※この記事は2008年01月15日にBLOGOSで公開されたものです

 アメリカ大統領選挙に関して、日本では、民主党の候補者選出の動向について報じられることが多い。ヒラリー・クリントン上院議員が指名されれば、アメリカ史上発の女性大統領が誕生する可能性がうまれる。また、オバマ上院議員が指名されれば、これもアメリカ史上発の黒人大統領が誕生する可能性につながるからだ。しかし、アメリカの国家理念からすれば、女性、黒人が大統領になっても特に問題は生じない。

 筆者は、共和党の候補者指名の動向に、アメリカの国家体制の基本を揺るがす要因があると見ている。アメリカは、ヨーロッパから信仰による迫害を逃れてきた清教徒(ピューリタン)たちが大きな役割を果たして建国された国家である。そこでは、国家と特定の宗教教派のドクトリンや教会組織を切り離す政教分離原則が厳格に適用されている。一昔前まで、アメリカでは、カトリック教徒が公職に進出することは難しかった。1960年の大統領選挙で、ニクソンとケネディが争ったときも、宗教問題(ケネディはカトリック教徒)を争点とすることは避けるという合意が両陣営でもマスメディアでもなされた。今回の共和党の候補者指名争いでは、宗教問題が大きな比重を占めている。現在、指名争いトップのロムニー前アサチューセッツ州知事はモルモン教徒である。また、有力候補者であるハッカビー前アーカンソー州知事は、キリスト教根本主義者(ファンダメンタリスト、プロテスタント保守派)である。

 伝統的アメリカ人を作りあげてきた穏健で、世俗的なプロテスタンティズムが後退し、聖霊の自由な働きを強調し、神意とアメリカの外交政策を直接結びつけるようなプロテスタント保守派が影響力を拡大している。プロテスタント保守派はイスラエルとの提携を重視する一方、反イスラーム感情が強い。アメリカには黒人ムスリム(イスラーム教徒)の数も多い。従って、プロテスタント保守派が大統領に就任するとアメリカ国内のムスリムとの緊張が強まる可能性がある。

 モルモン教は、過去にアメリカ連邦政府軍と戦闘を行ったことがある。アメリカ国内で、モルモン教は社会的に認知された宗教教団になっているが、一部にモルモン教徒が大統領になることに対する抵抗感がある。
 いずれにせよ、大統領候補の宗教問題がこれほど話題になることは、尋常でない事態である。宗教的差異が政治問題になり、国民間での見解の対立が強まると、アメリカの国家統合が内側から弱まる危険がある。(2008年1月15日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。