「三谷幸喜に影響受けた」37分ワンカット映像必見のゾンビ映画『カメラを止めるな!』に世界が興奮 - 松田健次
※この記事は2018年06月23日にBLOGOSで公開されたものです
上田慎一郎監督の劇場用長編デビュー作「カメラを止めるな!」の試写を5月上旬に観た。監督の名前も初耳であり、スクリーンに映る役者も誰ひとり知らない。渋谷円山町にある映画美学校試写室で96分の作品を観終えて、まさに今、円山町で同時間に起きているあらゆるエロい事も足元に及ばないだろう興奮に包まれた。
これはまごうことなき、イカれた映画だ。
スクリーンの隅々に上田監督(と出演者とスタッフ)が費やした試行錯誤と達成が充ちていて、「イカれた映画バカによる、イカれた傑作」という賛辞がループし、胸が高鳴った。
(ここで断りますが、この稿、公式サイト以上の情報とならぬように努めるものの、そのうえで私的感想も挟むので、もしすでに「カメラを止めるな!」を観に行こうと気持ちが傾いているなら、ここから先は読まないほうがいいです。事前の情報が無ければ無いほど、この映画のファーストインパクトを圧倒的に楽しめるから。読むのを止めて映画館へ。とくにまだ、観に行く気持ちなどない方は先をどうぞ。)
37分ワンカット撮影のゾンビ映像に打ち抜かれる
まずは、公式サイトのイントロダクションから――
<映画「カメラを止めるな!」公式サイトより>
業界震撼!!新人監督×無名の俳優達が放つスーパー娯楽作!
先行上映でチケット入手困難を極めた超絶話題作が待望の劇場公開!
監督&俳優養成スクール・ENBUゼミナールの《シネマプロジェクト》第7弾作品。短編映画で各地の映画祭を騒がせた上田慎一郎監督待望の長編は、オーディションで選ばれた無名の俳優達と共に創られた渾身の一作だ。
脚本は、数か月にわたるリハーサルを経て、俳優たちに当て書きで執筆。他に類を見ない構造と緻密な脚本、37分にわたるワンカット・ゾンビサバイバルをはじめ、挑戦に満ちた野心作となっている。
2017年11月 初お披露目となった6日間限定の先行上映では、たちまち口コミが拡がり、レイトショーにも関わらず連日午前中にチケットがソールドアウト。最終日には長蛇の列ができ、オープンから5分で札止めとなる異常事態となった。イベント上映が終わるやいなや公開を望む声が殺到。この度、満を持して都内2館同発での劇場公開が決定した。
その後、国内では「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」でゆうばりファンタランド大賞(観客賞)を受賞。インターナショナル・プレミアとなった「第20回ウディネ・ファーイースト映画祭(イタリア)」では上映後5分間にわたるスタンディングオベーションが巻き起こり、アジア各国の錚々たるコンペ作全55作の中でシルバー・マルベリー(観客賞2位)を受賞。1位は750万人を動員した韓国の大作「1987、ある闘いの真実」であったが、その差は0.007ポイント差と肉薄した。
無名の新人監督と俳優達が創った”まだどこにもないエンターテインメント”を目撃せよ!
