※この記事は2008年01月08日にBLOGOSで公開されたものです

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、毎年元旦に朝鮮労働党機関紙『労働新聞』、朝鮮人民軍機関紙『朝鮮人民軍』、金日成社会主義青年同盟機関紙『青年前衛』に三社共同社説を掲げ、前年の総括と本年の展望を行う。ここに北朝鮮政府機関紙『民主朝鮮』が含まれていないことが重要だ。北朝鮮の政治ゲームのルールでは、政府は労働党と人民軍から言われたことを「はいわかりました」と言って執行する機関に過ぎないのである。北朝鮮による日本人拉致問題の解決、核開発問題を巡る交渉は、政府の下部機関である北朝鮮外務省と行っても、大きな前進は期待できない。日本政府が本気で問題を解決しようと考えるのならば、労働党、人民軍とパイプを作って交渉しなくてはならないのである。このような対北朝鮮外交の文法の基礎に対する理解が日本の外務官僚と政治家に欠けている。

 本年の三社共同社説は、「共和国創建60周年にあたる今年を祖国の歴史に記される歴史的転換の年として輝かそう」という題で、北朝鮮政府の事実上のHPである「ネナラ(わが国)」に日本語抄訳が掲載されている(http://www.kcckp.net/ja/news/news)。北朝鮮独自の表現の文書なので、その意味を解読するには、「慣れ」が必要とされるが、一言でいうと北朝鮮の自信が現れている。まず昨2007年については、次のように総括する。

<2007年は、わが党の先軍革命路線の偉大な生命力が如実に実証され、富強祖国の建設に大きな前進がもたらされた勝利の年であった。
 昨年、われわれの思想と伝統の不動性、先軍朝鮮の政治的・軍事的威力はあまねく誇示された。>

 2007年の北朝鮮の外交攻勢は、うまくいったということである。2006年に核実験を強行し、「弱者の恫喝」外交を行ったら、アメリカが譲歩し、金正日体制の存続に対する保障を事実上与えたような状況になったことに北朝鮮は満足している。ここで引用した文言は「弱者の外交」による北朝鮮の勝利宣言である。

 更に韓国情勢についても、北朝鮮は満足しているようだ。昨2007年元旦の三社共同社説では、同年12月に行われる韓国大統領選挙で保守派が勝利することを<今年の「大統領選挙」を機に売国的な親米反動保守勢力を決定的に埋葬する闘争をいっそう力強く展開すべきである>と強く牽制していたことを、北朝鮮はあたかも忘れたような素振りをしている。今年の三社共同社説では、<北と南の政党、団体と各階層は、主義主張と党利党略にこだわらず、民族の大義を重んじて固く団結し、民族の統一念願を実現することにすべてを服従させるべきである>という表現で、韓国の保守派とも提携したいというシグナルを送っている。

 今年は北朝鮮建国60年である。この機会に北朝鮮は、アメリカから明示的に金正日体制存続に対する保障を取り付け、ナショナリズムを梃子に韓国を味方につけて、対日攻勢を強めてくる。北朝鮮の意図は明白だ。国際圧力を強め、金正日体制を存続、強化させるために日本からカネを引き出すことだ。北朝鮮の野望を実現できなくする対抗戦略の大きな絵を日本外務省が描くことが焦眉の課題と思う。(2008年1月8日脱稿)


プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。