※この記事は2019年10月23日にBLOGOSで公開されたものです

日本の新聞界は紙媒体発行・販売からの収入を最重要視し、ネットへの進出が遅れたと言われている。放送業も、NHKが来年からようやく常時同時配信を開始すると発表したばかりだ。

一方、イギリスの新聞および放送メディアは、「デジタル(ネット)・メディア」と言ってよい状態にある。

新聞界は電子(ウェブ)版の制作を中心に据えるようになっており、左派系全国紙「ガーディアン」も右派系大衆紙「デイリー・メール」も、その存在感はネット版の方がはるかに大きい。

放送業(テレビ界)は、2003年の通信法施行によって通信業と一括して規制・監督されるようになり、現在、テレビ・ラジオ局はネットでも番組を常時同時配信している。

イギリスのメディアは、いかにしてネット・メディア化したのだろうか。その理由と現状を紹介してみたい。

自由闊達な新聞界と、縛りが多いテレビ界

まず、イギリスのメディアを新聞界とテレビ界に分けて考えてみる。

新聞界は17世紀ごろから発達し、日本同様、広告収入と販売代金で運営を賄ってきた。

自主規制が原則で、自由闊達な議論が掲載される。それぞれの新聞が主義主張を明確にするので、読者の政治志向や社会的背景によってどの新聞を読むかが決まる。日本のような新聞販売店制度(新聞社が販売店組織を抱える形)はなく、駅の売店や「ニュースエージェント」と呼ばれる通りの小売店で、朝、新聞を買う人も多い。また、新聞は朝刊紙と夕刊紙に分かれているので、同じ新聞が朝・夕刊を出すことはない。

一方のテレビ界は、新聞界に比べ縛りが多いといえる。日本でいうNHKにあたる公共放送BBCの存在が大きいだけではなく、主要な商業放送局(民放)のチャンネル(ITV,チャンネル4、チャンネル5など)がすべて「公共サービス放送」という枠組みに入り、番組の制作基準について様々な規則が課せられてきた。ニュース報道はバランスを取ることが原則である。

メディア界に限らず、イギリスでは日本のような「新卒一括採用制度」がなく、終身雇用制にもなっていない(実際に、1社に長年勤務する人ももちろんいるが)。会社の収入が増えればスタッフ増や規模拡大をさせたりし、減った場合はリストラや経費削減をしたりと調整をしながら、現在まで続いてきた。

ネットの公用語「英語」がデジタルへの進出を加速

1990年代半ばから終わりにかけて、アメリカで発祥したインターネットがイギリスにも導入されたことを機に、新聞社はウェブサイトを作り出していく。

この時から長い間、各紙は無料でネット上にニュースを出していた。それには出さざるを得ない状況があった。

当初からインターネットで使用される言語は英語が圧倒的で、イギリスの新聞は国内外でどんどん発信される英語で書かれた情報との競争を強いられた。

「ニュースはネットで無料で読めるもの」という認識が広がることになり、後になって、イギリスの新聞関係者は無料でニュースを出し続けたことを大きく反省することになった。

24時間ニュース放送の開始

一方のテレビ界は、BBCの一挙一動がネットメディア化を推進していく。BBCがウェブサイトでのニュース発信を拡充させれば、商業放送もこれに追随しなければならなくなった。

イギリスで24時間ニュースのテレビ局が胎動したのは、1980年代末、衛星放送スカイニュースによるが、BBCが1997年に初の24時間ニュースを開始し、テレビ局同士の競争の時代に入った。

ちなみに、1980年、アメリカではCNNが世界初の24時間ニュース放送を開始しており、イギリスはこれよりはだいぶ遅く市場参入したことになる。

24時間のテレビニュース(1980年代以降)が生まれ、常時休むことがないインターネット上の情報の行き来(1990年代半ば以降)が次第に広がる中で、先駆者的存在となるアメリカのメディアをお手本に、イギリスのメディアもデジタル化・ネット化に力を入れていった。

ウェブ・ファーストは今や死語になった

新聞界では、読者や広告主の紙媒体離れが顕著だ。

例えば、英ABC(発行部数監査会)によると、2005年10月時点で日刊全国紙の総発行部数(11紙)は約1200万部。10年後の2015年10月では約684万部。最新の数字では(今年8月時点)約484万部に落ち込んだ。2005年からの14年間で約716万部が「消えた」のである。8月分の各紙の部数を見ると、前年同月比で二ケタ台の減少がざらだ。

さらに打撃が大きいのが地方紙業界だ。新聞業界のニュースサイト「プレス・ガゼット」の調べによると、過去13年間で245の新聞が廃刊となっている。また、全国紙の1つ「インディペンデント」は、2016年、電子版のみとなり、紙媒体は簡易版「i(アイ)」として生き延びた。

