその姿を目にして本能的に手すりを越えて身を隠そうとしたのではないかという。もちろん、まだ確証はないのだが、今の街なかの緊張状態では客観的にみてもありえないことではない。だが、この学生はこの日のデモには参加していなかった。
そこから、彼は直接の衝突で亡くなったわけではないものの、それでも広い意味でデモに関わっていたことで、この5ヶ月で初めてのデモ絡みの死者となった。学生の回復を祈り続けた市民たちは彼の死亡が伝えられた日、市内のあちこちで追悼集会を開催。警官たちがそれらを取り囲み、一部会場では一部参加者との小競り合いがいつものように衝突へと発展した。
こう書くと異様に思うかもしれないだろうが、そこまではある意味、ここ数ヶ月間の香港では「いつもの光景」だった。逆に言えば、市民はどこかでまた衝突が起こることを予想しながら、それでもその学生の追悼集会に参加した。こうした「異様さ」はすでに香港市民の日常のあちこちに存在しており、それを避けて通れないことを皆が意識して暮らしているのだ。
◆警察による無差別の敵視に怒りが爆発
だがこの日、追悼集会を取り囲んだ警官の中から「ゴキブリども、できるならかかってこい」「今日はシャンパンを開いてお祝いだ」という声が飛び出し「いつもの光景」が一変した。「ゴキブリ」とは、デモ隊が揃って黒い服を身に着けていることから警官がデモ隊を呼ぶときに使っていることはすでに知られていたが、「お祝い」「シャンパン」という言葉はさすがに追悼に来ていた人たちを刺激した。というのも前述したとおり、学生の死と警察の関係はまだ明らかではない。その日の午後には政府や警察トップも彼の死に哀悼の意を表明している。なのに、前線警官が堂々とその言葉を吐いたのである。いかに警官が大学生を、そしてその年齢層の若者を無差別に敵視しているかがわかるだろう。そこに市民の怒りが爆発した。
そして翌週月曜日の11日にストライキが呼びかけられ、デモ隊はその日早朝から交通をストップさせるため、各地の主要道上にレンガなどを積み上げるというゲリラ活動を展開した。同日朝、香港島東部の西湾河(さいわんほー)で取り締まりにあたっていた警官が、参加していた若者たちに向けて発砲、1人は腎臓を摘出する事態となった。さらに、九龍半島にある葵芳(くわいふぉん)では路上に集まったデモ隊に向けて白バイが2度3度と突っ込み、けが人が出ている。
またその一方で、新界の馬鞍山(まーおんさん)ではデモ隊と言い争いになった男性が、デモ隊側にいた人物から可燃性の液体をひっかけられた直後に火をつけられて火だるまになるという事件も起きている。この男性は病院に収容されたが、皮膚の4割をやけどして重体となっている。また同じ週にはデモ隊が投げたレンガを頭に受けた70歳の老人が亡くなり、デモ2人目の死者が出るという最悪の週になった。
◆「暴力がエスカレートした責任は警察」と考える人が半数以上
警官の常軌を逸した、無差別な「暴力」に対するメディアの激しい追及を受けて、白バイ警官は現在休職扱いで調査を受けていることを警察の報道官が記者会見で明らかにした。それでもその警官の行為の不当さ、あるいは警官たちの精神状況についての質問には言葉を濁した。林鄭月娥行政長官も「すでに政府や行政長官は警察をコントロールできなくなっているのではないか」と記者会見で詰問され、「個人的には不適当な発言だったと思う。だが、こうした個別の発言に対してはきちんとした調査を待たねばならず、そこからそのまま警察が制御不能という判断に発展するのは間違っている」ときびしい口調で述べ、相変わらずの警察に対する全面支持の姿勢を見せた。
だが、政府の全面的庇護を受けて拡大を続ける警察権力は市民の憎悪の的になっている。10月中旬に香港紙「明報」が行ったアンケート調査で警察に対する信頼感を0から10のポイントを選ぶ形で求めたところ、「0」と答えた人の数が51.5%とデモ始まって以来初めて過半数を突破。そこに「1~4」をつけた回答者を加えると、現状で警察に不満を持っている人たちは全体の7割を超えている。