これだけを読めば、あらゆる映画の宣伝テキストにある煽り多めのパブリシティだろうと思うかもしれない。だが、作品を観終えてから改めてこのテキストに触れると、「他に類を見ない構造と緻密な脚本」など、おいおいその通りじゃないか、と深くうなずいてしまう。
そして、ストーリー紹介――
<同上より>
とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。
そんな中、撮影隊に本物のゾンビが襲いかかる!大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。
”37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル!”……を撮ったヤツらの話。
このテキストは、映画全編を明かすメインプロットを寸止めしている。もっと情報の解禁範囲を広げ、宣伝を煽る選択肢もあっただろう。だが、そうすることなく、作品の力を信じ、情報を最小に抑えるスタンスだ。
まず、ワンカットのゾンビ映画らしい…ということが伝わってくるのだが、惹句にもある「37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル」の映像に撃ち抜かれる。
観終えた時に感じる上田監督の熱量
昨秋公開されたゾンビ映画の傑作「新感染 ファイナル・エクスプレス」(韓国 2016年)に身悶えのけぞり声をあげたばかりだが、この「カメラを止めるな!」の冒頭37分は、ワンカットという手法が視界を限定することでライブ感が増幅し、あるべき調和が随所で崩れて違和感を残し、その不安定さが奇妙なリアルとなって時間の推進力をもたらし、趣向は違えど「新感染」に匹敵する濃密至福なゾンビタイムをもたらす。
全体の上映時間は96分。冒頭37分で観て感じたすべての印象が、まさに残り59分に感染し、映画的悦楽を発症するパスとなっていく…。
そしてすべてを観終えた時、上田監督がいったいどれだけの熱量で、構想を描き、プロットを重ね、ロケハンに赴き、シナリオを詰め、絵コンテを描き直したのかと唸る。監督いわく「普通の商業映画の100分の1」という低予算作品。それをここまでの高質エンターテインメントに仕上げたのは、この野心的なアイデアを実現するための熱量があってに他ならない。
最初からデジタルを投入する金もない。そのぶん手間暇をかけ、汗をかいた熱量が映像に焼きついて伝わって来る。映画バカが作品に込めた熱量。それが胸を揺さぶる。試写室での上映は往々にして作品への距離を引き気味に保ち、反応を露わにしないのが日常だ。だが、「カメラを止めるな!」は試写上映後、熱くて温かい拍手に包まれていた。
(ふたたび断りますが、ここから先は、直接的ではないにしろネタバレにもつながり作品鑑賞にバイアスをかける内容となります。ここまで読んで、もしこの映画を観に行く気持ちが若干芽生えているようなら、読むのを止めたほうがベターです。)
最後に待つ圧巻の「伏線回収」
さて、上田慎一郎監督は、滋賀県出身の1984年生まれ。現在34歳。中学生の頃から友人とハンディビデオカメラで自主映画(のようなもの)を遊びまじりで制作し、高校卒業後は(映画学校や制作会社に属することもなく)独学で映画を学んでいく。
上京したばかりの20代前半は、世間に疎く「東京」の負の通過儀礼に陥ったのか映画に没頭できず、「SF小説の自費出版」で200万円の借金、「ミクシィの次にブレイク必至なコミュニティサイトへ出資するマルチ商法」で200万円の借金と足元をすくわれまくる。これで一時期、住み家を失いホームレスに身をやつしたという。
そんな負のスパイラルが映画へと向かうエネルギーを貯め込んだのか、25歳の時、仲間と共に映画製作団体「パンポコピーナ」を結成。ここをベースに現在まで8本の映画を製作、国内外で20のグランプリを含む46冠の入選受賞を果たす。2015年、オムニバス映画「映画 4/猫(ねこぶんのよん)」で商業映画デビュー、そして2017年に完成した作品「カメラを止めるな!」が劇場用長編デビュー作となった。作品発表後の評判は前述した公式サイトのテキストにある通りだ。
そして、「カメラを止めるな!」は宣伝用のメインコピーで「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」というフレーズが立つ。前半37分ワンカットのゾンビ映画がいったい何だったのか?「二度はじまる」という言葉はまさしくそこにリンクする。そう、圧巻の「伏線と回収」として。
「カメラを止めるな!」を観終えて真っ先に思い浮かんだのは、三谷幸喜の作・演出による東京サンシャインボーイズの舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな」(1991年)だった。このタイトルはショービジネス界に古くからある「The Show must go on」という慣用句。幕を開けたショウは続けなければならない、例えどんなトラブルに見舞われても中止してはならない…という意味だ。
この舞台は「公演を間近に控えた劇団で役者や舞台監督、助監督ら裏方がアクシデントで迷走し、それでも公演を成功させようとする姿をコミカルに描く」ノンストップ・コメディ。限定された状況下で予定していたことが次々に崩れていく危機を、全員の意地と機転と悪あがきで補完しあって食い止めながらゴールへと向かう爆笑の物語だ。三谷幸喜、初期の出世作である。
