他社との連携が新たなコンテンツを生み出す 佐々木紀彦氏に聞く、NewsPicks躍進を支えた「編集思考」 - BLOGOS編集部

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※この記事は2019年10月29日にBLOGOSで公開されたものです

ソーシャル経済メディア「NewsPicks」。2013年にリリース以降、ネットでの記事配信だけでなく、出版やコミュニティ、映像など、さまざまな形のコンテンツを生み出し、常に注目を集めているサービスのひとつだ。今回はそのキーマンでもある株式会社ニューズピックス取締役 新規事業担当/株式会社NewsPicks Studios CEOの佐々木紀彦氏に、新著のタイトルでもある『編集思考』がどのようにNewsPicksの躍進を支えたのか、たっぷりと語ってもらった。【取材・文:村上隆則、撮影:弘田充】

佐々木氏が考える 「NewsPicksが成長した理由」

-- さっそくですが、佐々木さんはNewsPicksがこの短期間で成長できた理由はなんだと考えていますか

5年以上前に、プラットフォームとしてさまざまなメディアの記事をキュレーションするとともに、自分たちの編集部(パブリッシャー)でも記事を作る「プラティッシャー」という言葉がアメリカで取り沙汰されていました。まずNewsPicksでは、この組み合わせがうまくいきました。

さらに、これらの記事が、「Pick」と呼ばれる機能を通じてNewsPicks上のソーシャルに広がっていく。これによって読者の方々がコメントというコンテンツを作ってくれたり、記事をSNS上にシェアしてくれたりと、さらなる広がりを生んでくれました。つまり、NewsPicksの勝因は「プラットフォーム」「パブリッシャー」「ソーシャル」の3つを掛け合わせたことだといえます。この組み合わせは世界でもあまりないと思います。

-- 「経済」というジャンルに特化しているのもNewsPicksの特徴ですよね

『編集思考』でもまず「セレクト(なにを選ぶか)」が大事だと書いているのですが、経済というジャンルに特化することによって、質の高いコメントが集まりました。また、経済は専門的なので課金もしやすかった。しかもリーマンショックなどの経済的な事象によって、経済に関する情報へのニーズが社会的に高まったんです。

もう少し別の視点で考えると、そもそも、NewsPicksというプラットフォームを作ったのはユーザベース共同代表の梅田(優祐氏)でした。当時、梅田はすでに「SPEEDA」という経済情報プラットフォームで成功していたイノベーターでしたが、バックグラウンドは金融やコンサルで、いわゆる「メディア人」ではありませんでした。彼のようなイノベーターにCTOの杉浦、コンテンツのプロとしての私などがかかわって、うまく掛け合わせることができた。もし誰か1人でやっていたら、成功はしていなかったと思います。

-- メディアとしての文脈のないところで記事や動画など新たなコンテンツを作り続けるというのは大変だと思います。困難はなかったのでしょうか

たしかに、普通の会社だとなかなか難しいかもしれません。しかし、ユーザベース(株式会社ニューズピックスの親会社)には新しいことが奨励されるカルチャーがありましたし、私も新しいことを色々とやりたいほうだったので、そこがうまくマッチしました。

コンテンツ面でいうと、記事の世界というのは1本数万円で作れるので、試行錯誤しやすいですよね。そのため、大胆なトライアンドエラーができました。そういう意味では、NewsPicksで活字から始めたのはよかったと思います。

他社と連携し、新たなコンテンツを生み出す

-- 佐々木さんはNewsPicks Studiosで動画コンテンツにもかかわっていると思いますが、動画も活字と同じように勝ち筋は見えてきていますか

まだまだ模索しているところですが、活字と動画はかなり違うように思います。分野は同じでも、もう少しエンタメ性が必要ですね。活字で書くのがうまい人でも、喋るのは苦手だったり、その逆もあります。私の見たところ両方の才能を持っている人はあまりいないですし、やはり別の才能なのだと思います。

制作サイドもテレビ番組を作っていた人がWebもうまいというわけでは必ずしもありません。やはり、新しい時代の動画作りに適応できる人は少ない。また、活字と違い動画は多いときには100人以上がかかわる団体ビジネスです。制作費も大きくなり、失敗しづらいという点も大きな違いです。