イギリスの新聞界で、それぞれ別々だった紙版の編集部とウェブ版の編集部を一体化させる「統合編集室」がはやりとなったのは、2006年頃だ。

この年、ネット導入に消極的と言われた保守系全国紙「デイリー・テレグラフ」が新社屋への引っ越しを機にマルチ・プラットフォームに対応する編集管理体制を導入している。

ロンドンの中心部にあるビクトリア駅から歩いて数分のオフィスは、元証券会社のトレーディングルームを編集室にした。中央に円を作り、ここで編集会議を開く。ここを起点として、自転車の車輪のように、細長く机を並べる。それぞれの列が政治部、社会部、経済部、スポーツ部などになる。この自転車の車輪型はアメリカの「ワシントン・ポスト」紙の当時の編集室のデザインをまねたものだった。

記者や編集者は紙版にも、電子版にも原稿を作るようになった。動画の制作が奨励され、ツイッター、後にはフェイスブックでの出力も次第に常態化していった。

統合編集室を導入した、保守系全国紙「タイムズ」のジョージ・ブロック氏(元国際版幹部)が筆者に語ったところによると、紙とオンライン投資のバランスについて、タイムズの経営陣や編集幹部に「迷いはなかった」という。「新聞社のトップが、統合を強力に推進する姿勢を見せることが重要だった」。

かつて、新聞社では「紙媒体が主、電子版は従」だった。しかし、統合編集室登場以降から、「電子版が主」という考え方に代わっていった。当時、「ウェブ・ファースト(電子版で先に出す)」という言葉がはやったものだ。2019年現在、この言葉は死語になった。当たり前になってしまったからだ。

発行部数の激減と対を成すように、急速に伸びているのが新聞社の電子版(ウェブサイト)へのアクセスだ。ガーディアンは発行部数では12-13万部で、全国紙の部数ランキングでは下から2番目に低い位置にあるが、月間デジタル・リーチ数では約2300万人を記録する。発行部数ではトップ(約126万部)のサン紙のリーチ数約2900万人に迫る勢いだ(PAMCo調べ、「リーチ」とは、広告または投稿が表示されたユーザー数)。

デジタル化のトレーニングについていけず退職する社員も

イギリスの新聞社のデジタル・メディア化の過程には、大きな人的犠牲もあった。編集スタッフはデジタル化に向けてのトレーニングを受けたが、こうしたトレーニングについていけない場合、あるいは職そのものが消えた場合、新聞社を去るしかなかった。

数年前に、日曜紙「サンデー・タイムズ」の編集室を訪れたことがある。サンデー・タイムズと言えば、数々のスクープや優れた報道写真の掲載で知られている。しかし、筆者が訪れた時、フルタイムで働く写真撮影スタッフはいなかった。「フリーのカメラマンをその都度、雇っている」という。フリーランサーの名前がぎっしりと書きこまれた手帳を見せられて、驚いた記憶がある。

見逃し視聴、同時配信、どのデバイスでも

放送業界にも、無料の波が押し寄せた。無料で視聴できる動画投稿サイト、ユーチューブが人気となり、これはいつでも視聴可能だ。番組表が設定した時間に番組を放送するだけでは、十分ではなくなった。

2006年、チャンネル4が見逃し視聴サービス(過去1週間に放送された番組を視聴できるサービス)を開始させ、翌年、BBCもこれに参入。主要テレビ局が無料で視聴サービスを提供するようになり、ダウンロード機能、1週間を30日に延長など、サービス内容が拡充された。

放送と同時にインターネット上で番組を配信する形もすでに現実化している。視聴デバイスはテレビでも、パソコンでも、タブレットやスマートフォンでも可能。決められた時間にテレビの前に座る必要がなくなった。ライブ放送では、デバイスによって「巻き戻し視聴」も可能だ。

ソーシャル・メディア上で読者・視聴者の奪い合い

英ロイタージャーナリズム研究所が毎年発表する「デジタルニュース・リポート」最新版によると、イギリスでもっとも利用頻度が高いオンライン・ニュースはBBCだ(前週に利用したことがある人の比率は50%)。第2位のメール・オンライン(保守系大衆紙「デイリー・メール」のウェブサイト)が16%で、大きく差をつけた。オンライン専従サイトで人気が高いのはハフィントンポスト(11%)やバズフィード(8%)など。

「デジタルニュース・リポート2019」

イギリスのメディアは「利用者や広告主がいるところ」に全力を注いでいる。利用者が行く場所とは、ソーシャル・メディアの空間である。

先のリポートによると、ソーシャル・メディア及びメッセージングサービスで圧倒的な位置を占めるのがフェイスブック(67%)。これにユーチューブ(52%)、ワッツアップ(50%)、フェイスブック・メッセンジャー(46%)、インスタグラム(29%)、ツイッター(28%)が続く。

ソーシャル・メディアをニュースへのアクセスに利用する場合、やはりトップはフェイスブック(28%)。これにツイッター(14%)、ユーチューブ(10%)、ワッツアップ(9%)、フェイスブックメッセンジャー(6%)、インスタグラム(4%)が続く。

