※この記事は2019年10月30日にBLOGOSで公開されたものです

フランスへの日本酒輸出額が、2012年から2017年までの5年間で3倍伸びている。それも、従来の日本的な飲み方ではなく、「フランス流」の新たな飲み方が築かれているという。

「味」を重んじる日本文化と、「香り」を大切にするフランス文化。皆で輪になって愉快に飲む日本酒と、考えながら飲むワイン――。一見対極にある二国の飲料文化だが、日本酒はいかにフランス人たちの心を掴み、同国のアルコール飲料市場での販路を開拓してきたのか。

その背景には美酒を愛するフランスという土壌で、日本酒をイノベートし続ける「立役者たち」と「舞台裏」があった――。現地からレポートする。

「フランスで認められた日本酒」という世界共通の枕詞

日本酒の国内出荷量が、平成10年(1998年)から平成26年(2014年)までの16年間で半減している。一方で、農林水産省によると海外への日本酒輸出量はこの10年間で倍増しているという。

日本酒の全出荷量のうち輸出量が占める割合は約5%だが、この輸出の伸びは海外で日本酒の認識が広がっている証拠だ。

現在、日本酒の輸出先国71カ国のうち、8割を占めるのはアメリカ、韓国、台湾、中国、香港の5カ国・地域だ。フランスはこれらの国と比べると規模は決して大きくはないが、日本酒の海外進出戦略上、非常に重要な国だという。

「フランスで認められた日本酒」という枕詞は、世界中の消費者へ大きな影響力を発揮するからだ。

これを体現し、「フランス人の美酒・美食のプロが選ぶ、日本酒銘柄」を世界に送り出し続けているのが、2017年から毎年パリで開催される日本酒コンクール「Kura Master(クラマスター)」だ。今年は、フランス各地の高級レストランなどで働くソムリエや5ツ星ホテル関係者など約100人が集まり、720銘柄からトップの14の日本酒を選んだ。

「最高の品質を知る『フランス人ソムリエが選ぶ日本酒』というタイトルは、フランス国内、世界各地、ひいては日本国内での日本酒の販路拡大にも繋がっています」。「Kura Master」運営委員長で、約30年間、フランスで日本酒の進出を仕掛けてきた宮川圭一郎氏はこう語る。

中国の蒸留酒「白酒」と間違えられ続けてきた日本酒

とはいえ現状は、フランスのアルコール飲料市場において、日本酒の占める割合は微々たるものだ。

その背景には、日本酒への間違った認識が蔓延していたことが理由の一つにあるという。

「最初は誰も、日本酒の世界に足を踏み入れようとしませんでした。アルコール度数が日本酒より20度以上も高い中国の蒸留酒、白酒(パイチュウ)だと誤解されているからです」

ショットに見えるお猪口で無職透明の液体を飲むこと。そして、中国系レストランなどで食後に出される白酒が、フランス語での日本酒「Saké(酒)」と同名で呼ばれていること。その結果、「安くて、強い蒸留酒」という間違ったイメージが仏国内で広がっていった。

「この誤解を解いてくれるのが、語り手、そして売り手であるソムリエです」宮川氏はこう話す。

「また、一方でフランス人は超・保守な傾向があるのですが、壁を破って、一度飲んでみて、頭で理解すると、しっかりと根付きます」

宮川氏の隣で取材に応じてくれた、Kura Master広報担当のペコン倫子氏はこう付け加える。「フランス人は、自国のワイン文化を自負し、ワイン学など勉強をしてワインを飲むことを重視している。そのため、“考えるに値する、香りが豊かで、複雑なワイン”がアルコール飲料市場では重んじられます」

「このような“哲学的にお酒を飲む”土壌に日本酒を浸透させるには、 “フランスのワイン文化の論理”に一度当てはめて、“日本酒の文化”を理解してもらうことが大事です。

日本酒の主な原料は“水、米、麹”と、極めてシンプル。そして、長い歴史のなかで人の技術を重ね、昇華させてきたという点は、ワインの核の部分とまったく同じです。そしてピュアな味わいで、複雑感もある――。