-- NewsPicksでは、「THE UPDATE」などの番組はTwitterと連携し、書籍では幻冬舎と連携するなど、外部との連携もうまくいっているように見えます

そこは編集思考の最たるものです。我々だけでなく、いま日本企業に求められているのは他の企業といかに協力していくか。もはや従来メディアがとってきたような村社会的なやり方は機能しにくい時代です。NewsPicksはプラットフォームとしてさまざまなメディアパートナーの記事を集めてきましたが、それと同じように、我々にはないものを持っている企業と連携しています。たとえばTwitterは我々にはないリーチ力や拡散力を持っているので、NewsPicksだけで届けられない方にコンテンツを届けることができます。また、幻冬舎さんと組むことで、我々にあまり知見のなかった書籍や雑誌なども作ることができました。

-- 『編集思考』の版元でもあるNewsPicksパブリッシングは自分たちで新たに立ち上げたという形になるのでしょうか

はい。幻冬舎さんとやっているNewsPicks Bookとは別で、新たに版元を立ち上げました。NewsPicksパブリッシング編集長の井上は、NewsPicks Book編集長の箕輪(厚介)さんとは違う魅力を持っています。箕輪さんは最先端のことが得意ですが、井上はより普遍的なものを捉えるのが得意。こうした違うタイプの2人がいることで、NewsPicksの書籍の深みも増していく。今回の本でも「最先端と普遍」を掛け合わせることが1番効果があると書きましたが、それを実践している形です。

古くなってきた「ネットメディア」という定義

-- 佐々木さんは海外のメディアビジネスにも詳しいと思いますが、現在の日本のネットメディアの課題はなんだと思いますか

まず、この数年で、「ネットメディア」という定義自体が古くなってきているように思います。もはやネットは当たり前ですから。

放送局や新聞社、雑誌社もネットでコンテンツを配信している現在では、「どういうメディアが未来形か」という問いが重要になってきています。NewsPicksもネットネイティブですが、イベントをやったり、書籍や雑誌を出したりしていて、もはや「ネットメディア」という枠には収まらなくなってきました。

『編集思考』では「エンゲージ(深める)」という言葉で書きましたが、ネット空間だけだと読者とのつながりやコンテンツの深みに限界があります。これを深めるために、リアルなものをしっかり持って、ネットと絡めていくことが大事です。

『編集思考』 (NewsPicksパブリッシング) 佐々木紀彦 - Amazon.co.jp

そう考えると、これからは「時代に適応した伝統メディアと、適応できない伝統メディア」「進化し続けるニューメディアと進化が止まったニューメディア」という形になっていくのだと思います。

-- メディアの担い手であるジャーナリスト同士のコラボレーションが重要だという機運も海外では高まっていますが、日本ではそれほどでもありません。その理由はなぜだと思いますか

日本のジャーナリストが個人として働いていないからだと思います。フリーでやっている方もいますが、ジャーナリストでもクリエイターでも、多くの場合、「日本のメディア人はサラリーマンである」というケースが多い。メディア人は個人として自立することが第一で、会社のために働くよりも、社会のために働くべき仕事だと思っています。いまの状況が変わってくれば、面白い時代が来るはずです。

-- 変わるのに必要なことはなんだと思いますか

やや極端な例ですが、どこか大きな会社が経営危機に陥ることなどでしょうか。これが起これば、たくさんのメディア人が個人として生きることを意識することになります。

先日アメリカで、この10年で記者の雇用が4分の1減ったという報道がありました。 ドラスティックすぎるかもしれませんが、それが現実です。アメリカの場合、地方紙はクラシファイドアドという小さな広告枠がGoogleなどに奪われて、どんどん厳しくなった。たとえば、日本の新聞は広告依存度が低く、宅配制度が強くて課金が強いため衰退スピードがアメリカに比べて遅いですが、いずれ本当に厳しくなるタイミングは来るでしょう。雑誌は一足先に休刊が相次ぎ、かなり弱ってきています。そうすると、仕事が減り、メディア人の枠が減るということも十分あり得ます。日本はアメリカの10年遅れくらいの感覚なので、同じようなことが今後5~10年で起きるはずです。