フェイスブックやツイッター、ユーチューブの存在感は大きく、各メディアはこのそれぞれのプラットフォームでのコンテンツ提供を重要視している。

イギリスのメディアに勤めるジャーナリストであれば、ツイッターでの情報発信・収集は必須だ。ほかのメディアのジャーナリストとの情報交換にもよく使われている。大きな事件があったとき、あるいは重要な会見が開催されるとき、ジャーナリストがツイッターで生中継するのは普通のことになった。

ソーシャル・メディアが、今や情報戦の表舞台となって来た。

新聞メディアは電子版有料化、会員制

紙の新聞の発行部数の激減により、多くの新聞が導入したのが有料購読(サブスクリプション)制だ。

タイムズとサンデー・タイムズが有料購読者にならなければ、電子版の記事を1本も読めない厳格な制度を導入し、当初は成功しないと言われたものの、購読者=会員として扱ったことで、次第に読者を増やした。購読者になれば、映画、美術展、自社イベントに無料であるいはディスカウント価格で参加できるようにした。有料購読者総数は約50万人で、その半分が国外に住む購読者だ。

そのほかの新聞は、アメリカの「ニューヨーク・タイムズ」紙のような、メーター制を導入している。これは毎月、一定の本数を無料で読める仕組みだ。

ネット版記事を、過去記事も含めて無料で閲読できるようにしているのがガーディアン紙やその日曜版ともいえる「オブザーバー」紙。その原則を崩さずに導入したのが、会員制度や寄付金の募集だ。

この場合の会員は、有料購読者とは異なる。購読料とは別に一定の金額を払って、会員となれば、イベントに無料あるいはディスカウント価格で参加できるが、基本的な概念として「ガーディアンのジャーナリズムを支える」サポーターになることを意味する。

赤字続きだったガーディアンだが、大幅人員削減と経費削減の上に、寄付金、会員制による支援によって、黒字化にこぎつけた。現在、約80万人が何らかの形でガーディアン(とオブザーバー)に支援を行っているという。

日本経済新聞社が所有する「フィナンシャル・タイムズ(FT)」紙は、4月、有料購読者を100万人にするという目標を実現させた。その4分の3以上が電子版の購読者だ。2002年から有料制を開始し、購読者の約7割がイギリスの国外在住者となっている。

英メディアの敵は国内ではなくアメリカに

ガーディアン紙やFT紙の成功例は日本でも時折、紹介されてきた。

しかし、デジタルでニュースにアクセスする傾向がますます加速化する中、新聞の紙版の発行部数は危機状態であることを先に説明した。

新聞業界の今後を調査したフランセス・ケアンクロス氏は、今年2月に発表された報告書の中で、政府から何らかの財政支援がなければ、地方ニュースの報道が消えてしまう危険性を指摘した。間接的・直接的な支援の提供によって、質の高いジャーナリズムを維持することの重要性を訴えた。その一方で、ニュースを選別し、利用者に届ける過程で大きな役割を果たすグーグルやフェイスブックを規制する新たな組織の設置を推奨している。

BBCを含む放送メディアの「ライバル」は、潤沢な予算でオリジナルのコンテンツを続々と生み出す米ネットフリックス、アマゾンプライムなどになっている。「BBCを見なくてもよい」と考える人々が増えているのが現実だ。

イギリスがデジタル化にまい進できた理由とは

イギリスの伝統メディアがデジタル化にまい進できた理由は:

(1)メディア環境の激変(視聴者・読者・広告主がデジタル空間に移行、携帯機器によるメディア消費、ソーシャル・メディアの勃興と浸透)に適応する必要があったこと
(2)国内外のライバルとの競争
(3)臨機応変に組織の規模を変更できる経営体制
などがあったと言えよう。

日本と比較してみると、(1)については日本もほかの先進国も同様の状況にある。

(2)については、英語が国際語であるためもあって、イギリスメディアが生き残っていくには一歩でも早く適応していく力が働いた。組織の現状維持よりも、組織を変えながら、新たなメディア空間で先を争うようにサービスを提供する必要があった。

(3)に補足すれば、イギリスの組織には以前から景気の動向や市場の変化によって時には大幅人員削減、特定の職の撤廃などの調整弁が機能する仕組みがあり、これがデジタル化のための組織変更に寄与したと筆者は見る。

ロイター研究所のリポートでは、日本のオンライン媒体のトップは、ダントツでヤフーだ。2位以下のメディアの利用比率が一けた台になっており、ヤフーの存在感の大きさがわかる。伝統メディアがデジタル化に向けて時間をかけている間に、ヤフーが首位を独走してしまったという構図に見えるが、どうなのだろうか。

原発事故や日韓の国際問題など、複眼的な視点からの情報が今こそ、求められている。

「いつでも、どこでも、どんなデバイスでも」、大量のニュースやそのほかの情報にアクセスできる環境を作ったイギリスを日本が追い越してほしい、と筆者は思っている。