こういった事実を知ることで、日本酒への敬意が出てくる。彼らにとって、圧倒的に高いレベルのものだと、認めないのは恥ずかしいことなのです」

「パリの最高級ホテル、『ホテル・デ・クリヨン』のチーフ・ソムリエのグザビエ・チュイザ氏も、日本酒に魅せられた一人。彼は、『日本酒の民主化を』とよく言っています。『世界の美食を受け入れてガストロノミーを拡大してきたフランスが、「日本酒? 私たちとは関係ない」と、壁を閉じることができるのか。日本酒をお客様に感動してもらえるよう提供するのが、私たちフランスの飲食業界に従事する者の使命だ』と」

普通酒 特定名称酒(純米、本醸造、吟醸酒など)として区分されない日本酒のこと。 純米酒 水、米、米こうじ 多くの場合、濃醇な味わい 本醸造酒 米、米こうじ、 醸造アルコール "3割以上削った米を使用。純米酒より淡麗ですっきりとしたものが多い。 吟醸酒 米、米こうじ、 醸造アルコール "4割以上削った白米を原料に用い、低温でゆっくりと発酵。(大吟醸は5割以上削る)フルーティーで華やかな吟醸香が特徴。

酒の香りを重んじる仏文化、味を重んじる日本文化

では、実際にどのように“蒸留酒”という誤解を覆し、ワイン大国フランスの土壌で日本酒を広めていけばいいのか。

その答えは、フルーティーで華やかな味わいの「吟醸酒」を広めること、それを「ワイングラス」で飲むことにあると宮川氏は言う。

「フランスは今、価格より質の時代です。これまでレストランで提供されてきた日本酒は、十中八九が普通酒、もしくは本醸造でした。でも、より洗練された吟醸酒を売った方が、美味しいためフランス人の消費者たちが飲むようになる。そこで、吟醸酒の割合を日本酒市場の8割にする活動をしました」

「ただ、吟醸酒は造る手間がかかるため、価格が高い。そこで、“ワイングラスに入れて売る作戦”を実行しました。小口で売れば値段が小さく見え、気軽に飲めるからです」

「また、ワイングラスに日本酒を入れることで、吟醸香(吟醸造りの清酒に出るフルーティーな香りのこと)を楽しむこともできる。

日本は、日本酒を平杯に入れて香りを適度に飛ばし、味を楽しむ味文化。一方のフランスでは、香りを最大限に堪能するため、丸みを帯びたワイングラスを使用するからです」

2007年当時にパリの高級日本食材店の営業を務めていた宮川氏は、この売り込み方に成功し、当時、ほぼ飲まれることのなかった吟醸酒の売り上げを大きく伸ばした。

こうしてフランスの日本酒市場では、どんどん日本酒が“ワイン的感覚”に近づいていったという。

健康志向のフランス料理界で、今後ポテンシャルを発揮していく日本酒

飲み方に加え、フランス料理界が健康志向に変化したことも、日本酒を広める追い風になった。

「今、シェフたちは、勉強のために日本食レストランに通っています。バターやクリーム、油の代わりに、美味しさを出すために、だしや醤油、味噌などの発酵食品で補う。前菜に、このように旨味や酸味も取り入れて軽くするのが、フランス料理界の新しい傾向です」宮川氏は、こう話す。

一方で、料理が変化したことで、ソムリエたちにとって、マリアージュにぴったりのワインを見つけることが困難になった。

例えば、7つの要素「う・に・たまご・く・さい・から・よ」とのペアリングは、ワインが苦手な食材である。これは、「う(旨味)、に(苦味)、卵(魚、鶏、マヨネーズ)、く(燻製)、さい(酸味)、から(辛味)、よ(貝類、海藻類などのヨード香)」だ。しかし、日本酒とは相性がいい。

宮川氏は、こう付け加える。「油がない料理と共存してきた日本酒は、今後のフランス料理界で、ワインに代わるお酒として大きな可能性をもつ。それをソムリエに、シェフとお客様の橋渡しとして伝えて頂くことこそが重要な意味を持ちます」

獺祭に恋に落ちた故ジョエル・ロブション氏

現時点では、フランスでの日本酒の販売場所は、大多数が日本食レストランだ。しかし、前出のように日本酒を取り入れる、シックで高級な星付きフランス料理店が増えている。

なかでも、日本と縁深いフランス料理の巨匠、故ジョエル・ロブション氏は、旭酒造の代表銘柄で最高級日本酒「獺祭」を飲んだ時に、あまりの美味しさに「恋に落ちたように」感動したという。その後、2018年に「Dassaï Joël Robuchon(獺祭・ジョエル・ロブション)」をパリにオープンさせた。