また、学者ら有志が運営する「香港民意研究所」が今月7日から14日にかけて行ったアンケート調査の結果では、「暴力がエスカレートした責任」に対して、73%の回答者が「香港政府が非常に大きな責任を負っている」と答え、また「警察の責任」が58%、「デモ隊の責任」とした人は25%と、大きな開きがある。「それなりに責任がある」とした人をそれぞれに加えると、政府の責任は84%、警察が74%、そしてデモ隊は41%と、非難の矛先は具体的な行動を起こすデモ隊よりも、圧倒的に市民側を押さえつけようとする政府や警察に向けられている。
これらの結果は、日本のメディアの報道を見て受けるイメージと大きくかけて離れている。それはまず、日本メディアの報道の焦点が現地にいる記者自身が目にした「異様さ」に当てられ、「なぜそこに至ったのか」についての深層報道はあまりなされていないこと。また、取材を受け付けない警察に対してどうしても取材の矛先はデモ隊に向けられ、日本の平和な日常に暮らす視聴者には「デモ隊の異様さ」しか伝わらず、それが直接「悪」として視聴者に印象付けられやすい。
しかし、24時間その中で暮らしている香港市民は「異様さ」はデモ隊だけにあるのではないことを日々体感している。住み慣れた街にペッパースプレーや催涙ガスの匂いが充満するのは、それらを乱発する警察のせいだと考えている。実際に、1990年代をまるまる香港に暮らした筆者の30年来のノンポリ(だったはずの)友人たちも、今回の大学キャンパスでの激しい攻防戦の最中に次々と、「今日の生活がどんなに不都合を強いられようとも、我われは抗議者の側に立つ。彼らは我われの未来のために戦っている。抗議者を誇りに思い、また彼らへの支援を止めない」といった「宣言」をフェイスブック上でシェアし続けているのである。
「異様な日常」を強いられた市民のこうした支持や支援こそ、激しいデモが5ヶ月経っても続く最大の理由となっている。
◆大学突入は香港市民が守る価値観への挑戦
警官隊の大学キャンパス突入は、さらに香港市民が守り続けてきた社会秩序と価値観に激しく挑戦する行動だったと言える。
日本人にはわかりにくいかもしれないが、大学という機関は香港において、いや日本以外の世界中では、それは「知の殿堂」であり、ある種の不可侵な神聖さをたたえた存在なのである。そこからは社会に対して高い責任感を持ち、社会をしっかりと支えるエリートたちが世に送り出される。「エリート」という言葉は日本語的には鼻持ちならないように響くかもしれないが、世界的にはエリートは排除される対象ではなく、逆に社会をきちんと支え、運営していくためには欠かしててはならない存在なのだということも事前知識として認識しておきたい。
香港でも植民地時代から、香港大学(Hong Kong University, HKU)と香港中文大学(Chinese University of Hong Kong, CUHK)の2つが、「社会知」の双璧をなしてきた。前者からは著名な医師や弁護士、高級公務員などが誕生しているし、後者もまた医師や弁護士などの他、教師や文学者、芸術家、ソーシャルワーカーなど社会の「脊梁」となる人たちを多く輩出してきた。ちなみに子沢山な庶民家庭出身の林鄭月娥行政長官も香港大学を出て、高級官僚の道を歩み始めた。大学はフツーの家庭で生まれ育った子どもたちが人生を大きく変えるためのチャンスを掴む「登竜門」なのである。