三谷幸喜は「ショウ・マスト・ゴー・オン」で「伏線と回収」を巧みに繋ぎあわせ、一見バラバラに見えていた人や物や事象を、あたかも必然であったかのような構造体に組み立て、最後にその思いもよらぬ全体像を見せる「伏線と回収」の職人的手法を極め、エンタメ界にその名を轟かせた。
「伏線と回収」は、主題(となる物語)を惹き立てるための演出のひとつだ。それは、背景、小道具、台詞、人物像など登場する何がしかに配され、大きな呼称として「ウエルメイド」と評される。要するに「よく出来た、上手く作られた」、平たく言えば「さっきのあれがそうなるのか!」という…。
洋画での名手はビリー・ワイルダー(1906~2002年)、邦画では「私をスキーに連れてって」(1987年)の「ウエルメイド」感が(世代もあるだろうが)印象に強い。そして三谷はビリー・ワイルダーへのリスペクトと影響を度々公言している。
三谷幸喜が新しかったのは、それまで、ひとつの物語を惹き立てる為にあった「伏線と回収」を、「伏線と回収」自体を惹き立てるために物語を従属させるという逆転を見事に成立させたことだ。例えてみるなら、それまでアクセントのひとつだったパクチーという食材が、パクチーサラダ、パクチー炒め、パクチーの天ぷらなど、パクチーメインのメニューに逆転したかのような…。
ワンカットへの愛着で三谷幸喜と共通項
三谷幸喜はこの手法を映画にも注ぐ。それが監督第一作「ラヂオの時間」(1997年)だった。
舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」、映画「ラヂオの時間」から20年以上を経て、その手法を受け継ぐ「カメラを止めるな!」は姿を現した。上田慎一郎による「カメラを止めるな!」は、まさしく映画版「The Show must go on」だった。
舞台という視覚が限定された次元、ラジオドラマという聴覚で限定された次元、三谷が題材としたそれを2Dとするなら、撮影現場という上田が題材にした次元は3Dだ。このバージョンアップを成し遂げたことに大きな意義がある。
また、三谷幸喜と上田慎一郎を並べる時、もうひとつの大きな共通項となるのがワンカットへの愛着もしくは執着だ。「カメラを止めるな!」は37分ワンカットの映像にストーリー構成上で重要な意味を持たせていた。三谷は監督作「ラヂオの時間」や「THE有頂天ホテル」(2006年)などで多くの登場人物達が顔見せ的に登場して行き交う場面でワンカットという手法を(映画少年が大きくなったら僕もあれをやりたいと願った夢を叶えたかのように)実現している。
さらに三谷はWOWOWのドラマ企画でこのワンカットという手法に固執し、「short cut」(2011年)で112分、「大空港2013」(2013年)で100分という超長尺ワンカットを発表している。これもまた手法が物語を従属させる三谷的逆転だ。
ワンカット――、途切れずにつながり物語をつむぐ映像を成し遂げる行為には、職人性をくすぐる理屈ではない魅力魔力があるのだろう。ギネスで世界最長の巻き寿司が全長2キロを超えるという理屈の無さと同様に。
「影響受けてます!」と監督は即答
6月20日、上田監督と少しだけ言葉を交わす機会を得た。真っ先に聞いてみたかったことはひとつ。三谷幸喜の影響の有無だ。
「あのう、聞きたかったんですが、観て感じたのが三谷幸喜さんの・・・」
「ショウ・マスト・ゴー・オンですか?」
「そうです」
「好きです、影響受けてます!」
即答だった。そして、
「ショウ・マスト・ゴー・オンって幕を降ろすなですよね、だからこっちは(映画なので)、カメラを止めるなですから!」
堂々と「影響を受けている」と語る姿勢が心地よかった。おそらくは同じ質問をこれまで幾度もされているだろうけど、笑みを湛えて「ラヂオの時間とかも影響受けてます!」と続けた。ここで、ビリー・ワイルダー、三谷幸喜、上田慎一郎がワンカットでつながった。
だが、影響を受けたからと言って、易々と先人の到達点を更新することなど滅多に叶うことではない。その難行を無名の監督が無名の役者達と「いい新車を一台買えるぐらい」という低予算で成したのだ。こんな「イカれた映画バカによる、イカれた傑作」の出現、わくわくする以外することはない。
「カメラを止めるな!」、略称カメ止め。旬なフレーズを宛ててしまうなら「カメ止め!半端ないって」だ。
『カメラを止めるな!』
6月23日(土)より
新宿K's cinema 池袋シネマ・ロサにて公開
監督・脚本・編集:上田慎一郎
出演:濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 長屋和彰 細井学 市原洋 山粼俊太郎 大沢真一郎 竹原芳子 浅森咲希奈 吉田美紀 合田純奈 秋山ゆずき
撮影:曽根剛
録音:古茂田耕吉
助監督:中泉裕矢
特殊造形・メイク:下畑和秀
ヘアメイク:平林純子
制作:吉田幸之助
主題歌・メインテーマ:鈴木伸宏&伊藤翔磨
歌:山本真由美
音楽:永井カイル
アソシエイトプロデューサー:児玉健太郎 牟田浩二
プロデューサー:市橋浩治
96分/16:9/2017年 海外タイトル「ONE CUT OF THE DEAD」
http://kametome.net/index.html