同時に、日本のニューメディアのなかで大きくなっていったり、世の中にインパクトを与える報道をしたり、しっかり稼げるようなビジネスモデルを作ったりといったところが生まれなかったのも課題です。これは我々も含めてニューメディアの頑張りがまだ足りないのかなと思います。

言論活動をビジネスだけで支えるのは限界になりつつある

-- NewsPicksは課金型のメディアですが、期待が持てる新たなビジネスモデルはあるのでしょうか

課金は経済メディア以外では難しいと思います。一方、広告は単価が安く、それだけで成功するのは厳しい。そう考えると、寄付やクラウドファンディングなどに頼るのもひとつの手です。

実際、イギリスの新聞「The Guardian」は、読者から寄付を募り、黒字化することに成功しました。また、最近調べていて興味深かったのですが、イギリスのエコノミストであるDame Frances Cairncross氏は「今後は良質なジャーナリズムを支えるための公的なファンドが必要だ」と説いています。いずれにせよ、言論活動をビジネスモデルだけで支えるのは限界だというのは、コンセンサスになりつつあります。

-- 従来のやり方だけでは難しいということですね

まだ可能性が残っているのは動画です。YouTubeの伸びを見ていても、色んなコンテンツが動画にシフトしているので、新しいビジネスモデルはまだあると思っています。なので、食わず嫌いせず、活字出身の方も動画の世界に入ったほうがいい。

とはいえ、NewsPicksの原点はジャーナリズムですし、ブランドの柱であるべきだと思います。ただ、それとともにエンタメ性のある動画コンテンツがあることでバランスが取れる。NHKに報道もバラエティも朝ドラもあるように、バランスのよいコンテンツ構成が大事です。

メディアは「つなげる」ことが大事

-- 最後に、経済でいえば日経新聞があり、キュレーションプラットフォームのようなサービスもネット上には色々とあったと思います。そんななか、後発ながらNewsPicksが新たな生態系を生み出せたのはなぜだと思いますか

よく例に出される、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティという、キャズム理論の図がありますが、これに沿って考えると、20代、30代のイノベーター、アーリーアダプターが読むメディアが日本になかったのだと思います。いまはNewsPicksも多くの人に読まれることを目的として、徐々にアーリーマジョリティにも手を伸ばしていますが、最初はイノベーター層を意識した内容でした。もともとNewsPicksは梅田というイノベーターが、自分で使いたいサービスを作ったものでした。そうすると、周りのイノベーターが集まってきて、独特なコミュニティが生まれた。そこでみんながコメントすることでひとつの世界観も生まれたわけです。

-- NewsPicksも拡大するにつれて、徐々に内容が一般向けになるのでしょうか

いたずらに一般化することはありません。経済、最先端、ジャーナリズムという原点を大事にしていきます。ただ、動画などのコンテンツを充実させてリーチを拡大していきます。出版の世界ではミリオンは年に数冊ですが、テレビは視聴率1%で100万人。これはつまり、表現手段を変えるだけで、内容は似ていてもさらに多くの人にリーチできるということです。

堀江(貴文)さんも、これまでNewsPicksでは記事とコメントだけだったのですが、「HORIE ONE」という動画にすることによって、タクシーなどでもユーザーにリーチできるようになりました。『編集思考』でも書きましたが、メディアはやはり「つなげる」ことが大事。テキストだけで終わるのではなく、「テキスト×動画×リアル空間×本×イベント」のように、さまざまなコンテンツの形を縦横無尽につなげられるのがNewsPicksの強みです。効率だけを考えればテキストをやっているのがいいのですが、長い目で見たときに複数のメディアをつなげていかないと面白いことはできない。それが私の信念です。

プロフィール
佐々木紀彦(ささき・のりひこ):株式会社ニューズピックス 取締役 新規事業担当/株式会社NewsPicks Studios CEO。1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。リニューアルから4カ月で5301万ページビューを記録し、同サイトをビジネス誌系サイトNo.1に導く。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』『日本3.0 2020年の人生戦略』がある。