その「知の殿堂」「知の砦」に警察が踏み込んだのは、まず大学そばにある主要道路にレンガが置かれ、交通が阻害されたことが当初の理由だった。街なかの香港理工大学そばには香港一の交通量を誇るホンハムトンネルがあるがそこを、香港バプティスト大学そばには九龍半島の幹線路であるウォータールーロードとマンモス住宅街を結ぶ道、そして香港中文大学そばには、香港北部と市内中心部を結ぶトロハーバーロードがある。それらの路上に障害物が置かれ、通れなくなっていた。
しかし、正式な許可も取らずにずかずかと土足でキャンパスに踏み込み、そこにいた(必ずしもデモ勇武派ではない)学生らにすごみ、引きずり倒して逮捕するという暴力的な作戦を展開したことは、明らかに香港の社会通念にとっては非常事態である。中文大学の段崇智学長も警官隊に抵抗してバリケードを築いて中に立てこもった学生たちと面談した後、警官隊の指揮官に撤退を要求したが拒絶された。そればかりか、返す刀でなんと学長らのグループが立っていた場所に催涙弾が打ち込まれ、このことがますます学生と市民の怒りを増幅した。
一部報道によると、このとき、指揮官は前線警官に停止を呼びかけたものの、前線警官はこれを無視、催涙弾を打ち込んだという。しかし、この行動に対する非難に対して警察の報道官は、「自分たちのキャンパスですら管理できず、また校内の暴徒も管理できないくせに何を言う」と公然と「知の殿堂」に対する挑戦とも思える発言を行い、これまた社会を唖然とさせた。
◆理工大学での衝突、そして区議会選挙の行方
その日のうちに、香港内の9大学の学長が共同声明を発表、「大学がこの危機を解決してくれると思うのは現実的ではない。この複雑極まりなく、困難な状況は大学がもたらしたわけではないし、それを大学の紀律が解決することもできない。これは香港社会の分断が反映されたものであり、政府が先頭に立って社会の各方面をまとめあげ、迅速そして具体的な行動でこの政治的デッドロックを解決すべきである」と述べている。つまり、9つの「知の殿堂」の管理者たちは、警察の低レベルな挑発には乗らず、善処を政府に求めた。
中文大学はまず、本来なら後1ヶ月ほど残っていたセメスター(学期)の終了を宣言し、学校は休日状態に入った。それと同時に多くの留学生たちが学校を離れ始める。さらに14日、段崇智学長の「学外関係者は撤退してほしい」と呼びかけに、それに応えるように15日にはデモ参加者の多くがキャンパスを去り、やっとのことで落ち着きを取り返した。
しかし、17日日曜日から、今度は街のど真ん中にある理工大学でデモ隊と警官の衝突が起こり、警官隊がキャンパスに突入し、校内のあちこちが煙や炎に包まれ、中にいた学生たち(その他市民も含まれていると見られる)約数百人が外に出られない状況となっている。同時にボランティアの緊急医療隊員、そしてメディア関係者も含めてなんと60人以上が逮捕されたと報道される。
同大学の滕錦光学長は18日早朝に動画を発表し、「警察と話し合い、学生側が暴力を使わないのであれば、警官隊も暴力を使わないという約束を取り付けた。デモ抗議者は暴力を手放してキャンパスを去ってほしい」という呼びかけを行った。これが「デモ参加者を切り捨てて保身に走った」と、学内及び学外で見守る人たちから激しい非難が巻き起こっている。
18日に政府は、24日に予定されていた区議会議員選挙が「予定通り決行できない可能性が高い」と発表した。今回の選挙区ではかつてないほどの大量の新人候補が立候補し、これまで自動当選で当選者が決まっていた選挙区でも一つ残らず選挙の波に洗われることになった。また、有権者側も新たに39万人というかつてない数の人たちがすでに登録を済ませている。明らかに市民の参政意識が高まっているところで延期を発表してしまえば、もしかしたら政府はそのために意図的に過剰な警察暴力を投入したのではないかという懸念も免れない。
この選挙は良くも悪くも今後の動きをまた大きく左右することになる。そして、このデモの行方はまだまだ予測がつかない状態である。