※この記事は2008年02月07日にBLOGOSで公開されたものです

1月28日、ハンバーガーチェーン「マクドナルド」の店長が、実際には会社の経営などにかかわる権限を持たないのにもかかわらず、給与上は管理職として扱われ、残業代が支払われないことを不服として訴えた裁判の判決があった。

訴えに対し、東京地裁は、「職務の権限や待遇から見て、店長は管理監督者に当たらない」として、マクドナルドに残業代など、約755万円の支払いを命じた。マクドナルド側は控訴する考えだという。

これはいわゆる「名ばかり管理職」の問題で、外食産業に関わらず、チェーン店の多くがこのような残業カットを行い、長時間の残業を強いている実態がある。そのあたりの話は、「ダイアモンドオンライン」の永沢徹弁護士のコラムに詳しくまとめられているので、読んでほしい。(*1)

こうした問題は決して「一部の不幸な人たち」の話ではなく、社会全体に蔓延しており、今現在も多くの人たちが無給の残業を押しつけられている。最近よく言われる「経済回復」の実態は、このように会社が労働者に寄生して生き血を吸っているという、あまりに醜いものである。

だが、無給の残業を押しつけられる店長たちは、会社から搾取されるだけの、一方的な被害者なのだろうか? 私はそうとは考えない。

彼らは果たしてバイトに対して、ちゃんとしたバイト代を払っていただろうか?
出勤時は制服に着替えたあと、帰宅時は私服に着替える前にタイムカードを押させてはいなかっただろうか?
法的に定められた日数の有給休暇を与えていただろうか? 社会保険に加入させていただろうか?

店長もそうだが、バイトの扱いにも労働基準法違反が数えきれないほどある。そしてそれが社会の慣例になってしまっている。件の店長たちも、そうした慣例をなんの疑問もなく、バイトたちに適用していたのではないか?

もちろんそれだって、人件費を削れという会社からの要求に従った結果ではあろう。だが、店長たちはそれによって給料を得ているのだ。ならば、会社から搾取された被害者である店長たちは同時に、バイトから搾取する加害者でもある。この点は決して見失ってはならない。

もし、この判決を「労働者の待遇改善に向かう大きな一歩」と単純に評価し、「搾取される名ばかり管理職は、一方的な被害者なのだ」としか考えられないのであれば、それは「国際競争に巻き込まれたのだから」として、経済成長を労働者の給料に還元しない会社の言い訳と、大した違いはない。

この裁判を起こした店長だけではなく、さまざまな業種の数多くの名ばかり管理職たちが、会社から搾取されながら、その一方でバイト達から搾取を繰り返している。そして、バイトもまた、ニートやヒキコモリから仕事を奪っているとも言え、格差問題においては、どこにも純粋な被害者など存在しない。
 
けれども、そうした複雑な関係性の中で、なんとか妥協点を見つけていくことでしか、格差問題は解決しない。一部の労働者、すなわち一般職の正社員に対する同情だけでは、問題はこじれていくばかりだ。


*1:http://diamond.jp/series/nagasawa/10015/?page=1


赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か」

眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。バックナンバー一覧