1階は洋菓子やパンを販売するブティック、2階はバーとティーサロン、3階はレストランという構成だ。ブティックでは、獺祭やその酒粕を使ったケーキやマカロン、宝石のように輝くチョコレートが並ぶ。

バーでは、獺祭を使用したカクテルなども提供。レストランでは、和食やフレンチと獺祭のマリアージュが楽しめる。

ジョエル・ロブション氏に「獺祭・ジョエル・ロブション」を任されたエグゼクティブシェフ、ファビアン・フランソワ氏はこう語る。

「日本酒を初めて飲んだ瞬間、感動しました。とてもエレガントなお酒で、多くの食材と相性がいい。獺祭は、ワインよりもフランス料理とペアリングしやすいと感じています。牡蠣、フロマージュ、フォアグラなどとも相性がいいのです」

ゲストの反応は、「美味しい」、「ワインみたい」と、それまで思い描いていた「SAKE」の味との違いや意外性に驚き、ファンになる人もいるという。

「自分のスタイル」を確立し、欧州市場に切り込む蔵元

現地で日本酒の文化と美味しさを広める仕掛け人たちの取り組みが成果を生む一方で、日本の蔵元は、どのようにフランスのアルコール飲料市場に打って出るのか。

パリで欧州最大級の日本酒の見本市「サロン・デュ・サケ」が、10月初旬に開催。2013年から開催される同見本市には、昨年度は42カ国から約4600人の日本酒愛好家やソムリエなどが来場し、約500種類以上の日本酒が出品された。

日本酒の魅力を世界へ伝える熱意をもとに、英語での日本酒メディアや酒造ツアー、海外への日本酒の販売など複数の事業を展開する会社が、「サケ・エクスペリエンス・ジャパン」だ。

日本酒の開発もしている同社は、富士山系の伏流水を用いて酒造りをする2軒の酒造と提携し、複数の日本酒をブレンドして製造した「ホクサイ・アッサンブラージュ 2019(250ユーロ=約3万円)」を出品した。

代表の井谷健氏は「フランス人はまず、値段を聞かずにコンセプトを問う。コンセプトを説明したら、値段設定にも納得してくる人が多い」と話す。パッケージに葛飾北斎の「怒涛図(男浪/女浪)」を活用し、意匠を借りた長野県小布施にある“北斎館”に対しては、文化財維持の為に販売価格の3%を支払っている。そんな「文化を尊重する姿勢」にも、来場者は感銘を受けたという。

信州諏訪で350年以上醸される銘酒「真澄」の蔵元、宮坂醸造の宮坂勝彦氏は、今回の見本市で「アイデンティティと、スタイルを見られていると強く感じる」と話す。同氏は、「流行りの味わいや、それを造るための製造手法を真似して追うのではなく、 自らのブランド・アイデンティティを認識し、それを表現する酒質を確立することが大切。その過程がなければ海外だけではなく日本国内でも真の意味でのブランド、そしてファンは生まれない」と語る。宮坂醸造は現在の取組のテーマを「原点回帰」とし、同社諏訪蔵で昭和21年に発見された協会七号酵母を使用した酒造りへと特化しているという。

また、フランス南東部ローヌ・アルプ地域で酒造りをするのが「昇涙酒造」だ。地元ピラ山の湧き水と、日本から輸入した酒米を使用し、酒を醸している。蔵元のグレゴワール・ブッフ氏は、「現在、30%の酒を日本に輸出、70%の酒をフランスで販売しています。私たちの酒は燗酒にも向いている。こうした日本酒の飲み方の魅力もフランスで伝えていきたい」と意気込みを語った。近年、欧州ではこのように“現地”で酒造りをする酒蔵が見られるようになった。

各蔵元の声を聞くと、見本市では全体的にスパークリング日本酒や吟醸酒などが好評だったという。しかし、日本酒の品質と同様に、歴史や文化を尊重している点、そして「個性」を持つことが重視されていたのではないだろうか。

最後に、宮川氏はこう付け加える。

「日本酒がフランスで評価されることで、蔵元の喜びに繋がっていく。そして、日本酒を通して世界から日本を元気にすることこそが喜びであり、私のミッションなのです」