香港デモを機に中国の「支援漬け」に警戒高めるイギリスの大学 - 木村正人
※この記事は2019年11月15日にBLOGOSで公開されたものです
香港デモで高まる対中警戒論
[ロンドン発]中国への容疑者の身柄引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に端を発した香港の大規模デモで、旧宗主国の英国で中国に対する警戒論が急速に強まっています。
英下院外交委員会は、英国の大学に対して中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)から資金提供を受ける際、細心の注意を払うよう促しています。
グローバルな大学としての地位を高めるため国際的パートナーシップを促進するのは非常に有益ですが、敵性国家による「研究データや知的財産の取得を含む研究成果の不正流用」という深刻な脅威にさらされています。
英紙デーリー・テレグラフによると、情報機関の警告にもかかわらず、昨年末時点でケンブリッジ、マンチェスター、ヨークなど英国の20以上の大学がファーウェイから資金提供を受けることに同意していました。
ファーウェイはサリー大学に次世代通信規格「5G」イノベーションセンター設立のため500万ポンド(約7億円)を提供し、ケンブリッジ大学のコンピューターラボに100万ポンド(約1億4000万円)以上を投じることを明らかにしました。
世界で最も薄くて強く、導電性も高い炭素シート、グラフェンを開発するマンチェスター大学のプロジェクトへの支援も約束しました。グラフェンの革新的実験で2010年に同大学のアンドレ・ガイム、コンスタンチン・ノボセロフ両博士がノーベル物理学賞を受賞しています。
ノーベル物理学賞に輝いた技術の軍事転用を目論む中国
しかし、この画期的な発明であるグラフェンについて、南シナ海に人工島の軍事基地を次々と造成し、要塞化を進める中国人民解放軍(PLA)は軍事転用を検討しています。
南シナ海の人工島では高温、湿度、塩分を含んだ空気のため兵器や軍事施設、パイプラインの腐食は予想以上に速く進みます。コンクリート構造物は3年もしないうちに崩壊し始め、大砲は錆(さび)のため、わずか3カ月で使用不要になるそうです。
こうしたことから、グラフェンでコーティングすれば腐食を防げるのではないかとPLAは軍事研究を進めています。戦闘機や空母の表面をグラフェンで覆えば、レーダーで探知されないステルス性能を強化できると期待する声も上がっています。
PLAは錆の対策費を公表していませんが、米国防総省では戦闘機や戦艦、ミサイル、核兵器の腐食を防ぐため、毎年210億ドル(約2兆3000億円)の費用をかけているそうです。
潜水艦の能力向上は日本も他人事ではない
世界トップクラスの英名門大学の物理学教室。博士課程の1割弱、ポスドク(博士研究員)になると2~3割が中国人研究者だそうです。この教室では中国国防科技大学(NUDT)からも資金提供を受けています。
狙いはズバリ、最先端の量子テクノロジー。量子物理学を応用して感度をアップさせた加速度計を使えば、この10~20年中に潜水艦は水上に浮上せずに水中での活動を続けられるようになります。
原子のドブロイ波(物質波)による干渉計を利用し、感度を飛躍的に向上させた加速度計やジャイロスコープを開発。こうした慣性センサーのデータを分析すれば、わざわざ水上に浮上して外部からの信号に頼らなくても、自らの位置や速度を正確に把握できるようになるのです。
世界最高水準の対潜水艦哨戒能力を誇るわが国の海上自衛隊も、中国の核ミサイル原子力潜水艦に潜り放しで作戦行動を展開されると厄介なことになります。懸念はこれだけにとどまりません。
量子コンピューターの研究を続けてきたグーグルが「量子超越性」を実証したというニュースをご覧になられた方も多いと思います。
これまでのコンピューターでは事実上不可能とされる暗号化キーの解読も量子コンピューターなら可能になります。中国人研究者は量子コンピューターの研究・開発にも深く入り込んでいます。
米ソ冷戦期には対共産圏輸出統制委員会(COCOM)を通じ、自由主義圏の共産圏向け輸出は戦略物資を中心に厳しく統制されていました。
しかし冷戦終結で1994年に廃止され、軍事転用できる最先端の知識や技術の流出が大学の国際パートナーシップを通じてリアルタイムで起きているのです。
「台湾を国扱いしている」中国人留学生が大学に猛抗議
英名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)は逆さまにした大きな地球のオブジェを屋外に設置しましたが、「台湾が中国とは別の国のように表現されている」と中国人留学生から激しい抗議を受けました。
台湾(ピンク色)が中国(黄色)とは違う色で示され、台北が首都の赤色で表示されていたため、中国と同じ黄色にして台北を赤色で表示するのを止めよというのです。
実は台湾の蔡英文総統もLSE出身です。台湾の外交部長はLSEに公開書簡を出し、「台湾は主権を持った民主国家で、他の国に属していません。LSEでは台湾の若者も多く学んでいます。蔡総統もその1人でした。国力や人口で決められるべきではありません」と猛烈に抗議しました。
結局、LSEは台湾の横に「*」印を追加し、論争があるとの注釈をつけ決着を図りました。
LSEのクリストファー・ヒューズ教授は、中国人留学生が香港の抗議者の信用をひそかに傷つける活動に参加したり、中国の言語や文化の普及を目的に世界各地に設置された中国共産党の影響下にある非営利教育機構「孔子学院」の職員が学術会議で台湾に関する論文を没収したりするのを目撃したそうです。
学者から学問の自由への影響について懸念を表明されたのを受けて、LSEは親中派ベンチャーキャピタルから資金提供された中国研究のプログラムを中止しました。
脆弱なのは経営を留学生に依存しているイギリスの大学
11月4日に公表された英下院外交委員会の報告書「専制政治の時代にいかに民主主義を守るのか」には英国の大学に中国が及ぼしている影響について重大な懸念が示されています。脆弱なのは経営を留学生に依存している大学です。
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)のスティーブ・ツァン教授は次のように中国大使館の介入を指摘しています。
ラッセルグループ(ケンブリッジ大学やオックスフォード大学など研究型大学24校でつくる団体)に属するある大学では、副学長が中国大使館の誰かと話した後、予定されていた講演が中止されました。
中国大使館から圧力を受けた副学長が学者の1人に特定の期間中に中国に関する政治的コメントをしないよう求めたこともあるそうです。
歴史修正プロパガンダの前線基地として使われている孔子学院は大学を中心に世界550カ所に展開しています。
英国には現在10万6000人超の中国人留学生がいるのに、同じアングロ・サクソン系のオーストラリア、ニュージーランド、米国に比べると中国の影響力についてほとんど議論されていないのが現実です。米国やオーストラリアでは孔子学院を締め出す動きが出始めています。